平穏な年越しを
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2015/01/25 12P 臨静 大晦日に静雄の家に押しかけ、一緒に年越しや初詣をしたがる臨也と、なんだかんだで追い出せない静雄の話。 <サンプル> 大晦日である。 冬らしく寒い日であるが、雪はないものの、風はたまに強い。 池袋に暮らす静雄は、年始が休暇だった。 「今年ももう仕舞いだなぁ。んじゃ、良い年を迎えろよ」 本日まで仕事であったが、早くに終わったので、半日のような状態だ。 「トムさんも、良いお年を」 「次に会うのは来年かぁ。ちょっと寂しい気もするなぁ」 冬だからかねぇ──と、笑顔で続けるトムは、今から帰省の予定だ。 「俺もっす」 なんだか急に寂しくなった。 「お、気が合うな」 何気なく静雄の頭をぽんぽんとあやすように叩き、くしゃりと撫でて離れた。 トムと別れると、寝正月でもしようかとぼんやり考えながら家路に向かった。 年越しに向けて何か特別に行う用も無く、しかしちょっとだけ特別な気がして、いつものサイズに加え、大きなプリンを買った。切らさないように煙草のストックと、他のスイーツと菓子も。カップ麺なら家にある。缶詰なども。年末年始に味気ない気もするが、御節なんて必要ない。 料理も出来はするが、コンビニやファストフードを買って食べるのが大半で、作る気が起きなければ食材は買わない。冷蔵庫には牛乳がある。マーガリン、ジャム、それから卵。食パンがまだ残っている。酒の缶も一二本はあったか。他に大したものは入っていないが、困りはしない。 帰り着いてからはのんびりと過ごした。 大掃除なんてしないが、少しだけ部屋も綺麗にした。洗濯は明日か明後日でいいだろう。 これといって何かした気はしないが、風呂を上がった頃には夜も更けていた。しんとする中、部屋に再度明かりを灯し、静かな部屋にテレビの彩りと音が加われば、それなりに楽しい。 幽の載った雑誌を広げているうちに、年末年始に幽が出演する番組をチェックしようと思い立つ。 テレビの機能で番組表が見れるのだと、テレビを買い替えて大分経った頃に幽が静雄に教えてから使えるようになったのだ。 幾つか弟の出演する番組をみつけて嬉しくなる。主演映画の放送もある。これは観たいと、日時を記憶しようとして、忘れるな、と思い、懸命にもメモをした。 それから吸っていた煙草を消し、温かい飲み物を用意すると、いつもより大きい透明なプラスチックに収まったプリンを開封した。 賑やかなバラエティ番組にチャンネルを合わせ、なんとなく眺めつつ、使い捨てのスプーンを滑らかに光るプリンの表面に突き立てた。 「うめぇ」 沢山食すには甘さが少し強めだが、そこも静雄は気に入っている。 何口か大きく掬って食べてから、マグカップを手にする。 「ふぅ」 年を越すまでは起きていようと決めていた。折角一年の節目なのだから、そのくらいはしてみたい。 その後は、眠くなったら寝ればいい。 気楽にだらりと過ごす。 そんな所に、静雄の第六感とも言うべき感覚が、本能を刺激した。 無意識に異変を感じて首を傾げる。 嗅覚がむずむずとする。 それからものの五分。 玄関で金属が擦れるような物音がした。 静雄は顔を顰め、玄関へ向かった。 「こーんばーんは」 気味の悪い笑み、黒尽くめの姿。 家主に目撃されながら、軽快なステップで不法侵入を果たす。 静雄の怒りゲージは当然上昇した。 「人ん家まで来るとはいい度胸だなぁ。臨也君よぉ」 「やあ、シズちゃん」 気軽な挨拶が返った。 低く空間を這う声で怒りを見せるが、臨也には効かない。 「暴れちゃ駄目だよ。家を壊したら何処に住むの? お隣さんも困るよねぇ。こんな寒い年末に家が無くなっちゃうなんて」 どうしても静雄の神経を逆撫でる性根の歪んだ表情が出る。 折角遊びに来たのに、怒らせるのは得策ではない。臨也の脳から紡がれた言葉だけは、余り怒らせない科白を選んだつもりだ。 表情もそれに習うよう、意識しなければ。 「俺も喧嘩しに来たんじゃないよ。遊びに来ただけ。普通にね」 女性受けならしそうな口端を上げる小さな笑みで、怒りを鎮めにかかる。 「ちゃんとお土産も持って来たんだから」 何かを差し出され、静雄は受け取ってしまう。 「要らね──」 「蕎麦持ってきたんだー。年越し蕎麦の日だし」 袋を開くと、生麺の蕎麦と、ネギと肉と海老等の具材用の食材に、出汁を取れと言わんばかりの昆布と鰹の削り節。 ──出汁の粉末じゃねぇ。 「シズちゃん、作って」 「面倒くせぇ」 「じゃ、俺が作るよ」 渡したばかりの袋を、静雄から奪い返す。 「何か入れちゃうかもしれないけど」 キッチンに真っ直ぐ向かう臨也を追いかけ、袋を掻っ攫う。 「俺が作る。テメェは大人しくしてろ」