サンダーボルトファンタジー1期再録集一条のひかり
- 1,000 JPY
サンダーボルトファンタジー一期総集編:A5:オフ:132頁。 殤不患激ラブな著者のファンフィクション小説集です。 凜→殤メインの殤受ポリシーで頑張りましたが、力及ばずとっても健全なオールキャラ本となっております。 殺無生→凜(表題作)、蔑天骸→凜(過去捏造)な雰囲気も漂いまくる基本は凜雪鴉ド外道、殤さん苦労性、若夫婦は幸せな一冊です。
一条のひかり
一、船上にて 静寂なる夜のしじまを縫うように玲瓏たる笛の音が響いている。 奏すは鳴鳳決殺と恐れられる剣客。どこで習ったのか実に堪能なその調べは聴く者の心を哀切に震わせ、涙すら誘う。 「なかなかに切ない曲を奏でるじゃないか。察するにお前の心情の吐露といったところかね、無生よ」 曲の切れ目を見計らって現れた美貌の麗人。かつて二人は知己の間柄であった所以か、気安く名を呼び掛ける。 「これはこれは鬼鳥とやらのお出ましだ。まもなく泣き別れとなる首に未練がましく、俺を懐柔しにでも来たか」 迴靈笛を見せつけながら冷笑と共に皮肉を口ずさむ。しかし内心では相手の科白に怒りを燻らせていた。貴様がそれを言うのかと。この俺を絶望と屈辱の煉獄に叩き落した張本人である貴様が。 「いや別に。今のところ私の首は約束通りお前に差し出すつもりでいるよ」 飄々とした表情に先の憂いは見られない。殊勝にも死ぬ運命を受け入れたとでもいうのか。いや、そんなはずはあるまい。何か策があっての余裕なのだろうが、此度こそは彼を逃がすつもりはなかった。 必ずやその首貰い受けると只人なら失神する程の殺気を込めて睨みつける。だが、相手は微塵も気にする風もなくあくまで涼やかに佇んでいるだけだ。 まるで二人の間に確執などないかのように。相も変わらず掴みどころのない態度である。 「ならば何用で来た。よもや笛の音に誘われたなどという戯言は聞かんぞ」 「では、久しぶりに会った知己と語らいに、というのはどうかな」 「今まで散々逃げ回っていてどの口がほざく」 「いつも問答無用で斬りかかってきて、話をするどころではなかっただろうに」 「はて、問答など必要だったかな。俺には貴様を殺すに足る十分な理由がある。貴様はそれを重々承知のはず」 「それについてはいろいろ言いたいこともあるのだが、その話を始めるとお前の言う『懐柔』にあたりそうで如何ともし難い」 「そうなるな。だからこれ以上、下らぬ御託を並べるなら、それこそ問答無用で貴様を斬る。もとより俺は貴様との約束などどうでもいいのだからな」 「おお怖い。ここは長居せず、おとなしく退散した方が良さそうだ。だが一つだけ。お前、殤殿についていろいろ吹聴しまわっているそうだが」 「吹聴しまわる? 生憎心当たりがない」 「生国が西幽だとか、鬼歿之地を越えて来たとか」 「ああ、その話なら、鋭眼穿楊と泣宵が得体の知れぬ男の事を随分気にしていたのでな、問われるままに答えてやっただけだ。全て本人から直接聞いたネタばかりだ。差支えはあるまい」 「ところが差支えているようなのだ。狩兄にも刑亥にも信じてもらえず邪険にされて気の毒な有様だよ。捲殘雲などからも完全に侮られて見るに忍びない」 「そう言えば、血気盛んな小僧には親切心で教えてやったな。鬼歿之地を踏破した勇者殿にもっと頭を低くしろと」 「頭を低くするどころか、時にはまるでいない者扱いだよ。鋭眼穿楊の教育の程も知れるというものだが」 「あの金髪の小僧は自分より大きいものには何にでも嚙みつく小型犬のようなもの。広い世界をまだ知らぬ。なにせ俺に挑んで勝ち目があると本気で思っているのだからな。いずれは淘汰される小物。無礼者と諫めるのも詮無いことだ」 「捲の無礼はさておき、他二人の態度はお前の伝え方に原因があると思うのだがね。殤殿の話は信じられないか」 「答える必要性すら感じん。貴様は信じたのか」 「私はいたって素直な性質でね。相手の言うことは大概鵜吞みにしてしまう」 「流石は椋風竊塵、息をするように虚を口にする。あの男の話は今の貴様の戯言ほどの信憑性もない。酒楼で相対した時、なかなかに出来る男と心が躍ったが、何食わぬ顔で突拍子もない与太をほざくなど、なるほど貴様の連れだと呆れもしたぞ。西幽から来たなど開き直りの大法螺か、狂人の妄言としか思えん」 「お前は彼の事を存外気に入ったと見て取ったのだがね。卓を挟んでの問答は楽しそうだったじゃないか」 「幻惑香での妙な横槍が入るまではな。貴様のことだ、最初から盗み聞いていたのだろうが、良いところで邪魔をしてくれたものだ。それほどあの男の命が惜しかったのか」 「私が間に入って命拾いしたのはお前の方だとは考えないのかね」 「ふっ、馬鹿な。万が一にもあり得ん。それともお前の目には奴が俺を凌ぐ剣豪とでも映っているのか」 「さて、どうだろう。そんな可能性もなくはないのでは? なにせ鬼歿之地を踏破する実力の持ち主なのだから」 「その設定がお前の仕込みなら奇抜を通り越していっそ陳腐だぞ。目を引く道化を側において、いずれ逃げだす頃合いに盾として用いる算段か。悪いが俺にそんな目くらましは通じん」 「いやはや、お前は私をどういう人間と見ているのだ? まあ答えずとも察してはいるがね。だが、あくまで殤不患とは偶然出会ったにすぎん。気の毒な護印師の娘を見捨ててはおけないと手助けをして、悪い連中に目を付けられたお人好しの好漢だ。私が配した人材ではないのだよ。あまり色眼鏡で見るのはどうかと思うがね」 「たとえ出会いが偶然でも結局は貴様が奴をこの道中に引き入れたのだろうが。他の者とは一線を画して目を掛け接しているのを泣宵と鋭眼穿楊の二人も訝しんでいるぞ。大方それが色眼鏡とやらの原因だろうさ。俺に奴への態度を改めよと口上するのはお門違いと言うものだ」 「これはしたり。なんと私の接し方があの二人に要らぬ猜疑心を招いていたとは。ではこれから彼への態度を改めるのは私の方か」 言うと凜雪鴉はくくくと愉快そうに笑った。 「なんだ?」 「いやなに、まさか対人の理を無生から諭されるとはね。私と袂を分かってから随分と成長したようじゃないか」 「貴様、この期に及んでまだ俺を愚弄するのか」 「どうしてそう取る? 私はただお前を褒めただけだよ。他人の感情の機微を察するのは苦手だったろう。そのお前がこうして私に意見するまでになっている。昔馴染みの成長を喜ぶのがそんなにおかしいかね」 「白々しいぞ。その上からの物言いがどれほど俺を苛立たせるか解ってやっているのだろうが」 「やれやれ。その頑なさが直れば見える景色も一変するだろうに。私が本当にお前の事を思って言っていると何故信じない。万事そんな風だから今まで逃げ回るしかなかったのだよ。もっと早くにお前と語らい、解り合いたかったのだがね」 「確かに嘗ての俺は頑なだった。一途にある男を信じ、光ある未来を夢見た愚か者でしかなかった。そんな愚者の目をお前が醒まさせたのだ、凜雪鴉。お前は俺を愚弄し嘲笑の種にし、果ては用済みの芥のように捨て去った。解り合う? ハッ、とうに俺たちは解り合っている。『椋風竊塵』――それは殺すべき怨敵の名だとな」 ギラギラと焼けつくような眼差しに灼かれて尚、あくまでも涼しやかに凜は佇む。 「やはりお前に何を言っても無駄か。少しは成長して話が通じるかと思ったが…まあ良い。それがお前なのだろうからな、鳴鳳決殺。では、そろそろ私はお暇することとしようか。邪魔をして悪かったね」 船室に戻ろうと踵を返す背をも強く睨みつけるが、夜目にも輝く雪原のごとき銀髪が熱のこもった眼差しを吸い込み、冷やし、眩ませる。 あの美しい髪の流れを間近に感じ笑い合った日の記憶がたまさか脳裏を過り、殺無生はその残滓を払いのけるかのように首を振った。 昔日の幻想。全ては仕組まれた虚像だったにも関わらず、いまだに無生の胸に鮮やかな存在感を持ってしこり続ける凜雪鴉と共にあった日々。まるで内から臓腑を腐らせる悪い腫瘍のように、時と共に色褪せるどころか徐々に大きく深く浸潤し、無生の全てを喰らい尽くそうと燻り続けている。 下らぬ妄執に囚われていると自分でも解っていた。しかし元凶である男をこの手で亡き者とするまで、この灼熱の煉獄から逃れられないことも確かなのだ。 全ての思いを飲み込んで今はただ笛を構える。凜の師という男から奪い取ったこの笛は標的をおびき寄せる本来の目的もさることながら無生の無聊を慰めるのにも一役買っていた。 また一曲、心の赴くままに奏そうと吹き口に息を送ろうとしたその瞬間、船室に入る直前だった凜がおもむろに振り返った。 「ああ、そうだ、最後に一つ。これは要望なのだがね、笛の選曲はもう少し明るい調子のものをお願いしたい。お前の演奏は見事なものだが、曲がいささか辛気臭くはないか。ゆっくり休もうにも耳元で恨み節を囁かれているようで敵わんのだ。是非、一考してくれたまえよ」 言い置いて、今度こそ船室に消える。その飄々とした背中めがけて迴靈笛を投げつけたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば相手を喜ばせるだけだと直ぐに思い留まった。 となれば有効な意趣返しは一つしかない。 殺無生はいつにもまして情緒深げに、哀切の嘆きのごとき調べを虚空に響き渡らせるのだった。