Kの肖像
- 1,500 JPY
「Kの肖像」を主軸とした、Kシリーズのまとめ本です。 美しさを孕んだ少年。傾国のファムファタール。彼の肉体から美しくないものは去勢されている。そうあれかしと望まれた少年! 美しいアルファベットの少年、Kを描いた物語集です。 収録作品 1.[Kの肖像] 61068字 Kという美しい少年が狂った一族と初恋を滅ぼすお話です。 2.[Kの追想] 15273字 Kという美しい少年の過去と、Kの肖像その後のお話です。 3.[Secret closed room] 2204字 Kという美しい少年に心を奪われたどこにでもいる盲目の少年のお話です。 4.[少年納棺] 2514字 Kという美しい少年があなたの自殺を見つめていてくれるお話です。 5.[遺書] Kという美しい少年と関係があったりなかったりする詩集です。 を収録しております。お味見は下記からどうぞ。 かつて「美しい怪物たち」「少女屋福袋」等をご注文のお客様にとっては重複する物語も含まれておりますのでご注意くださいませ。 美しくも哀れな少年、Kをどうぞよろしくお願いいたします。 表紙:叶乃めのうさん Twitter :@ntmeno_8 Mail :ntram0818@gmail.com ココナラ:https://profile.coconala.com/users/1350609 挿絵:とわさん Twitter :@Howllzm
お味見品
収録作品 1.[Kの肖像] 私の初恋は、美しい肖像画の少年でした。 漆黒の髪、うら若い少女のように白い肌、熟れた柘榴色の瞳、血の色に染まった爪、そんな、ぞっとするほど美しい肖像画へ落ちた恋が、私の初恋でした。 油彩画だったでしょうか。まるで画廊の一部に少年が佇んでいるかのように立体感、存在感、そして何よりも美を感じられる作品でした。歳は十五、十六でしょうか。けれども十三と称されればそのように観えるあどけなさが、成人したばかりの男性だと言われればそう信じ込んでしまう底知れぬ雰囲気がありました。 夜を溶かしたかのような黒髪。 ざっくりと中央で分けられた髪の隙間から観える真白い額。 夢見るように長く伸びた睫毛。 長い睫毛に縁取られた紅色の宝石を嵌め込んだかのような瞳。 薔薇色に色づいた白い頬。 コルセットで締め付けられたなだらかな曲線。 ジャケットに施された、摘まれるのを待ち望んでいるかのような金の薔薇釦。 とろけるような白いシャツに付いたくるみ釦。 白いレースの裏側に潜む喉仏。 紅色に染まった残酷な血化粧、或いは爪紅。 少年は暗号めいた笑みを投げかけています。 観るものを惑わせる、暗号のようなほほえみ。そのほほえみを解読することはあいにく私には不可能でした。 ただ、薄くさくらいろに色付いた唇をほんの少しだけ歪ませて、謎めいた笑みを浮かべる少年は、ただただ、致死的なまでに美しかったのです。 森の奥深くにある洋館、薄暗くて何処までも続く画廊の中で、私は一枚の肖像画に恋をしました。 今でも憶えています。その肖像画の題名には、拙い筆跡で同じアルファベットが二文字、記されていたのです。 ――K.K。 私は死んでしまったのです。この肖像画のあまりの美しさに、心臓を止められてしまったのです。 だから私は不審がる花のメエドに声を掛けられるまで、時が止まったかのように、その少年の肖像画の前から動けなかったのです。 ずっと、永久に。 2.[Kの追想] 「君の全身に私の体液を塗り込みたい。君の腸も、胃も、内臓全部に私の排泄物を詰め込んでやりたい。私の精液を塗り付けて、その紅玉のような瞳を永遠に閉ざしてやりたい。君の真白い雪のような肌が埋もれるくらい私の汚物で染め上げてしまいたい」 俺は確かに伯爵に買われたが、御稚児趣味の変態に一生を買われる、というプリマの言葉もまた真実だった。 「あぁK。あぁ君が愛おしい。なのに君は私にひとかけらの軽蔑も寄越してはくれない。あぁつらい、こんなにも君が愛おしいのに、なんてなんてつらいんだろう」 「何を仰っているんですか、伯爵。俺は俺なりに、あなたのことを愛しているつもりですよ。これまで出逢った人の中で、いちばん、あなたのことを愛しておりますのに」 これまでの客よりよほどやさしく、比べられないほど待遇もいい。そのことに俺は感謝している。感謝している、はず――。 「嘘だね」 「え……」 「君の生まれがどんなものなのかは知らないよ。君もそれを語ろうとしないだろうしね。だがね、あんなサーカスで男娼めいたピエロをしていたんだ、そう幸せな境遇ではなかっただろう」 「……まぁ、ご明察の通りですよ」 「君の甘い口説と、愛されたくて縋ってくる姿はたいそう魅力的で、思わず本気で愛してしまいそうになる。けれどそれは愛されたいからというだけなんだよ。私や他の客に、何の感情も抱いてはいないのさ。いや、抱けない、と言ったほうが正しいかな? ねぇK、かわいいかわいい君は、誰かから本当に愛されたことはあるのかい?」 「俺はあなたにじゅうぶん愛されておりますよ、伯爵」 「そんな私好みの好色な演技をすることなく、誰かに愛されたことはあるかと聞いてるんだよ、K」 伯爵はにたにたと笑みを浮かべる。不愉快だった。けれどそれ以上に、……恐ろしかった。 「君がそうやって過剰なまでに人を気持ちよくさせようとするのは、こわいからだろう。誰かに拒絶されるのがこわくてこわくてたまらなくて、だからいつも偽物の自分を見せているんだろう。目の前にいる人間の好み通りに振舞うと楽だろう? かわいがられるし、何より本当の自分じゃないから否定されてもそこまで傷付くことはない。けれどいつもそうやって自分を隠しているから、本当に愛される喜びなんて知らずに死ぬんだろうね。 どうでもいいんだよ、君は誰のことも。自分のことしか考えていない。仮に私が明日死んだとしても、君はすぐに私のことを忘れて新しく愛してくれる貴族でも見つけることだろう。あぁいとおしいKよ、私が君を見てどんな感情を抱いているか知っているかい? 君を貫いて、絞めて、殺してやりたいよ。そうして屍をあのドブ水より汚いテムズ川に流してしまいたい。それから君の残り香の漂うこの寝台で君を殺めてしまったことを後悔して泣きながら眠ってしまいたい。君はけして手に入らないんだ。君は誰かの恋人になることはけしてない、君は失われた肉親からの詩を求めて彷徨う子どもでしかないんだ。あぁ、かわいそうでかわいいK、叶うことなら君のおとうさんになってあげたい」 そう言いながら伯爵は父親が子どもにけして触ることのない場所をまさぐる。 俺は僅かに残った正気を搔き集めて、伯爵の好みの表情を形作りながら、ゆっくり、ゆっくりと、探るように、微笑む。 「あなたに向かって咲かない花なんて、お嫌いになりましたか?」 「まさか」 伯爵は笑みを深めて耳元で囁いた。 「君が花のように従順だったら、私はとっくに手折って打ち捨てているよ」 3.[Secret closed room] 「ねぇ、どうしてだよ、僕はほんとうにきみのことが……」 「うるさいなぁ! 俺のことなんにも知らない癖に! 俺はあなたが思ってるよりもっとずっときたなくて、卑しくて、ずるくて……!」 「そんなのどうだっていいだろう!」 「はぁ!? なにいってんの、だからあなたは俺の昔もなんにも知らないって……」 「僕はきみが綺麗だから好きなんだ!」 僕は少年の眼をまっすぐ覗き込んだ。柘榴石みたいな瞳だった。東洋の血が混ざっているとは聞いていたが、東洋人はみんなこんな、ちいさくて、抱き締めたら折れそうなぐらい腰が細くて、真っ黒な髪で、柘榴石を瞳に嵌め込んでいるのだろうか。あんまり綺麗だから、僕の宝石箱にしまいこんでおきたかった。もしも少年が僕の提案を断ったら、そうしようと思った。 「それ……ほんとう……?」 「あぁ」 「俺がずるくても、卑しくても、きたないことばっかり考えてても、中身なんてなんにも気にしない……?」 「もちろんだ。だって僕はきみの美しさだけが好きなんだから」 少年は花のような笑みを浮かべた。 「うれしい」 4.[少年納棺] 死のう、死のう、死のうと思い、今日まで遣ってきたのです。 死なねばならぬ、死なねばならぬ、死なねばならぬと思い、今日まで遣ってきたのです。 僕は生きる価値に値しない人間でした。その理由を言葉を尽くして説明するには、些か貴方への信頼が足りますまい。ただ、僕は死ぬるに値する人間である。それを、それだけを貴方に信じて欲しい。貴方のことは信じないが、僕のことは信じて欲しい。手前勝手な願いでしょう。理不尽な男とお思いでしょう。ですがそれが僕なのです。死ぬるに値する僕なのです。 今日こそ死ぬぞ、今日こそ死ぬぞと意気込んで、前々から目を付けておいた月桂樹の木の下に参りますと、それはそれは美しい少年が首を括っておりました。 5.[遺書] 遺言の連なりを 白い便箋につつんで 花やかな香りの液体を垂らして 君に送った ごとん。