灰色の禁忌
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ついに出た!艦これファンを騒がせた期待の一作「死刑囚赤城」シリーズ第二段!!今回の赤城も何を考えているか分からない。だが一つだけ言えるのは最高にイカレテいるってことだ! 赤城「ひどくないですか?この紹介……?」 瀬戸「いいや、ひどくねぇよ。そのとおりだ」 原作……青見 座布団先生 執筆……ぎゃわ
サンプル
「ふざけやがって、ふざけやがって!」 鬼気迫る声が鎮守府にこだまする。緑色の髪を伸ばした少女、切れ長だが年相応の野暮ったさのある目が憤怒を湛えていた。声も剣山のように尖っている。それに続く銀髪の少女、菊月も気持ちは同じだった。怒り。そう怒りだ。前を歩く長月と同じ気持ちを胸に抱いていた。ふざけやがって。そうだ、ふざけやがって、だ。 輸送作戦。それ自体はいい。幼いながらも、自分たちは軍人だという自負は大人に劣らない。与えられた役割を果たす事にも異存はない。だが、あまりにもお粗末な作戦だった。この鎮守府の上層部の大人たち。彼女らが何を考えていたのかはこの際知らない。だが、お粗末な作戦に異を唱えたくなるのは当然だった。作戦を指揮した長月は自分以上にそうだろう。敵中突破を前提とした輸送作戦。部下が二人も海の藻屑と化し二人が重傷を負った。抗議に向かうのは義務だ。 鎮守府の廊下。豪奢な青の絨毯にも毒づきたくなった。落ち着きのある空間。その程度で怒りが収まるわけもない。こっちが潮気まみれになり全身ずぶ濡れの上、部下を喪う。その間、上層部の連中はこの豪華な建物の中で安閑としていたと思うと虫唾が走る。べちゃべちゃと足が鳴った。着替えず、濡れっぱなし。青い絨毯は泥塗れ。ふんと鼻を鳴らした。クリーニングも出来ないというのなら一発お見舞いしたい気持ちだった。 「うるさいぞ」 絨毯の終点。そんな表現があるのかどうか知らないが、ともかくそれが行き着く先。提督執務室。この大馬鹿な作戦を立てた張本人がいる場所だ。そのドアの前には無表情の少女がいた。ボブカットに色素の薄い印象を受ける長身。目にはおよそ感情というものがない。和服と巫女服をごっちゃにしたような着物を召している。出来損ないの制服を着ている自分たちよりよほど大人っぽい。その女は日向、といった。本名は知らない。クソ真面目の大馬鹿一味。その一人だ。腰には佩刀をぶら下げている。 どけ、と長月は言った。怒気にあふれている。身長差は三十センチ以上あるが、それでも全く臆していない。上目遣いでねめつけ、敵意を露にしている。 「物々しいじゃないか。なんだ?」 物々しい、だって? 菊月もその言い方には怒りが吹き出しそうになる。先ほどまで戦場にいた。物々しくなるのも当たり前だ。そんな事も分からない女が、自分たちの部下を殺す手伝いをした。作戦立案に日向が関わっていたかなんて、どうでもいい。菊月にとって、大人に類する存在は全て敵に見えた。 「なんだもクソもあるもんか!どけ!」 「落ち着け。それではろくろく話も出来んだろう。まず深呼吸をしろ。話はそれからだ」 「お前と話すつもりはない!とっとと黙って道を開けろと言っているんだ!」 長月は引かない。日向も同じだ。菊月だってもちろん後ろに下がるつもりはなかった。無謀な作戦。部下が二人も死んだ作戦。死ぬのが当たり前だと思えるような作戦。従いはした。そうしたのは長月も菊月も一応大人を信用していたからだった。こうするからには何かこちらに知らせない意図があるのだと思い込んでいた。そうしないと納得できないような作戦だった。裏切られた、騙された――敵の砲弾から逃げ回り、気づいた時には二人、海の底へと沈んでいった。特段部下思いだったつもりはない。長月も同じだろう。それでも、看過してはならない。このままではいけない。本能的にそう思い、実際ここまで来ている。 日向は佩刀を手にしていた。腰だめに刀を置き、いつでも抜ける態勢を整えている。ハッタリだ。こいつが戦った事なんかあるか?日本海に面した舞鶴鎮守府。ここは安全地帯の治安改善を題目にしている。最前線からはもっとも遠い場所。そこで戦艦娘として赴任している日向は、菊月が赴任してからというもの一回だって海に出た事がなかった。命のやり取りをしない呑気な女。クソ女。そういう印象だ。それの指揮を執る丸亀提督少将も顔を見せてない。 立ちはだかる日向の脇を、長月はすたすたと歩いた。らちが明かない。そう判断し、直談判する気のようだ。腕がそれを止める。和服の袖から見えるその手。血管が浮き出てゴムまりのような筋肉が覗く。鍛えている。だからどうした。 「やめろ。これ以上行くのは許さん」 「関係あるか。お前に止められるのなら止めてみろ。何もしない空仏め。図体ばかりデカくて、誰が運んだ飯を食べているんだ。誰がずぶ濡れになって運んだ飯をゴクツブシに食わせていると思っているんだ。言え!言ってみろ!」 そうだ、と菊月も遅れた援護射撃をする。日向は黙った。だが腕は降ろさない。処置なしだ。菊月がとびかかる。いくら鍛えていると言ったって、突然の奇襲にいつでも対応出来る訳じゃない。それも足に身体を絡めるなら猶更だ。案の定、日向はバランスを崩した。そのスキに長月が執務室のドアを開ける。 「やめろ、やめんか」 こんな状況になっても日向は声を荒げない。かえって後押しするようなものだ。長月はドアを開けた。角度から菊月は中が見えない。しかし、何かを見た長月は――長月の顔は。 蒼白だった。さっきまでマグマのように荒ぶっていた顔は、液体窒素をぶっかけられたようになっている。かすかに声がした。響くような呻き。何か深い所から語り掛けてくるようなエコー。ぶるりと震えた。これは、この声は。 「ひ」 一言。消え失せそうな小さな声。強気の長月から出たとは思えない恐怖に満ちた一文字。ドアをすぐに閉める。そして見るのを拒否するかのように背中をつけた。荒っぽい呼吸。禍々しいものを見た。そう伝えるように汗がぽたりと絨毯に落ち、ぐしゃぐしゃの足元に混じった。 「見たのか」 日向の声はあくまで静かだ。しかしその静けさは坊主の念仏じみて棒読みだった。終わった、こいつは。絡みついていた菊月を、足の一振りで飛ばす。靴占いの靴みたいに、菊月は跳ね飛んだ。 痛い、なんて気持ちにはならなかった。背中から落ち、勢いよく跳ね飛んだのにすぐ立ち上がれたのは、ただならぬ雰囲気を身体が全身で感じていたからだろう。 「見たのか」 立ち上がった日向が、柄に手を駆ける。長月はすでに恐慌状態だった。真っ青な顔面を、何か否定を伝えたいのか横に振る。日向には伝わっていない。腰を低くした。長月はその動きに耐えられなかった。 「い、いぃっ、イヤアアアアァッッ!」 らしくない悲鳴。涙の浮かぶ野暮ったい眼。菊月の方に全力で走る。足元がぐらついていた。日向が、何かを払った。菊月の目にはそうとしか映らなかった。 泣き叫んで菊月の脇を通り抜けようとする。待て、置いていかないで。手を伸ばしたその時。 長月が、割れた。腰を境に上下に分かれた。上半身が勢い余って飛んでいく。置いてけぼりにされた下半身が力なく転げた。切断面の血がばしゃりと菊月にかかり、銀髪を赤く染めた。 「え……え……?」 理解が追いつかない。真っ二つ。人はあんな風に真っ二つにならない。かちんと鯉口の音がする。 「長月……っ!」 血が目に入るのも構わず、長月の元に駆け寄った。口をパクパクさせている。血まみれの腰からだらりとハラワタが漏れていた。助からない。助かるわけがない。青い絨毯に映える色鮮やかな鮮血が吸い取り切れない水たまりをつくった。 生きている。それがひどく残酷に思えた。 「すまん、な。今、楽にしてやるから」 冷えた声が頭上からした。長月の脇に座っていた菊月の眼前に、鉛色の刀が差し込まれる。うなじにすとんと突き立てられたそれが、今度は間違いなく幼馴染の命を奪った。目を見開き、口から喀血した姿で長月は死んだ。 「ひ、ひひひひ……」 笑い?違う。これは悲鳴だ。勢いのない慟哭だ。下腹部が生暖かい。全て脱力してしまい、我慢すらできなくなった膀胱。小便が漏れ出していた。日向が袖から白紙を取り出し、刀を拭う。血を吸った刀は妖しい輝きを放っていた。 「お前、何か見たか」 「ひいいいい」 「見たのか。それとも、見ていないのか」 「いいいい」 声が出ない。見てない。何も見ていない。私は、菊月は、何も。そう言いたいのに。言わなければいけないのに。 頭に手をやる。突っ伏す。何も見ていないと、誰かに告げるように。謝るように。べしゃべしゃな感触。血か、それとも頭からかぶった海水か。どちらにしても、今の菊月は捨て犬より汚い。 日向のため息が聞こえた。処置なし。そう言う代わりに優しささえある声が上からした。 「風呂に入れ。身体を洗ってこい。新しい服は用意しといてやるから」 優しさ。そんな訳ない。優しい人はこんな――こんな酷い事しない。頭が痛かった。何もかも忘れたい。なかった事にしてほしい。丸まっていた菊月にはそれしか考えられなくなっていた。 長月、長月、長月――。 するりと目がそちらを向いた。瞳孔が開いた彼女と目が合った時、菊月は気を失ってしまっていた。