百音 scene2:filmpatrone
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「写真」をテーマに文芸誌を作りました。写真のように切りとられた風景から物語を想像するみたいに、おのおの、小説、詩、短歌、俳句を制作しました。カメラのレンズと、わたしたちの瞳を通した言葉が、あなたの瞳に物語を映してくれたらいいなと思います。 (小説より冒頭抜粋) 「アドレス」北野貴裕 ――なんの連絡もなしに実家に帰ったら鍵がかかっていて、何回か呼び鈴を鳴らしたけど返事はなかった。実家の鍵は持ってない。母に電話しても繋がらない。 途方に暮れていたらお隣の藤田さんがようすを見にきて、お母さん明日までもどらへんよ。父は産まれたときからいないしひとりっ子で、完全に家に入る手段を失った。なんで明日まで帰らないのかは訊かなかった。 「神様のいない週末」 ――駅から徒歩二十五分。駅の周囲にはスーパー、コンビニ、飲食店もいくつか……。治安も悪くないらしい。小百合の住むマンションは、女が一人で暮らすにも十分安心できる立地にある。古いアパート暮らしの好美としては、羨ましいばかりだった。 会社を出たその足で、小百合のマンションに向かう。服装もそのままだが、スーツでないだけ動きやすい。肩に掛けた鞄には最低限のお泊りセットが入っているが、ついさっきまで会社のロッカーに押し込んでいたから、少しだけ形が歪んでいる。 「祈り」坂根望都花 ――家で寝るのをやめてから三日が経った。このへんが限界かもしれないとぼんやりとおもう。おもったとどうじに、自分の限界の底のあささに笑う。笑い声はでない。そういえば丸一日声をだしていない。あーー、と、以前お風呂あがりによくしていた小顔マッサージの要領で、頭をのけぞらして発音してみる。間近の生け垣にいたスズメが飛んでいく。足元にいるハトは飛ばない。ただしいな、とおもう。なにが。世界が。しらんけど。 「初夏の調べ」山内優花 ――その日の雨も、その時期にはよくある脈絡のない降りかたをして、不安定に町はいつもすこし湿っていた。傘を持つべきか否かをひとびとは、家を出るときに考えて、持つか否かの判断を自分なりに、時に天気予報を頼りながら、備えるのだろうが、わたしは天気予報を見ないので、家を出るときに降っていれば持つが、降っていなければそのあとの降水確率が百パーセントでも持たなかった。予報を知らないからしかたなかった。 「transfar」 ――きみと交わらない世界のことを、いつまでも考え続けていた。 明日なんかくるなよ、ときみは笑っていた。じゃあ二人で逃げようか、と提案するとばかだなってよけいに笑われた。ひとしきり、それはもう盛大に笑われたあと、きみはわたしの服の袖を握って、本当にいっしょに逃げてくれるの、と言った。 「ビオトープ」 ――腕がしびれていた。目をひらけると、机の向こうがわに漫画が落ちていた。読んでいたところが判らなくなっている。汗で張り付いた服が男の背中に食い込んでいた。 身体を起こして眼鏡をかけると、男の頭は一瞬だけ冴える。押し返してくる眠気のさなかに男は部屋の中をぼんやりと見渡した。本棚に並んだ漫画の棚倒れが気になったわけでもなくただ目に留まり、手を差し込んでみたが隙間を埋めるすべはなく、一時的に立て直してみても本はずっと、いずれは傾くだろうという予感を残していた。倒れる可能性のあるものはいつか必ず倒れる。 「明暗路地裏話」 ――私は新しい自分になれる路地裏を見つけた。奇跡だ。家から徒歩十五分、駅から五分の魅力的な立地で、件の路地裏は迷える私を待っていた。 私は早朝の雲一つない空を見上げる。ペンキで塗り込めたような、均等な青が広がっている。続いて、閑静な住宅街のよそよそしい佇まいを確認する。丸いシルエットの雀たちがアスファルトの地面を飛び跳ねて、チュンチュン鳴いている。風の音が微かに聞こえる。理想的な日曜日の風景だった。 「夕焼けかたつむり」 ――中学二年生の五月、私のクラスに転校生がきた。転校してきたのは日笠めぐみという女の子だった。長い髪を一くくりにして、眼鏡をかけたおとなしそうな子。最初のうちはお決まりのように、クラスメイトが彼女の机を囲って、彼女のことを根掘り葉掘り聞いていた。 彼女に囲うのに私は参加していなかった。日笠さんが転校してきて三日後、そのことをアジに指摘されて、私はふてくされた。 「青い日」波瑠 ――目が覚めて、ああ、また泣いていたのだと思った。じくじくと目尻が疼いていた。服の袖で乱暴に拭くと、視界の隅でいくつかの小さな星が瞬いた。ゆっくりと覚醒していく頭の中に、「赤くなるよ」と、呆れた声が届いた。 「あんまりそれ、やらないほうがいいって何回、」 みつきが、仕方ないなというふうに溜め息を吐く。いつのまにか隣に腰かけていたらしい。私の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜたと思ったら、また、いつのまにかいなくなってしまう。 「カレン」奏端いま ――渓はテレビを観ていた。お盆に料理をのせたまま店内で足をとめ、画面に見入っている。そこでは、きれいな辛子色の屋根が小汚い倉庫がソファが馬が軽トラックが、一様に空に舞い上がり、壊れながら回転していた。風がやむころには見る影もなく散らばって、地上にもどっていくのだろうと思えた。そのあとの光景はきっと多くの人にとって地獄にちがいない。けれど――ある人が見れば天国にも映るのかもしれないと、溪はなぜか悲観できなかった。