【猫魔夢本】君のことが知りたい
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web漫画『猫と魔法使い』の作者による二次創作本です。 「特務っ子×片恋」がテーマのネームレス短編夢小説本です。
仕様
A5 / 40P / 400円 / 2021.06.06発行 表紙特殊紙・フルカラー 【収録内容】 ・愛と青春の瞬き(ゴウタ) ・三日月が沈む頃(ヘラ) ・繊細な指環(カケ) ・吸血鬼の甘い憂鬱(バジル) ・留まらないつばさ(ビクトル) ・世界の横顔(流蘭) ・濁ったカラット(ミシェル) ・既知のまぼろし(カイル) ・氷の国の光の眸(ルー) ・青い果てで終わりたい(フール) ・大好きだよ、不幸になりやがれ(ラルク) ※タイトルは下記のサイトさんからお借りしてます。 約30の嘘( http://olyze.lomo.jp/30/ ) 消極SADIST( http://mist.in/funeral/sad/ )
サンプル(ゴウタ)
はあ、とつい溜め息が漏れる。 はっとして私は口元を抑えた。いけない、いけない。これでは不機嫌そうに見えてしまう。ちらり、と私は目の前の彼の様子を窺う。 ゴウタ・クルマンくん。漆黒の黒髪と、ぴょこぴょこと微かに動く銀色の狼の耳。彼は狼の獣人なのだ。私が育ってきたところにはあまりいなかったけれど、それは別段驚くことでもない。 ふり、と彼の尻尾が動く。 「ちゃっちゃっと終わらせちまえばすぐだって。だいじょーぶ、だいじょーぶ」 先ほどの私の溜め息はしっかりと彼の耳に拾われていたらしい。最低だ、私が。 「あの、その、ごめんなさい……」 「んー? 謝ることなんかねえと思うけど?」 人好きのする笑顔を浮かべながらこてん、と彼は首をかしげる。 謝ることなんて山ほどある。そもそもこうして実験室に居残りする羽目になったのは、私のせいなのだから。 実験では私とゴウタくんはペアで、几帳面で器用な彼のおかげで私の実習評価はつねにAだった。 初めてペアで作業したときは「苦手なタイプだなあ」なんて思ったものだ。なんせ複数の女の子と関係を持ったり、喧嘩に首を突っ込む乱暴者で有名だったのだから。 けれど、その日から私の彼への評価は一八〇度覆った。 ゴウタくんはただただ良い人だったのだ。地味で目立たない、真面目しか取り柄のないような私にも優しくて、話しやすくて、実験の日が楽しみになるくらいだった。 今日の実験もすんなりと終わって――終わるはずだったのだ。彼らの話に聞き耳を立てたりしなければ。 私が生成物を提出しに行き、ゴウタくんは後片付けをする。これがいつもの流れだ。 よし、提出に行こう、と思ったときにそれは聞こえてきた。 「ねえ、ゴウタ~。これ終わったら付き合って欲しいところがあるんだけど……」 どことなく甘い雰囲気を漂わせた口調。彼は今あの子と付き合っているのだろうか。振り向くと彼女はゴウタくんの指に自分の指を絡ませていた。 ――私みたいな可愛くない子より、ああいう、可愛い子の方がいいよね。 そんな風に思っていると、指先からするりと何かが落ちていった。 お察しの通り落としたのは実験で作った生成物で、粉々にくだけ散ったそれを見た教授は、居残りを命じたのだった。 ゴウタくんは慣れた手つきでもう一度実験をこなしていく。私、何やっているのだろう。足を引っ張って、彼の予定の邪魔をして。 「あとはこれを加熱すれば終わりだな。ってどうした!? 何があった!? 俺か? 俺なんかしてたかっ!?」 「へ……?」 ボロボロと涙が頬を流れていた。慌てるゴウタくんの姿が滲んでいく。 ああ、どうしよう。止まらない。彼にこんなに迷惑かけて。せめて可愛ければ許されたのかな。 「ごめっ、わた、わたし、ぜんぜんかわいくないし……!」 「え? なんの話だ?」ゴウタくんが困惑しながらも突っ込む。 「めいわくかけてごめんなさい!!」 その後、気が済むまで大泣きし落ち着いた私にゴウタくんは温めた濡れタオルをくれた。 「あ~……びっくりした。そんなに思い詰める必要ないからな? 実験なんて何回でもやりゃあいいんだよ」 「ごめんなさい……」 ごめんは禁止、と唇の近くに人差し指を立てられた。 「真面目だもんな。居残りなんて今までなかったんだろ? 俺は結構あるぜ。大したことじゃねえって。気にするなよ」 ゴウタくんがにかっと笑う。私を安心させる温かな笑顔。まるで太陽にぎゅっと抱き締められているみたいだった。 「あとな、」 囁くように彼が言う。 「――可愛いよ。だから、もう泣くな」 心地よい低音が脳に直接響く。 心臓がきゅう、と締め付けられるような苦しさも、指先が痺れるような甘さも。息すら出来ないくらい苦しいのに、この時間がずっと続いてくれればいいと思ってしまう。 けれど、そんなの無理だ。ゴウタくんが立ち上がる。 「ん。俺がこれ出してくるから。片付け頼むな」 「はい……」 ぽん、と私の頭を撫でて、ゴウタくんは実験室から出て行った。 ずるい、ずるすぎる。すべてが完璧で、こんなの、好きになってしまう。彼が戻ってきたら勇気を出してみようかな。「お茶でもどうですか」って。 でも、やっぱりまだ少しだけ怖いから、今日のお礼に、と付け足してしまうだろうけれど。