Twinkle Twinkle Billion sand
- Digital300 JPY

出所したエドワードがメインのお話がふたつ、1話めでは空折と、2話めではパオリンと絡んでいます。 2012/10/07開催のComicCitySparkにて初売り、その後完売しました。BOOTHでは本文のPDFファイル(31p分)を販売しております。 (注:実際の本には挿絵がありましたが、販売するデータには含まれません。ページ番号だけのページになっています。)
本文サンプル。 最初のほうのお話の冒頭です。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ Three Men in Freeway, To Say Nothing of the Dog! フリーウェイの三人の男 (犬は勘定に入れません) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 俺の機嫌が悪い理由は三つ。ひとつめは、朝からアホみたいな青空でやたらと暑いこと。太陽系のどこかのネジが緩みでもしたんじゃないかって気がしてくる。 オープンカーの助手席にミス何とかって称号を持ったブロンドでムチムチな女でも乗っけて海までかっ飛ばさないとやってられないような天気だ。だけど、俺はそんな身分じゃない。 ふたつめは、迎えに来るなら車で来いよ、と念を押しておいたはずのダチが、車どころかまったくの手ブラで立っていたからだ。 チェックゲートから表の通りまでの短い距離を歩きながら、コイツがダチという認識も改めなきゃいけないか、と俺は半ば本気で考えた。 趣味が悪いと何度言っても頑なにそれだと決めているらしい、背中にキモノを着た娼婦の刺繍(娼婦じゃないのか?)が入ったジャンバーを着たダチ――イワンがポケットに突っ込んでいた両手を表に出すと、にこにことその手を振ってくる。車のキーを持ってもいないし、自転車どころかリアカーさえ引いてなかった。アホだ。 アホみたいな青空の下で手を振るアホなダチのところに俺はとぼとぼと歩いて行った。だって、他にどうしろっていうんだ。 俺は今朝、真後ろに建つでかい檻の中から出てきたばかりなのだ。つまり前科者ってわけ。この街に来るときは故郷の期待を背負った神童(笑)だったはずが、ひとつ事件を起こしたら引き潮みたいにみんな俺から離れていった。 本物の潮と違うのは、離れていった奴らはたぶんこれから先も俺に近づきたがらないだろうってことだ。 俺を自慢にしていたはずの家族や親類さえ迎えになんて来ず、やって来たのは趣味の悪い服を着たダチがひとりだけ。しかも手ぶらで。 これが俺の機嫌を悪くしている三つめにして最大の理由。つまり、これから先が思いやられるからだ。 「エドワード! あの…」 イワンはぐっと眉を寄せて涙を遣り過ごしてるようだった。 「……おかえりなさい」 おかえり、か。そうだ、俺は帰ってきたんだ。このしょうもない世の中に。この塀の外で、これから俺はどうにか居場所やら食い扶持やらを見つけていかなきゃいけない。 檻に入れられていたのは窮屈だったけど、あそこではルールさえ守ればフェアにやっていけた。薄っすらと仲間意識さえあった。同じ鼻摘みものの犯罪者どうしだ。でも、いつまでも塀の中にいるわけにはいかないし、勿論そんなのはごめんだ。今日からはこっち側でマトモに生きてきた奴らから肘鉄を喰らわされながら俺もその輪に入れてもらわないといけない。 「ああー…」 小難しいことを考えてはいたが、俺の口から出てきたのは風呂にでも浸かっているみたいな呻き声だった。 「ところでイワン、車はどうしたよ」 「ああ、うん。ええと」 「お前、今をときめくヒーロー様だろ。まさか何キロか先のバス停でバスを待とうっていうんじゃないよな?」 イワンを睨んだ。しょぼい荷物だけど、俺は肩からリュックサックを担いでる。目玉が飛び出すほど安い給料だけど、中で作業すると金がもらえる。その、なけなしの金も抱えてる。それを、まずバス代で使わせようっていうのか、こいつ。 「レンタカーを借りようと思ったんだ。僕は車を持ってないけど、免許はあるし」 イワンが話し出した。その通りだ。こいつは何だかどうでもいい資格や免許を山ほど持ってた。確かヘリまで飛ばせるんじゃなかったか? こいつの資格、今も増えてるんだろうか。 「でも、普段運転してないのに危ないんじゃないか、って言われて」 「レンタカー屋がかよ? 何様だ、そいつ」 そりゃあイワンは常に挙動不審だし、いかにも車なんてぶつけそうに見えるかもしれないが、中身はそうでもない。客商売だろうに、なんつーレンタカー屋だ、と俺が鼻を鳴らすとイワンは首を横に振った。 「あ、違う違う。レンタカーを借りようとネットを見てたらそう言われたんだ」 「誰に」 「……ええと、それで、でもどうしても車が必要なんですって説明したんだ。そうしたら、『それなら私が車を出すよ』ってことになって」 「だから、誰がだよ?」 主語を言え、主語を。 「キース、さんが」 「ああ?」 「ほら、あの、あそこに」 イワンはうつむいて、片手の指を伸ばした。 道路の反対側、俺たちの立っている場所から斜め向かいにアホみたいな車が停まっていた。 車体はピカピカのスカイブルー。しかもオープンカーだ。幌を下げていて、乗ってるヤツがよく見えた。 運転席にはブロンドのマッチョ。ティアドロップ型のサングラスをかけているが通った鼻筋とか形のいい口元とかはわかる。鍛えられた筋肉で真っ白いTシャツが張り詰めてる。こっちに気づいて親指を立てた腕を軽く振る。サムズアップ。白い歯を剥いて笑った。 後部座席にはこれも金髪…のデカい犬。カールした長い毛の、ゴールデンレトリバーっていうんだったか。飼い主そっくりにニカッと歯を見せて尻尾をブンブン振っていた。 俺はイワンを振り返った。 「話した…よね? キースさんってつまり、スカイハ――」 俺は回れ右をすると、さっき出てきたばかりのいかついゲートへ取って返す。何だどうした、という顔をする看守に言った。 「あと2、3日泊めてもらえないスか?」 背後からイワンがダッシュで近づいてくる物音がした。 そして、フリーウェイでのドライブが始まった。 シュテルンビルトの中心部へ続く、見晴らしのいい一本道だ。 確かに俺はついさっき、オープンカーにブロンドでムチムチな女でも乗っけて走りたい天気だとか下らない妄想をしてたさ。 でも、これは違うだろう。 金髪のマッチョなオッサンが運転する車の後部座席に、こっちもブロンドのやけに人懐こい犬と荷物と一緒に揺れている。 とりあえず助手席に座るのは断固拒否した。幌も下げさせて、冷房を入れさせた。実際問題、オープンカーってのは夏場は暑い。とくに直射日光が頭に突き刺さる。車の持ち主は「走り出したら風が気持ちいいよ」と不思議そうな顔をしたが、それはお前らのデートのときにでもやってくれ。俺は頭髪も皮膚も守りたいほうだ。 助手席ではイワンが俺をチラチラ振り返り、運転席から話しかけられると慌ててそっちに顔を向ける。 その光景にげんなりしていると、横から間の抜けた面のワンコが遊びたそうに近づいてくる。俺は指を突きつけて、お犬様にもっと距離をとるように依頼した。 そう、さっき俺もちょっと口にしたが、ダチのイワンっていうのは今やヒーローになってしまった。NEXT能力を駆使して悪と戦う大企業のサラリーマン、折紙サイクロン。こいつの能力は擬態で、潜入とか逃走にしか使えないようなNEXTなのに何故だかヒーローになっちまった。 しかも、ほとんど犯人の確保なんてしねぇで、TVカメラにほんのちょっぴり映るってのが役目だ。 NEXT関係なくねぇ? と俺が聞けば、イワンはうなずいて『でも移動中に使ってたりするんだよ』と笑っていた。こっそりMVPを獲りそうなヤツの背後に近づいていくんだと。何だそりゃ。でも、こいつが加入してからHERO.TVのDVDの売り上げはウナギノボリなのだそうだ。折紙を見つけるのがファンの間で大人気なんだと。何が受けるかわからない。 そして、今運転席におさまっているこのガタイのいい金髪男が、イワンに毎度映りこまれているほうのヒーロー、スカイハイだ。本名はキース・グッドマン。ハンサムだが毒っ気がなさすぎて俳優なんかには向かなそうだ。演技力もなさそうだし。 イワンくんイワンくん、とはしゃいだ声で助手席に何やかやと話しかけて、嬉しくて楽しくて仕方ないってオーラを出しまくってる。数分おきに後部座席の俺の存在を思い出して、はにかんで前を向くんだけど、もういいよ別にって気分だ。 俺が(つまり同い年のイワンも)ガキの頃からのヒーロー、しかもトップに君臨し続けていたスカイハイことキースが、どうして背後に映り込むだけの折紙サイクロンことイワンに、こんなにも脂下がっているのか。マジで謎だ。 ああ、脂下がっている理由はハッキリしている。こいつらつきあいたてなんだ。 二人ともそんなことは一言も打ち明けてない。でもわかる。たぶん、勘が良ければ三歳児でもわかる。