ハーヴェスト(高原あふち/著)
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この書籍は、第25回 日本自費出版文化賞・小説部門賞を受賞しました。 著者:高原あふち 〔収録作品〕 ・さなぎ ・楽園 ・ギフト ・シェルター ・水族館の熊 ・ハーヴェスト ・半径二〇三メートル僕イズム ・苔の花 ・人間病患者
収録作品「シェルター(あらすじ)」
私鉄の急行が止まる駅近くの、取り残されたような三軒長屋。その一角を「シェルター」と呼び、三十年以上ひとりで暮らしてきた元レントゲン車運転手の男は、酒をやめてからは睡眠薬だけを頼りに夜をやり過ごしている。真夏日を記録した五月のある夜、頼みの薬を一錠落として見つけられず、眠れぬまま過去の記憶と罪悪感に呑み込まれていく。別れた妻と会わなくなった息子、職場での横暴、息子の恋人に中絶を迫ったこと──男は「悪いのは自分ではない」と繰り返しながらも、心の奥では取り返しのつかない歪みを抱えている。 一方、信州の醤油問屋の娘として生まれ、教員だった夫と共に各地を移り住み、今は大阪の住宅地で独り暮らしをする老女・ハルは、亡き夫と二人の戦死した兄、山々の風景や民謡の思い出を、姪の咲子に饒舌に語り聞かせながら日々を送っている。ある夜、彼女は襖の隙間から自分を覗く見知らぬ男の気配を感じ、「夜這いだよ」と冗談めかして呼びかける。その「夜這い」は、同じ夜にシェルターで息苦しい幻覚と闘っている男の感覚と、不思議に重なり合っている。 やがて二人は、夢とも幻ともつかぬ世界で、若い頃から愛した北アルプスの稜線を背景に向き合う。スタンド・アローンのソプラノが流れる中、子どもを持てなかった老女の半生と、息子夫婦の中絶をめぐる男の頑なさが交錯し、「もういいよ」と赦しを促す声と、「まだ死にたくない」と生へしがみつく思いが行き交う。翌朝、男は久しぶりに背筋を伸ばして外に出て、坂の上の雲の主題歌のCDを買い、家の前の古新聞を片づける。老女は布団の中で見知らぬ男との奇妙な「縁」をあの世への土産話にしながら、静かに息を引き取る。都会の片隅で孤立した二人の老人が、夢の中で一瞬だけ互いの「シェルター」となり、生と死の境目でささやかな救いに触れる物語。
