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超常事変 残×癒宇 ときどき拝田の小説です。 文庫本(カバー付き)103P 「癒宇、ちょっと出れるか」 残が癒宇の元に来たのは、もうすぐ仕事終わりという時だった。次の任務は潜入捜査となる。そのための資格の取得のために癒宇は彼よりも早く引き継ぎをしていた。それも一段落というタイミングだ。超能力者としての扱いに余りいい思い出のない癒宇は残に誘われなければ、超能力者を隠して生活していたであろう。そんな彼はつい先日昇進し、次の任務の責任者にあたる。同じ任務に就く自分の上司になるのだ。そんな残が新しく配属された部下ではなく、態々元コンビの癒宇を指名してきたのには何か意図があるのだろう。 そこまで分かっていて口に出すことはしない。癒宇は一つ頷いて引き継ぎ相手に指示を出す。その間に直帰するから、と残は我が物顔で癒宇の鞄を持っていた。その手に着けられている革手袋が左手のみ外されていて、癒宇は少し目を細めてから彼の後に続いた。 直帰する、というのは彼もなのだろう。案内された残の車の助手席に座り、ちらりと隣を伺った。残は何も言わない。後部座席には彼の鞄があった。車が走り出してから、癒宇は口を開いた。 「…遠耶麻はどうした」 「透には知らせてない」 少し険しい顔の残に一つため息を着く。つまりは可愛い部下は巻き込みたくないのだ。残とて癒宇がどうなっても良い訳ではなく、癒宇であれば何をしても許すだろうという甘えだろう。 「独断専行は控えるんじゃなかったのか?」 「別に今までだってしてねぇよ。どっちに転ぶかわからないからな。まだ、時期尚早だ」 ならなぜ自分なのかと野暮な事を聞くつもりはない。どうせ、必要なのは自分の能力だろう。 着いたのは廃工場街だった。辺りを見渡す癒宇に残が帽子を被せた。何のつもりだ、と言う前に彼は拳銃をホルスターに入れていた。つまりは、そういうことだろう。 「…らしくないな」 コンビを組みながらも、そういう場に癒宇を頑なに出そうとしなかったのはこの男であった。その男が自分を連れてきたのだ。言われなくても警戒する。彼は手袋のしていない左手で地面に触れた。 「行くぞ」 歩き出した残に続いて建物と建物の隙間を進む。着いたその奥で、癒宇は嗅ぎなれた鉄の匂いを感じた。瞬間、残に肩を抑えつけられ膝を着く。癒宇の頭上を熱が走った。 「伏せてろ」 「…おい」 立ち上がった残は癒宇を庇うように立つ。彼の向こう側に人影が見えた。 「癒宇は動くな」 「ちょっ…」 癒宇を置いて残は駆け出す。まだ何処から攻撃されているのかは癒宇には分からない。それは彼も同じ筈だ。彼の死角、後方から来た攻撃を躱して体制を整えている。 「…そこだな」 胸から銃を抜き、壁に向けて発射する。パリン、とガラスが割れた。 残が足を止めたので、残の後ろから前を覗く。そこに居たのはフードを被って、壁に持たれている一人の男だった。ホームレスか何かにしか見えない風貌だが、恐らく左脚をやっている。 「何の用?」 そう告げる声は癒宇の予想よりも幼いものだった。残は癒宇を庇うような動作をして、背中に隠しながら一歩前に出る。 「…拝田丞だな?」