【復刻版】A5判の夢―貸本漫画小論!
- 500 JPY
――貸本漫画……この言葉も今では忘れられようとしている。貸本漫画の滅亡から既に十年以上にもなり、若い漫画ファンにはその存在さえも知らない人が多いだろう。雑誌漫画と、普及しはじめた白黒テレビとに挟撃ちにされ、さらには「俗悪マンガ追放」を叫ぶ教育関係者に迫害される。 そんな厳しい状況の中で漫画という新しい可能性を秘めた媒体に取り組み、手塚治虫を乗り越え、現代の漫画――さらには劇画というジャンルを確立させていった人々がそこにはいるのだ! 白土三平、さいとうたかを、滝田ゆう、水木しげる、楠勝平、山上たつひこ、水島新司、つげ義春、楳図かずお······数えあげればきりがない。そうした多くの優れた作家たちがこの世界から飛び立ち、漫画の世界を変革していったのだ。 本書では、そんな貸本漫画の世界を、一つの有機体として総体的に分析・解明してみたい。(まえがきより) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本同人誌は、三流劇画ブームの仕掛け人とされる川本耕次が1977年(昭和52年)に執筆・製作・発行し、第6~7回コミックマーケットで頒布した限定100部の謄写版印刷の冊子の複刻版です。著者の急逝を契機に『スペクテイター』編集部・赤田祐一が所有する原本から45年ぶりに復刻いたしました。 ▼追悼本『川本耕次に花束を』(B5版/本文92頁)はこちら https://pareorogas.booth.pm/items/5169140 内容としては、戦後社会のあだ花のように咲き狂った「貸本漫画」の栄枯盛衰やハングリー精神、後世で評論・再評価の対象にならなかった貸本作家たちについて大局的に書きあげたものです。 貸本漫画について簡単に説明すると、大手出版社が週刊少年誌を創刊する少し前―1950年代後半から1960年代前半にかけて一世を風靡した、貸本屋向けの描きおろし漫画のことです。貸本漫画は既成漫画の枠に収まらない若き作家たちに作品発表の場を与え、結果として数々の才能を輩出し、以後の漫画界を決定的に変えたことから「現代日本漫画のルーツ」ともいわれます。 貸本漫画の再評価をめぐる最初期の事例として、あるいは複雑怪奇な貸本漫画の世界を紐解く入門書として是非おすすめします。また解説がわりに『20世紀エディトリアル・オデッセイ』(誠文堂新光社・2014年)に掲載された川本耕次インタビューも再録しました。おたく/コミケ第一世代の貴重な証言録としても、ぜひ参考にしてもらえれば編者としては幸いです。 【目次】 ○第一部 貸本漫画小史 ・概略と定義 ・発展と滅亡 ・貸本漫画/後史 ○第二部 作家・作品について ・新城さちこ ・滝田ゆう ・高橋まさゆき ・日の丸文庫の作家たち ○川本耕次インタビュー「『A5判の夢』~『シングル・ピジョン』」(聞き手・赤田祐一) ○復刻版あとがき(川本耕次) 著者 川本耕次 編集 虫塚虫蔵 協力 林由紀子 米沢嘉博記念図書館 株式会社誠文堂新光社 原本提供 赤田祐一 サークル:迷路’23 出版年:2023/11 版型:B5判並製 ページ数:54 販売価格:950円(税込) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ■貸本マンガ史研究会さんのコメント 内容は二部構成で、第一部は「貸本漫画小史」、第二部は「作家・作品について」というタイトルで、新城さちこ、滝田ゆう、高橋まさゆき、それに日の丸文庫の作家と作品が語られています。 第一部「貸本漫画小史」はコンパクトながら要点を押さえた内容で、けっしてマニアックにではなく貸本マンガが論じられています。たとえば 〈A5判の安っぽい紙に印刷されたこれらの雑誌、単行本はあくまでも「貸本」であった。/個人のものとしてではなく、あくまでも人々の共有財産として存在した。/それは形だけのことではない。/いや、むしろ人々がその精神内容をさえ、共有しえたという事の意味の方が大きい。/手あかで汚れ、所々、一部マニアの手によって切り抜かれたその誌面は確かに同じ時代を生きる人々の共感の手ごたえを伝えていたはずだった。/しかし、豊かになった日本社会は、既に貸本の存在など必要としなくなっていた〉 という記述に、川本氏の貸本マンガに対する立場が明確にあらわれています。また、こういう記述もあります。 〈いわば「劇画」というのは「漫画」と「社会」との相関関係の中から必然的に生み出されたものなのだ〉 これは劇画が生活のなかから生まれた表現であることを、如実に示しています。こういう劇画理解が半世紀近く前に『漫画主義』とは離れたところで生まれていたのだと思うと、感慨深いものがあります。最後になりましたが、川本耕次さんのご冥福をお祈りします。 ―貸本マンガ史研究会ブログ「献本のご紹介」2023年11月9日付 https://blog.goo.ne.jp/kashihonmanga/e/e6768995deed1121bfb10b624837bb45 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ■川勝徳重さん(漫画家・編集者)のコメント (2023年12月4日追記) 川本耕次『A5判の夢』(1977年)の復刻本をたいへん興味深く読みました。『ガロ』系批評家とは違った貸本マンガの総体を捉えようとした試みと、著者は述べているのですが、『漫画主義』(ガロ派の評論雑誌)的な歴史観との相似性を感じました。なんだか意外な感じがします。それは、例としてあげられている作品(黒い傷痕の男、ヤネウラ3チャン等)の傾向からも伺えます。 ただ梶井純『戦後の貸本文化』が出版されるのは1979年なので、それ以前に貸本マンガ史を捉えようとした試みは先駆的なものでしょう。新城さちこへの評価を促す点などは著者の趣味を感じさせて面白かったです。ファンジンかと思っていたので、ひとりの作者による長文エッセイだったので意外でした。 50年前の本ですから間違いもあります。一番気になったところを書きます。 p.9の漫画家たちのデビューした西暦はかなり間違っています。また彼らがデビューしたのは「赤本マンガ」ではなくB6判の貸本マンガです。たぶん川本さんはB6判のものをすべて赤本だと思ってるんじゃないでしょうか。これは「赤本」の定義の問題になるので、ややっこしいですが私はあまり通りの良い史観だとは思いません。赤本漫画にも様々な装丁があり、ハード・カヴァーや函入り本もありますが、1953年以降の貸本向け単行本とはずいぶんと雰囲気が違います。鶴書房の『UTOPIA最後の世界大戦』(B6判上製本丸背)や、ひばり書房の漫画全集(B6上製)とひばり書房の同タイトルの柔表紙のもの、そのあたりが赤本と貸本の中間地点と言えるのじゃないでしょうか。 重箱の隅を突いているように見えますが、『全国貸本新聞』を読むと1959年ごろから急に貸本屋の客入りが減少するという記事があったはずです。つまり貸本マンガの景気がよかったのは、この本では触れられていないB6判ハードカヴァーが多数出版されていた時期だったのです。A5判ソフトカヴァーに趨勢が変わる1959年以降の時代は貸本マンガ向け出版社が苦闘を強いられる時代でした。現在復刻本で読める作品は、A5判時代のものがほとんどなので、貸本マンガ=A5判と思われがちですが、貸本マンガの歴史総体を考えるならばB6判時代の歴史をみないのは片手落ちです。それは著者の蔵書リストからも伺えます。 もう私は貸本マンガを集めていないので、なんだか懐かしいような気持ちで読めて、よかったです。 【追伸】貸本マンガ総体を考えるときに、太平洋文庫に注目するといいと思います。作家論として扱われることは皆無(七色祐太の怪文書以外思いつかない)にも関わらずおそらく千冊を超える本を出版していて、その大部分が時代劇&ヒュードロドロの怨念もの、なぜか奥付けには発行年月が記載されているという異様な本です。梶井純『戦後の貸本文化』には少し触れられていた記憶があります。 記憶だけで書いた感想なので間違ってたら教えてください。 ―Xのポストより(2023年12月4日) https://x.com/old_schooooool/status/1731664374857924650 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (2023年12月12日追記) ■ブログ「マンガLOG収蔵庫」に長文レビュー「『A5判の夢』と新城さちこというマンガ家について」が掲載されました。 https://m-kikuchi.hatenablog.com/entry/2023/12/12/013511