名なしの僕と視えない彼女
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文庫本A6/p160 2024/12/1 文学フリマ東京39にて配布。 ※通販価格は手数料100円を含みます 一部印刷が薄くなってしまった部分があるため、番外編「遠い日の、泡沫の夢」のダウンロードQRコードを挿入しています。 本編のネタバレを含みます。 ダウンロードできない方はこちらに申し付けください。
僕はペトロだ。死ぬのが怖くて、師匠の元に駆け寄れなかった。師匠の最愛の弟子にして、師匠が自分を責めないのを悔やむ最低な弟子だ。
名前を亡くし魔法を使う力を失った魔法使いは、旅に出る。 遠い遠い故郷へと向かう旅。自分の名前を取り戻すための旅。 どうして名前を亡くしたのか。 それは、自分が一番よく分かっている。 最愛の師匠は処刑された。魔女狩りという、極悪非道な制裁によって。 師匠を告発したのは十三番目の弟子だった。
★収録作品★
名なしの僕と視えない彼女 And I have no name, I can't seeing her. 遠い日の、泡沫の夢 16世紀ヨーロッパ。混沌と近代に移り変わる頃。 時代をかける名前のない魔法使いはたくさんの街と人に会う。 自分に課せられた呪いの為、何年も何百年も。その旅路の果てになにがあるのか――。 そして僕の罪とは?
★冒頭公開★
いつだったのかは忘れた。 綺麗な青空が広がる、春の訪れを感じたそんな頃。 僕はなにもすることがなく退屈な日々に嫌気がさして、ふと旅に出ようと思い立った。荷物はなるべく少なめに、小さな革の鞄に詰めて。 小さな植物図鑑と着替えと愛用の万年筆。 紙と薬草、一枚の布。 これだけ持っていけば十分かな。 おっと、忘れていた。そう呟いて僕は古びた本を入れた。 表紙には古い文字で書かれている。奇妙な図形と旧字体の文字と、埃まみれの紙が薫る昔から持っているもの。大事な、大事な、僕に無くてはならないものだ。 その他もろもろ、薬草は自分で集めればいいし、お金は自分で作った薬草を売ればいい。だからお金は最小限。 僕はその時、魔法使いと名乗っていた。 最近ではその数を減らしていると聞くが、実際は僕とか何人かはいる。僕が魔法使いと名乗ることは少し嘘になってしまうのだけれど、仕方ない。 旅に出る前に僕にはもう一つやることがあった。 「どこへ行くんだい」 「西北西になにがあるのかを知りたいんです」 家主にお礼を言って部屋の鍵を返す。 数年借りていた自分の部屋を空にして、家財は全て売り払った。元々少なかった家財道具を売ったお金は少ししかなく、それも足しにして町を出た。 「おばあさん。またこの町に帰ってくるよ」 僕はおばあさんに小さな袋を渡す。 「これお薬ね。お元気で」 手を振ってその場を離れた。そのおばあさんとはもう二度と会えなかった。 もうだいぶ昔の話だ。 僕があまりにも暇で、住み慣れた街を離れて西へ、西へ、歩いて向かった時の事だった。今でこそ、馬車が通り交通はあるがその時はなかった。だから歩くしかなく、海は船に乗るしかない、そんな時代だった。 訪れた国の名前は忘れてしまった。 会った人の名前も覚えていないのだ。