命は人を待つものかは
- Ships within 4 daysPhysical (direct)1,000 JPY

アルファ侑×オメガ佐久早の戦国時代パロのオメガバース小説です。 佐久早が冒頭からモブ男(故人)と結婚し妊娠しています!!ご注意ください! A6/166P/1000円 【あらすじ】 摂津を治める戦国大名、明暗とその家臣である宮侑と木兎はとある国の当主を討ち果たした。本丸まで攻め入った侑達だったが、そこには当主の正室しかいなかった。その正室こそ、ここ数年姿を消していた日ノ本三大剣豪と名高い武士、佐久早聖臣だった! 敵国の正室、おまけに当主との子をお腹に宿し、オメガでありながらどのアルファより腕が立つ、という厄介事の出揃った佐久早だが、徐々に侑と惹かれあっていく。
第一章 一陽来復
国を大きく強くするには他国を侵略する事が最も手っ取り早い手段である。少なくとも侑はそう信じていた。故に近年力をつけていたとある国と戦争になった際、その力を得る事ができるとほくそ笑んでいた。しかし蓋を開けてみれば、戦勝続きだったはずの軍隊は統率の取れない頭の悪い連中で、農業が盛んだった筈なのに蔵の中は空っぽだった。刀を始めとした武器や物資も乏しく、あっという間に決着が着いた。 「なーんかつまんねえの。もっとバチバチやり合うのかと思ってた。」 木兎がそう言って横たわる死体を見下ろす。死体には首がなく、豪勢な甲冑を血塗れにしている。この死体こそ、この国の大名のものだった。侑と明暗が率いる本隊が正面から攻め込んでいる間に、木兎率いる別働隊が背後から攻め入り敵の守りを崩した。その後木兎があっという間に首級を挙げた。 「せやなあ…俺ももっとおもろいかと思ったわ。」 侑はつまらなそうに刀を掲げ、とうに絶命した死体を何度も刺した。敵の大名は何とも間抜けな男だった。アルファとして薄い匂いしかせず、格も足りない。死に際など慌てふためき刀を構えることさえ出来なかった。この国は近年巧みな戦術を用いて隣国を侵略し領土を広げていた。それがまさかこの程度だったとは思わず、侑の不満は尽きない。 「こらツムツム!死体蹴りしない!めっ!」 「いやオカンか!!」 木兎と侑がワイワイと話していると、明暗がぬっと間に入った。 「おい、そこまでや。確かこの男にはまだ幼い一人息子がおったはずや。本丸を攻めて跡取りを討つで。」 「御意。あー!そっちだと戦えるといいな〜!」 「御意。いやいや、本丸におんのはオメガと子どもだけやで。戦う訳無いやろ。」 侑と木兎の主であり摂津を治める大名、明暗修吾の言葉に二人は軽快に答えた。大量の兵を抱えた大隊は本丸へと向かい、再び二手に別れる。明暗と侑と木兎は正面から本丸に入り、別働隊は本丸を取り囲み逃げ場を断つ。しかしどうにも変だった。櫓にも門にも兵がおり、三の丸にも兵士がいる。それ自体は普通の城と同じだった。では何が変なのか。 「……なあツムツム、兵士以外が居ない気がするんだけど。」 そう。城が異様に静かなのだ。戦に出払っていて城に残る兵は極わずかで、残るは使用人やオメガや子どもだけ。敷地内に敵国の兵が侵略して来れば混乱は必須なはずで、通常は叫び声やら何やらがするものなのだ。しかしそれがあまりにも静かであった。 「この城は草の者に常に見張らせとった。使用人や城主の家族が抜け出す事なんて不可能だったはずや…何で誰もおらへんねん…」 三の丸二の丸共に城に残った僅かな手勢も倒し、城は完全な静寂に包まれた。参謀である侑は冷や汗が止まらない。こんな事は初めてだった。まるでこちらの動きが全て気取られているような心地さえする。周辺諸国を蹂躙する強さを持ちながらあっという間に倒されてしまったのは、もしかしたら初めから明暗の国には勝てないと踏んで、城に残された家族や使用人を逃がす為の時間稼ぎだったのだろうか。一行は本丸内の御殿の中に入り、奥地に進む。本丸御殿の中は最低限の家財道具しか残されておらず、まるでもぬけの殻だった。しかし草の者からの報告ではこの城にはつい二日前まで人が暮らしていたはずなのだ。 「……城主の部屋も、嫡男の部屋も正室の部屋も誰もいない。もぬけの殻だな。」 冷たく静まり返る御殿は不気味だった。手玉にとっていたのはこちらでは無かったという未知の恐怖に苛まれていたその時だった。 「………なあ、何か聞こえへん?」 侑の耳に風に乗って何かが聞こえてきた。同時に鼻につく、甘い甘い匂い。木兎も明暗も耳を澄ますが、首を傾げるだけだった。 「いや…何も聞こえないけど…」 「気の所為やろ。」 ここまで静寂に満ちていると空耳が聞こえてしまうのも分かる。しかし侑は何故か確信していた。この甘い匂いも、何かの音も、全て気の所為ではない。正室の部屋の中をぐるっと一周すると、掛け軸の前からふわりと馨しい匂いが漂う。甘さの中にも刺激的な匂いが混じる、花縮砂に似た匂いだ。それと共に何か聞こえた。 「いや。確かにここから聞こえる。何やいい匂いもするし…」 掛け軸には匂いと同じ、花縮砂が描かれている。インドに多く分布しており、日本では花としてはあまり見られない。しかし少し違う種類だが、生姜という形で目にするものでもあった。侑が掛け軸に耳をぴったりと当てると、いよいよ明暗の表情は可哀想なものを見る目になっていく。これ以上は侑が精神を病みかねないから撤退しよう。そう言いかけた時である。 「うおっ!わっ、ちょっ!?」 音をもっと良く聞こうと掛け軸に手を当てた瞬間、掛け軸は暖簾のように滑らかに手を避けた。侑は間抜けな声を上げてバランスを崩し、掛け軸の裏に隠されていた空間に倒れ込んだ。 「わー!ツムツム大丈夫か!!」 「なんやこれ、隠し通路か?」 二人は慌てて駆け寄ると、掛け軸を持ち上げながら侑の倒れる空間をじっと見た。人一人がやっと通れそうな通路が、掛け軸の後ろに隠れるように存在していた。そしてそこまで至ってやっと、二人にも何かの音が聞こえた。音と言うよりこれは… 「これ、歌声か…?」 「…ほんとだ、歌声っぽい…」 誰かが歌っている声だった。低い声だから男だろう。ゆっくりと穏やかな調子で歌う様はまるで子守唄だ。 「……侑、木兎。行くで。」 誰かいる。明暗が暗闇の通路を睨みつけてそう言った。通路は明暗が体を縮こまらせてやっと通れる大きさだったが、明暗は身長が五尺一寸七分もある。そんな男が通れる位なのだからそこまで小さくは無いのだろう。通路を通れば通るほど、子守唄は鮮明になり、花縮砂の匂いも強くなる。しばらく進むと一行は小さな中庭へと辿り着いた。窓のない漆喰の壁で三面を取り囲まれ、一面にだけ縁側が作られている。縁側の向こうには小さな部屋があり、そこには障子や窓はない。襖はあるが、あれは押し入れだろう。窓や扉は一切ないのだ。外からこの部屋の存在を知れる手段は何一つない、正真正銘の隠された部屋だった。そんな小さな部屋の中に、誰かが座っていた。 「そこの者。俺は明暗摂津守修吾と申す。そなたの名前はなんという。」 光源は中庭に落ちる陽の光だけだった。室内は暗く、影が落ちているため座っている者の顔が見えない。人影が顔を上げる気配がした。同時に、子守唄が途絶える。やはりこの人物が歌声の主だったのだ。 「明暗……そうか…あの人は死んだか。」 歌声の主はそう言った。低いがどこか軽やかな男の声で、死を悼む悲しみはあまり見られない。男は明暗達の方へ向き直った。 「遠路はるばる来たっていうのに、城の中が空で驚いただろ。主人は死んで、息子もここにいない今、城主は俺ってことになる。改めて、俺から出迎えの挨拶をさせてもらう。」 男は文机に手をついてゆっくりと立ち上がると、そろりそろりと歩みを進め、陽光の差す縁側付近までやって来た。どうやらかなり背が高いらしく、縁側に立っていて分かりにくいが明暗と同じぐらいの背丈だろう。男はこれまたゆっくりと縁側に座す。 「俺は佐久早聖臣。ここの城主だった男の正室。我が城にようこそ、明暗殿。」 男は雪のように白い肌に異人のような彫りの深い目鼻立ちをした大層な別嬪だった。黒い巻き毛が背中まで伸び、先の方を麻紐で括っている。鼬の模様の入った黄色と黄緑の着物を着ていたが、腹部が大きく膨らんでいた為に帯で結べず腰紐を胸元で結んでいた。侑はひと目見た瞬間佐久早と名乗る男の美しさに見蕩れてしまった。特に黒曜石の瞳が自分を見て、陽の光に当たってキラキラと輝いて見える様など湿舌に尽くしがたい。侑が佐久早に見蕩れて沈黙している間、明暗と木兎は全く違う意味で沈黙していた。 「さ……」 「さ………佐久早聖臣ぃい!?!!?」 目を見開き明暗が飛び上がった。木兎は興味津々に顔を覗き込み、佐久早は思わずぎょっと仰け反る。殆ど反射的に侑は木兎の頭を叩いていた。 「いって!!」 「何しとんねん顔近すぎやろ!!」 「え、何どうしたのツムツム。」 「おい木兎!お前佐久早と地元近かったよな。どうや、ほんまにあれは佐久早聖臣やと思うか。」 侑は木兎の首根っこを引っ掴み中庭の端まで引っ張った。何故頭を叩かれたのか分からない木兎は眉間に皺を寄せていたが、明暗までそこにやって来て木兎に肩を組んできた。 「えー…うーん…っぽいと思う!すげー似てる!多分!」 「何やそれ…」 「顔見たの五年ぶりぐらいだからあんま覚えてない!」 「確かになあ…最近めっきり名前聞かんくなったよな…」 「え…あの男何や有名なんですか?」 明暗と木兎のコソコソ話に着いて行けないのか、侑が眉をひそめながら尋ねた。その瞬間の明暗の顔ときたら、生ける屍でも見たかのようだった。 「あっ……!!侑お前!!佐久早聖臣知らんのか!?」 「えっ!?ツムツム知らないの?」 「は!?いやそんなん言われても…なんやどっかで聞いた事あるな〜ぐらいで…」 とんでもない勢いで捲し立てられ、侑は思わず仰け反ってしまう。明暗は興奮気味に続けた。 「ええか侑!佐久早聖臣っちゅーのはな、陸奥の牛島若利、豊後の桐生八と共に、『日ノ本にこの三人有り』と謳われた三大剣豪の一人やぞ!!せやけどここ最近ぱったり噂を聞かんくなってん。死んだんとちゃうかって言われとった。」 「えっ……」 まさかの言葉に侑はぴたりと硬直し、縁側に座ってこちらをずっと見ている佐久早の方を振り返った。佐久早は(全部聞こえてんだよ。関西人声デケェな。)と言いたげなうんざりした表情をしていたが、侑にはそんな顔も美しく見えてならない。三大剣豪の名は侑も知っていたが、まさか目の前のこの男がその内の一人で、しかも死んだと思われていたとは全くの予想外だった。 「せやけど納得やな…戦場で見んくなったのは、佐久早がオメガとして嫁入りしとったからやったんやな…おまけに妊娠中やったら外にも出られへんし。」 「妊娠中???」 ちょっと待てそれは聞き捨てならない。侑は心臓が止まるかと思った。脳の冷静な部分では確かに最初に佐久早が「ここの城主だった男の正室だ」と名乗っていたし、お腹が大きく膨らんでいたのも覚えている。しかし色恋沙汰になると途端にポンコツになる頭は理解を頑なに拒み続ける。 「え、だってそうじゃん。あんなお腹大きかったら多分もうすぐ生まれるんじゃない?ツムツム見てなかったの?」 侑はぎこちなく佐久早のお腹を見た。やはり思い違いではなく、そのお腹は大きく膨らんでいる。それも恐らく臨月だ。侑とて見ていなかった訳では無い。訳では無いのだが、それ以上にある部分に見蕩れていたのだ。 「か、顔ばっか見とったから……」 「…………」 本日二度目の明暗からの気の毒そうな目線が送られた所で、ふと我に返ったのか明暗は佐久早に向き直った。 「あーせや、こんな話しとる場合やないんやった。おい佐久早、この城のもんはどこ行った。お前の息子がおったやろ。」 「息子!?」 侑の二度目の驚愕にはもはや誰も触れ無い。 「もう逃げた。場所は言わない。」 「…何で自分も逃げへんかったんや。正室が残ったら人質に取られて結局息子を逃がした意味が無くなるやろ。」 「このお腹じゃ旅は耐えられない。腹の子諸共死ぬと思った。それにまあ…人質に取られた所で、もう大丈夫だし。」 「はあ?何やねんそれ…どうせ大丈夫の理由やって、言う気は無いんやろ…」 二人が淡々と話している間も侑の熱っぽい視線は止まない。侑の脳内は、剣豪、敵国の正室、未亡人、子持ち、妊娠中(しかも臨月)という厄介事が出揃った佐久早の情報が洪水を起こしている。しかし彼の顔を見た瞬間その全てが吹っ飛んでどうでも良くなってしまうのだ。佐久早という男はどうしたって侑の好みどんぴしゃりな顔立ちをしていた。 「おい、失礼だがあの馬鹿はどこのどいつだ。」 「ああ…あいつは一応うちの軍師の宮侑や。普段はごっつ頭が切れる奴なんやけど…時々信じられへんぐらいアホになんねん…すまんな、見苦しいもん見せてしもて。」 ついに佐久早本人からも馬鹿と言われてしまったが、侑の脳内は佐久早が自分の話をしたと有頂天になっている。どう転んでも好解釈する侑に怖いものはなかった。良くも悪くも侑の存在で敵意やら何やらが削がれたのか、明暗は頭を抑える。 「木兎、早馬を出せ。輿を持ってこさせろ。」 「御意!でもなんで輿?馬でも良くね?」 「アホ。臨月のオメガ馬に乗せて長旅なんて、お腹の子諸共死ぬぞ。人質にするにも先ずは安全に健康に連れて帰らなあかんからな。」 「恩に着る。」