人外パロ仙蔵6年生中心

当日は無料配布持って行けず失礼しました。 キリのいいところまでを載せさせて頂きます!
人外パロ
登山道からも随分外れ、山道と呼べない様相。大分山の深くまで進んできた。 足元の斜面はごつごつとした石や樹々の根や、落ちた枝や葉など、あらゆるものが主張強く積み重なっている。慣れていない者ならば歩きにくくて滑りやすい、遭難の危険すらある場所だろう。だが、それは仙蔵には全く関係のない事だ。時折荒い樹皮に手のひらで触れつつ早足で進みながら、仙蔵は欠片も乱れるわけのない息の間に、深くため息をつき、胸の内で盛大に舌打ちをする。 (本当にしつこい) 苛つく理由は、背負ったリュックに突如増えることになった中身ではない。距離は離れる一方なのに、それでもしつこく追ってくる人間の気配だ。 本当なら大きな攻撃を以て吹き飛ばしてしまいたい。それが駄目なら地面から木の上に移り、枝から枝へとさっさと駆けて撒いてしまいたい。それも叶わないならせめて、コートにブーツという季節に合わせた洋装ではなく、いつものひらりとした軽い装束か忍の格好に戻ってしまいたい。 だがそのどれもが最適な判断でないと分かっている。分かっているからこそ、仙蔵は心中での舌打ちだけが増えていくばかりだった。 (何か、あいつらの気を逸らすものがあればいいのだが。いっそ足を踏み外したふりをして、滑り落ちるのもありか) 慣れた山だ。さして怪我はしないだろう。服が汚れれば小言がいくつか飛んでくるだろうが、その位は勘弁してもらおう。 足を止めぬまま落ちる順路を目で確認していく。すると仙蔵の耳に音が聞こえた。 遠くからの短く呻き声。 どうやらあちらの方が足を取られて転んだらしい。 (助かるよ) つい鼻で笑ってしまう。森の起こした偶然に感謝だ。内心礼を述べ終えた時には、仙蔵は既に高い樹の枝の上にいた。 この山に生えているのは丁寧に手入れされ、よく育った針葉樹だ。その幹は手が掛けられる突起がほぼなく、普通の人間では道具なしでは登ってこられないだろう。 視線を遠くになげれば、枝葉の隙間から夕陽が目を刺す。きれいな、晴れた茜色だ。 あと一刻もせず陽が沈みきり、気温も下がってくる。それを理由にあきらめてくれるほど利口な相手ならばいいのだが。 仙蔵は黒いリュックを慎重に前に背負い直して、顔のすぐそばにあるジッパーを左右に開いた。 中には小さな茶色の毛玉がみっつ。まだ幼い狐だ。 荷物で潰れていないかと心配していたが、大丈夫だったようだ。すぐに気づいて仙蔵に視線を向けてくる一匹の瞳は黒々と輝き、怯えもなくとても落ち着いて見える。 「怪我はしていないか? 狭いなかに居させてすまないが、もう少し我慢してくれ」 にこりと笑みを向けながらゆっくりと片手を差し入れる。すると仔狐たちはそろって鼻先の黒い顔を見せてくれ、大人しく仙蔵の手を受け入れてくれる。 つい頬が緩む。幼い頃特有の、ほわほわとした全身を包む毛並み。けれど思いの外硬い毛が指に心地よい。 頬の辺りをくすぐると、狐は気持ちよさそうに目を細める。 『一先ず私の棲家に行くから、着いたら何か美味いものでも馳走しよう。狩に長けた奴や、料理のうまい奴がいるんだ』 人の言葉ではなく、同族に通じる様に音で話をするが、上手く言葉を返せないのか、くう、きゅうと可愛らしい返事がやっとのようだ。 「いい子だな」 賢く、可愛らしい、山の大切な子供達。 こちらを探す気配をしっかりと認識しながら、仙蔵は洋装から一転、非常時に動きやすい忍び装束にと姿を変えて見せた。遥か昔とは違い、今は妖力で全てが一瞬だ。 現代と言われる今、時代遅れどころか仮装と思われるのがせいぜいだが、自分にはやはり一番馴染んでいる。選んだのは懐かしい色ではなく、漆黒だった。 この狐達も外に出ていたら目を丸くして見せただろうか。仙蔵は口布を上げる前にもう一度三匹の頭をそっと撫でる。 『必ず私が守ろう。だからもう少しそこにいてくれ』 囁く声に、今度は鳴き声に重なって皇帝の意思が聞こえた気がした。 ゆっくりと微笑んだまま仙蔵はジッパーを締めてリュックを背負い直すと、肩紐を調整する。最後にとんとんと生地越しに軽く叩いて出発の合図を送った。 極力音を立てない様に、仙蔵は枝から枝へと慎重に飛び移る。 こんな風に駆けるのも久しぶりだ。全身の筋肉を使う感覚には、不謹慎と分かりながらも勝手に胸が弾む。無事に戻ったら誰かを誘って森を走り回るのもいいかもしれないと、樹々や葉の匂いを深く吸い込みながら仙蔵は思った。背にいるこの子たちと遊ぶのもいいだろう。 (しかしよくわからないな) 今日、仙蔵は一人街へと出ていた。予定通りあっさりと用事を済ませたのだが、すぐに転移は使わず、なんとなく気が向いて散歩がてら舗装された道を歩いていたのだ。とはいえ、ある程度進んでから『向こう側』へ移動してしまうつもりだった。 ただの人はまず入り込めない、現実とは似て非なる場所。今、この現代で仙蔵と仲間たちが暮らす場所だ。 そして帰り道を進んでいると、突如異変を感じた。 その道から外れる高さのある斜面の上。平になったなんらかの足場があるであろうそこから、更にもっと奥。平静を装って歩き続けながら警戒を持って注視していると、真横よりも数メートル前方に転がる様に落ちてきたものが見えたのだった。 仙蔵の目には獣の子だということはすぐにわかった。予想外のものに驚きながらも、まだ見えていないその斜面の上からは追ってくる人の気配が確かにあった。 『こいっ!』 仙蔵は迷わず駆け出した。 鋭く鳴くように呼びかけると、理解しているのかそれともただ勢いのままだったのか、三匹が仙蔵の方へと足を縺れさせながら走ってくる。 ちょうど転がってくるあたりを目掛け、僅かに腰を落として走り続けると、流れのまま二匹を左腕に抱え、一匹は首根を掴んだ。あとはそのまま人である常識の範囲を念の為意識しながら、速度を上げた。 姿を見られたかどうかまでは、わからない。特徴的な後ろ髪を出かける前に短く隠しておいたのは、都合がよかったかもしれない。特別記憶に残る様な事はないとは思う。 そんな出会いであったわけだが、なぜこの子達が追われている理由は、わからない。 食うに困ったということも考えにくかった。 いくら山奥とはいえ、大昔ではないのだ。近くの街に降りれば他にいくらでも食べるものがあるだろうし、実際こんなに小さな獣では、人間にとっては大して食べではない。 それとも能力を狙ったという可能性もあるだろうか。そう考えて、すぐに考えを否定する。 まだ生まれて日の浅いこの子供達は、仙蔵達とは違うただの狐だ。母親か父親が『あやかし』に連なる者ならば、子供達も力が目覚めることもあるだろう。だが、それもいつになるかわからない。少なくとも、それまでに追ってくる者はとっくに寿命が尽きるほど先の話だ。 (そんな事実は、人にはわからないだろうが……。それでも本当にそんなことを当てにしての行いだとしたら、あまりにも頭がお粗末だ) 厄介なことではないといいが。仙蔵はただそれだけを願った。 (早く、帰ろう) 一つ瞬きをして、仙蔵は気持ちを切り替え、もう一つ速度を上げた。 屋敷に戻ったらきっとこの仔狐らを、誰もが進んで世話をするだろうなと想像すると気持ちが随分と軽くなる。 母親も探してやらないといけない。 仔狐達からは乳の匂いがしたが、あのあたりから血の匂いなどはしなかったから、今頃心配して探している。 落ち着いたらあの子らを連れながら森を探そう。そんなことを考えていると、ピィと高く澄んだ音が森に響いた。 (一番は長次か) 満足に仙蔵の口元は弧を描く。もうしばし時間が掛かるかとも思っていたが、やはり昔からの仲間は随分と頼もしい。 追っ手の気配も遠くにあるままだが、こちらを見つけているわけではない様子だ。ならば無理して今排除する必要もないだろう。ただ、もう一つ気になる気配もあった。 それは拾い物をした最初からで、こちらはやっかいなものの予感がした。 攻撃的ではない。 だが、距離を保ち、追ってくる。 (見られるのは困るが、ここから飛んでしまうか) もう一度聞こえた鳥のような声。そして離れた木の上から、人の落ちるのが目端に見えた。 頃合いかと妖力を高めつつ、飛び上がる。その寸前。 「ッ!?」 衝撃は左肩だった。 身体が傾く。 (くそっ……!) 真っ先に背の荷物を外し、腕で抱えた。 一瞬の内に手と目とで確認して、安堵する。リュックには何かが掠った様子も破れた跡もない。 『仙蔵!』 己を呼ぶ声は小平太のものだ。 『無事だ。このまま飛ぶ』 無事な右手で枝を掴み、勢いのまま身体を持ち上げる。再び枝に飛び移り、無理のない様短距離での移動を繰り返しながら先に進んでいく。 血が左腕を流れてくるのがわかる。 肩の付け根が燃えるようだった。 (だが僅かだが手は動く) 仙蔵はまず中の子らが怪我をしない様リュックに結界を纏わせながら、頭の隅で追った怪我について考える。 感覚からして、矢ではない。矢羽が揺れる嫌な振動は感じなかった。そう考えてから、今時そんなものを使うわけがないかと仙蔵は嗤い、一つ深呼吸をした。 (……大丈夫だ。落ち着いている) 不安定ながら妖力を練り、更に全身に結界を使って、前に抱える形で、リュックを固定した。これで何かあっても大丈夫だろう。 休まず移動しながら、仙蔵は漸く傷を負った肩を右手で確かめた。 (思ったより傷口の直径が大きい……) そのまま指を突っ込み、更に爪を鋭く伸ばし中に入ったものを遠慮なく抉る。少し、汗ばみ始めているかもしれないなと、ひと事のように思う。 (伊作に、叱られるな) 笑いながら、取り出せたのは、出てきたのはさくらんぼ程のサイズの何やら丸く硬いものだった。 目で上手く確認できない。 血肉を纏っているせいだけではなく、出血が多いのかもしれないなと思いながら、仙蔵は何となくそのまま肉で包んで拳の中に握り込んだ。 『遅くなりましたあ』 背後から声が聞こえたと思った直後、左真横に知った気配が現れた。のんびりとした声とは余りにもそぐわない、大きな四つ足の獣の影だ。 『大丈夫、私の仲間だ』 もぞりとリュックの中が緊張し、仙蔵は直ぐに仔狐達声を掛けてやった。 『ずいぶん可愛らしいものを連れている様ですねえ』 聞き馴染んだ四文字の口癖の後に続く喜八郎ののんびりした声に、ふっと視線だけで笑みを返した。 いつも真っ白な虎の姿を好む後輩は、今日は暗灰色の狼だった。虎よりは大分小さい形を取ってはいるが、通常の五倍はあろうかという巨体。だが、仙蔵にはただ可愛く見える。今ばかりは子供らに外が見えない状況で本当に良かった。 『お前こそ、随分かわいいお供を連れてるじゃないか。喜八郎』 『とっても不本意なんですけどね』 隣を軽やかに跳躍する狼の耳の間には、小さなぬいぐるみの様なものが揺れる事なく立っていた。仙蔵の手のひら程の大きさだろうか。昔良く見かけた茶系の忍び装束に包帯、そしてなぜか頭には三角の耳がついている。雑渡の式神の一体だ。 遊び心で作ったという外見は、当然それを作った本人を模していても全くの別物だ。まんまるとした姿は随分と気が抜けるが、その力は侮れない事を仙蔵もよく知っていた。 奇妙なコンビが手を貸してくれるらしい。どういった経緯があったのかは知らずにおきたいところだが、仙蔵が予定外に怪我を負った今は、本当にありがたい。 『背を借りる』 仙蔵は力の入らない左手をどうにか動かして、すぐ隣にある鬣を掴み、その背にどうにか跨った。 『もちろん大歓迎ですけど……』 進路を変えないまま顔を上げて喜八郎が振り返った。鼻先の皺が獰猛に深くなる。血の匂いに気がついたののだろう。仙蔵はふかりとした感触と温かさにほっとしながら、毛並みをいつもの様に撫でられない事が残念だった。 『ほら、仕事してくださいよ。組頭の式神さん』 その言葉と同時に、小さな式神はふわりとゆっくり浮き上がり、仙蔵の前にやってくると背を向けて、しっかりと立った。小さな身体から、ひらりと帯のような力が周りを覆い、しっかりと身体が固定されるのがわかる。 『飛びます。先輩方、あとはよろしくお願いしまーす』 そう言って、速度を上げて喜八郎が飛び立つ。 風ひとつ感じないまま視界はいっきに飛び上がり、森の木々を見下ろした先に、見事な夕焼けが見えた。 仙蔵はふと力が抜けるのを感じた。それでも式神のおかげか身体が欠片も揺らぐことはない。これならばもう今は何も心配することはないだろうと目を閉じると、やがてよく知った柔らかい感覚が全身を包み、境界を無事に超えられたことがわかった。
