【幼馴染にご用心9新刊】僕らが旅に出る理由2
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431話読了後に書いた僕らが旅に出る理由1のぼんやり続き、卒業式の日のカッチャンンンンンンンンンンとデクです。全年齢ですが書いていて滅茶苦茶恥ずかしいです。 引き続き、ふたりにはこのあとゆっくりと幸せになってもらいます。 「僕らが旅に出る理由2」 勝デク 全年齢 雄英高校からプロヒーローまで勝×無個性デク A5/24P/コピ本/330円
そうして、また朝がきて 肌寒ささえ感じる、綺麗に晴れた朝だった。 間際に平均気温を割る日が続いたせいか正門前の桜はまだたっぷりと花弁を残していて、挨拶をされるたびに一言二言言葉を添えた挨拶を返しながら隣を歩いていた幼馴染が、制服の肩に花弁のついた枝が触れるほどに満開の桜を見て、その大きな目をさらに大きく見開くのを見ていた。 俺は年明け以降東京のジーニアス事務所でインターンをしていたが、出久もまた大学受験に向けて年末には寮を出て、一月には共通試験が、二月三月には国公立大学の入学試験が前期日程後期日程と続いていたから、合間合間で登校はしていてもこの正門前の桜を見ていなかったのかもしれない。 出久は第一志望の国立大学に合格した。 合格発表直後だろう時間に電話をかけてきたのはよかったが、黙り込んだままなかなかしゃべらないものだから、なんだ無言電話か、と言って電話を切ってやったらすぐにかけ直してきて、なんで電話切っちゃうんだよ!と怒られた。 次代の平和の象徴とまで呼ばれたおまえは、大学生になる。はは、笑える。 雄英高校の卒業式は、卒業生が磨いてきた個性を在校生に見せる最後の場でもある。 卒業生代表を務めた飯田の答辞を舞台袖で聞きながら、俺は左掌をゆっくりと握り、そして開いた。 答辞はヒーローが果たすべき義務と責任についてと、それから、何度も膝を突き泥だらけになりながらも走り続けなくてはならなかったあのときに、走り続けられなかった後悔を乗り越えるための三年間だった、という静かな告白で、啜り泣く在校生の涙を乾かしてやるためにも最大級の爆破で締めなくてはならなかった。 右掌での爆破はいまだままならず物間の力を借りることになったが、相澤あたりにはそれこそが成長だといじられることになるだろう。 飯田の答辞が終わる。俺は左掌をゆっくりと握り込み、掌に意識を集中する。ニトログリセリンの分子が分解して放出された酸素が炭素や水素と結合、反応による熱で高温高圧となった一酸化炭素だとか二酸化炭素だとかが急激に膨張して爆発は起こるが、コントロールなどできるものではない。爆破という強個性を持って生まれだけなら、たただそれだけだ。 温度が上がりきったところにニトログリセリンを蒸散させてやると、巨大な爆発が壇上の立壁を吹き飛ばした。 爆風で緞帳と飯田の制服の裾が巻き上がるのを眼下に見ながら、どうしてもおまえを探してしまう。いた。立ち上がり、両掌を握り締めてこちらを見ている。 卒業生として退場するため自分の折り畳み椅子まで戻ると、教室を出るまではこれからプロデビューするクラスメイトたちのことを興奮気味に話していた出久は結局立ち上がれないほどに泣いていた。 飯田と轟、麗日が、貰い泣きしながらもなんとかして出久を泣き止ませようとしているが、あれは暫く泣き止まないだろう。 制服の釦だのネクタイだのを毟り取ろうとする在校生たちから逃げてひとまず戻った教室で、相澤が来るまでの数分の間に卒業生たちは大騒ぎで写真を撮り合った。 俺のカメラロールにも、泣き腫らした目で笑う出久の写真が保存された。 携帯端末の画面から目線を上げて、その左胸に斜めにつけられているはずの記章を見た。薔薇の造花にリボンが結ばれたものだ。 「おまえ、記章はどうした」 出久は自分の両掌で記章のついていない左胸を覆い隠した。 「あの」 「緑谷は一年生に泣かれて記章あげちまったんだ」 瀬呂の言葉に芦戸や葉隠が黄色い悲鳴を上げる。 「そ、それが、全然知らない生徒だったんだけど、ネクタイを握り締めて離してくれなくて」 「轟と爆豪を追い掛けてる生徒はアイドルを追い掛けてるようなものなんだろうけど、緑谷を追い掛けてる生徒は結構本気なんだよね」 「まあ、なにもかも毟り取られたのは上鳴だけど」 「轟と爆豪はどうにもならなくても、上鳴ならなんとかなるって思われたんじゃないの」 「勝負かよ」 「行きがけの駄賃ってやつか」 「行きがけの駄賃って言うのやめて」 記章は予備があるのを知っていたから、と箱から新しいものを出そうとする出久を睨む。 「てめェを追い掛けてるやつらは、本気なンだってよ」 「そんなことあるはずないだろ」 卒業式がはじまる前と同じように斜めにつけられた記章を直してやると、こちらを見上げて出久が言った。 「最後の爆破、すごかったね」 「…………すごかねェわ」 右掌はようやく握力が戻って来たところで、あの爆破に使ったのは左掌だけだった。 爆発伝播速度、爆風圧力、ともに上げてきているが、両掌を使った爆破規模に勝てるはずもない。 「毎日機能回復訓練に取り組んできたの、僕は知ってるから」 泣き腫らした大きな目にさらに涙の膜が張る。折り畳み椅子の上で背中を丸めて泣いていた、あれは俺のために流された涙だったのかもしれないと思うと、舌先が痺れた。