選ばれないもののカタストロフィ
- 支払いから発送までの日数:7日以内あんしんBOOTHパックで配送予定物販商品(自宅から発送)¥ 300

貧困ビジネスの被害者の方から取材した話を元にした小説です。 仕事、恋人、自宅を失った主人公は大人の孤児院に行くことになりました… A5 30ページです 以外はサンプルとしての冒頭になります。 この小説をS氏に捧げます 「三か月以内に結婚してくれないなら、あたしは婚活するからね」 いきなりな宣告だった。 俺こと鈴木健太は三十四歳にして恋人であった中西明日香に別れを告げられた。 でも、本当はいきなりでも何でもなかったと後からは思う。 しばらく前からせっつかれていた。 あれだけ付き合ったら身を固めて当然だったのだ。 二十代で結婚していた男の先輩も見ていたのに歴史から学ばなかった。 十代から付き合って、お互い二十四歳で結婚したカップルは順調に添い遂げている。 「おい…」 「どうするの?」 「無理だ。別れよう」 「いいよ。あたしもそのつもりだったし」 まさか、俺のほうが捨てられるとは思わなかった。 きちんと結婚していたら離婚はしなかったかもしれない。 会社が潰れて再就職もままならない。貯金も食い潰してしまった。一番貯めていた時でさえ、大した金額ではなかった。 専業主婦にしてくれとは言われていないが、このまま籍を入れたらそれだけで満足されるとも思えない。 最後通牒だ。 たしかに、今すぐなら女だって充分に間に合うのだ。逆に言えば今しかない。 捨てられたのは俺のほうだった。 よほど巻き返せない限りは彼女にとっては完全に独り身でいるほうがましな状態だ。 八歳も歳下で力関係は完全に逆転した。 同棲を始めた頃は俺の方が収入も高かった。それは、彼女が就職したてだったからにすぎない。 親元を離れたいが、一人暮らしは心許ない彼女のために、自分も引っ越して同棲を始めた。 その時点で彼女から結婚を打診されたが受けなかったのは俺自身だ。 部屋の名義を俺自身にしなかったのが返す返すも残念だ。 だが、部屋は維持できなかっただろう。 一人には広すぎる。再就職できても家賃も厳しい。 レスではなかったのに子供はできなかったのも巡り合わせとしか言いようがない。しっかり避妊していたと言えないときもあった。 だが、こんな状況で子供がいたとしたら余計ひどくなっていただけだ。 金だって当然足りない。不幸にする人数が少ないのはましだ。 こんな状態で縋り付くよりは別々の道を歩くことにした。 肩寄せ合ってなんて言っていられない。 正直、引っ越しの費用もなかった。 荷物を運んでもらうにせよ、一回捨てて買い直すにせよ金はかかる。 帰る実家は既にない。親戚らしい親戚もいない。 現状俺が末代だ。これから先に子供を持てる可能性はともかく。 今すぐ他の女の家に転がり込めるほど器用ではない。ましてや、居候させてもらえる男友達はいない。仲の良かった連中はとっくに結婚していたし、子供がいる奴もいる。そんな連中には頼れないしもはや会いたくない。 あれこれ考えたが、とりあえず公を頼ることにした。 もう金がないし、強盗をするくらいならもらえるものは貰う。今まで多少なりとも税金は払ってきた。 助けてもらって悪いことはないはずだ。 一人暮らしを始めるか、全くの他人と集団生活か二択だろう。 今は選べる立場ではない。 家電は全て残すことにした。 必要ないし、俺が買った分は慰謝料にもならない程度だ。 荷物はほぼ着替えだった。本はみんな電子書籍にしておいて本当によかった。アカウントを引き継げば端末が変わっても大丈夫な契約だ。オタクな割に荷物が少ないのは長所であり短所だと思っていたが身動きはとりやすい。同棲を始めてからグッズのコレクションはほとんどやめておいてよかった。 家具、家電、食器を置いていくなら荷物は担いで運べる。 着られなくなった服も捨てるしかない。 身軽過ぎる自分にあきれはてた。 役所で申請をした。 開庁時間に合わせて朝一で行った。無理に遅く行く必要はないし、早いほうが順番待ちさせられてもたかが知れている。 はっきり『申請』と言わないといけないということは調べていた。 貯金ももはや所持金のレベル、金目のものはない、問い合わせをするまでもない天涯孤独、同棲解消して家なしということでこの中途半端な年齢の成人男性の割にはあっさり通った。 とは言え、結局七時間は役所に居たので一日掛りだったわけだ。 担当者のおばさんー六十代くらいに見えたーは、俺の話を逐一メモしては福祉課に行くを繰り返してくれた。 尽きるところおばさん一人で決める権限はないのだろう。それは仕方ないし単なる仕組みだ。 住まいはアパートではなく集団生活になることになった。 再就職するまでの仮住まいだし、一人暮らしよりたくさんの人と住んだ方が賑やかでいい、想像だけではそう思った。 完全な独り身になるより現実逃避のつもりだった。 一覧表から選んで空きがあるか自分で電話して問い合わせるように言われた。 幸か不幸か一ヶ所目に空きがあってあっさり決まった。 ただ、おそらく他のところを選んでもあまり違わなかっただろう。 担当者のおばさんから別れ際に言われた。 「ごめんね」 このときは深い意味はないと思っていた。 だが、この言葉は時間がかかり過ぎたとか根掘り葉掘り聞いて不快にさせたことの謝罪などではないと後で思い返すことになる。 この施設は男性専用とのことだった。 それならそれで気楽でいい。 しばらく男ばかりの生活をしてやり直す。それだけのつもりだった。