
『-Where do I begin-』 ~大田区幻想奇譚異見~
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東京都大田区を舞台に、少し不思議な物語をご提供しています。大田区で育ち、大田区愛に溢れた著者の妄想を、どうか楽しんでもらえますように。 ------------------------------------------------------------- ■『邑』を襲う未曾有の危機。皆を守護する戦士として、若者は争いに身を投じる。…「Where do I begin」 ■集落を襲った獣を追い、未踏の地へ踏み込んだ者たちが遭遇した脅威とは。…「Livin' on the edge」 ■空から星が降る。使命と約束のなかで少年と少女はともに旅をする。…「Hello,goodbye」 ------------------------------------------------------------- の3篇をお送り致します。 文庫版(A6) 156ページ (31,378文字) 2021/5/16発行 第32回文学フリマ東京出店 ・「ゆうメール」での発送となりますのでご了承ください
SAMPLE
『-Where do I begin- ~大田区幻想奇譚異見~』サンプルを掲載します。表題作「Where do I begin」冒頭の一部を掲載しています。 ————————————————————————— 「もともとが、われらの祖、『将』と『賢』の両雄は、彼の土地を拓き、同胞を纏め外敵とよく戦い、そして今がある」 開催宣言は、いつにない緊迫を孕んでいた。 議会の首席『賢』が、沈痛な面持ちで宙を仰いだ。 沈黙。 天には静謐をたたえた巨大な月。 大広場に集まった邑の者たちは、それぞれがその表情に不安や戸惑いを隠さず、それでも見開いた瞳は一点を見つめていた。 一身に注がれる視線を受け止めるように、壇上の賢は一歩踏み出した。 「近づきつつある脅威に際し、我々は今、立ち上がるときである!」 涼やかな葉擦れの音。静寂の大広間。 『斑』と『白胸』は、賢の言葉に瞳を上げた。 同じくして、邑の者たちが囲む遠巻きの影から、賢の前に現れる者たち。 斑と白胸もまた、賢の前に歩みよる。 表情には緊張を宿し。 「『名を宿す者たち』よ!」 老齢にさしかかる賢の姿は、それでも筋骨が引き締まり、月光を背に負いながら威厳を醸し出している。 「未曾有の危機に、これだけの歴戦の戦士が居るという事実に、この賢は頼もしさすら覚えている」 厳しい表情を軽く緩め、 「若者よ、この邑の未来を担う若武者よ」 斑と白胸を見下ろした。 「われらが生きる彼の地を、同胞の住まう豊穣の地を、ともに護ろうぞ」 「はっ!」 上気した返事に眼を細めた賢は、次の瞬間には、 「われらが『将』とともにあらんことを!」 一斉にあがる鬨の声。 上気した瞳を見開いたまま、白胸は、 「声かけられちまった」 頷きながら斑は、 「俺たちだって戦いの場に出るのは初めてではない。あまり気負わないことだ」 「解ってるよ」 と、白胸はひとつ身震いした。 邑の者たちは住処に戻る様子もなく、遠巻きに様子をうかがっている。 「まあ、落ち着かないんだろうな」 独りごちて、白胸は賢が去った後の壇を見やった。 「敵がどれだけのものか…… 図りかねているってのが正直なところか」 「そうだろうな」 四肢を解きほぐすように、斑は伸びをした。 「敵に関して、前例があまりないのだそうだ」 「確かに」 暴徒や賊、新興の邑と称する集団。 今までに対峙した敵とは、確かに違っていた。 「だから、経験を持つ『先代さま』の知恵を借りるわけか」 傍らの白胸は、緊張が倦んだ退屈を持て余すように、欠伸をした。 斑はふと、足許に反射するものに眼をとめた。 こと切れた黄金虫。 何者かに弄ばれたのだろう、体躯は半壊し、薄い羽根が露出していた。 言いようのない感情が、憐憫と気づく束の間。 空気が動いた。 斑と白胸がかぶりを上げるのと同時に、さざ波のように歓声が沸き起こる。 邑の者たちが上げたどよめきの主が、壇上に姿を現した。 みなが、待ち望んでやまない雄姿。 「みなの者、待たせた」 一斉に歓喜の声があがる。 引き締まった筋肉で盛り上がった巨きな体躯、悠然と歩を進める姿。 ゆっくりと微笑いはじめる彼の表情だけで、不安の寒々しさが温かく霧散してゆく。 斑がかつてよく見知った、懐っこい笑顔。 『将』の登壇を、斑はただ見上げた。 将は、壇から身軽にとびおりると、 「私は今まで、先代さまの許に居た」 「先代さまは、何と?」 の問いに、 「たったの一度、彼らとは戦の経験があると仰った」 あたりから漏れる、安堵の溜息。 「――もっとも」 緩やかに微笑いながら、将は、 「そのときは、これだけの群れではなかった、とのことだ」 将は、居並ぶ一同を見渡した。 名を宿す者。 大将軍、蒼黄をはじめとして、白金、黒金、泥束、尾白と歴戦がつづき、新参の斑、白胸は末席でその瞳を光らせていた。 「落胆はまだ早い。先代さまから得たものも大きい」 白胸がひとつ、身震いしたのを将はよく見て、 「そういきりたつな。行き急いで猛進したところで、自らの命を縮めるだけだ」 からかうように笑った。 緊迫したなかで、ほぐれてゆく緊張感。 「諸君たちは、仮にも厳しい戦のさなかに身を投じてきた英傑だ。この事実は決して変わるものではない」 将の言葉に、一同が顔を向ける。 表情には信頼と親愛、自負と決心が浮かんでいた。 ひと呼吸ののち、賢が問いを発した。 「……物見はいかがか?」 「定刻で交替しながら見張りにあたっております。夜に入ってのち、大きな動きはないとの報告が」 尾白の答えに、賢は頷き、 「視界の利かぬうちは、動かぬであろうな」 「先代さまが仰るとおりだな」 将の呟きに、白金が言葉を継ぐ。 「行動は夜明け、ということですか」 「布陣は、いかがいたす」 蒼黄が、一歩前へ出た。 「思うところがある。少し考えたい」 考え込むように呟いた将は、賢と顔を見合わせた。 賢は頷くと、 「各自、臨戦態勢のまま待機。持ち場にて宜しく防備につとめること」 一同は姿勢を正し、目礼した。