冬の火
- ¥ 2,100
これまで書いてきた詩を本にまとめました。ぜひお手に取りください。 ※送料は価格に含まれています。 ※文庫本サイズ、文庫本仕様、ソフトカバー、500ページ。 ※収録作品は書き下ろし一編を除いて既発表のものとなります。 ※印刷の都合上、ブックカバーの色味が版によって微妙に異なります。ご了承ください。 ※1冊ごとに、クリックポストでの発送となります。 【収録作品(五十音順)】 あかるい詩/アルビノ/いまからすこしだけ/遠雷/かがやき/風の腕力/君が海に来た/草の歌/グライド/クロール/これから羊を泣かしにいく/終末の春の唄/静謐園/宣告の鐘/蝉噪前線/空色眼鏡のこと/空を飛んでいる/トゥーレイト/透明な呪いのなかから/手/懐かしいような気がした/白濁の朝のために/放たれる/春にささげる即興詩/光について/ひかりのみず/百年の口笛の歌/風船/船出/不可逆季節頌/帆立/魔法/水の太鼓/やさしいうた/雪の墓場/夢行/ヨシダケンコウからの手紙/夜へ/霖雨の終わりで/レグルス回路/for/left behind/this room/花電話(書き下ろし) 『いまからすこしだけ』 生活とは 千秒の約束を なんども重ねていくことだね 誕生日の ありふれた贈り物のために マグカップだらけになった食器棚をさわりながら ガラス戸の いちばん奥にある光をさがした 最近 日が暮れるのが遅くなったね 子供たちは夢が終わるまで ずっと遊んでる 古い 剥げかけた白いペイントの椅子 ティッシュの箱に けだるそうに あごを乗せて目を閉じる生き物には まだ名前がないから いつも誕生日で呼んでる ついたち でもすごくやらかい たぶんわたしは いつまでも許されていなくて たぶん一生 許されていないままの千秒を生きつづけ 約束が更新されていく そのたびごとにとても苦しく しかし許されていないことを 自分で許してしまってはいけないから キッチンの窓から差し込む 緋色の光を受けて グリンピースはお湯の中を 淡い金色になってきらきら泳いだ 星のふりしたって時間が 逆方向に回転するわけじゃないのに きらきらして そういえば きのうの雹は きれいだったなって思って 太陽系のかたちに 豆を並べながら少し泣いた いいよ 約束しよう 瞳の中の ラッキースター イギリスかどっかのスーベニア・メダル 自我 人をいたわり 共感する心 ぜんぶなくしてしまったから 千秒後のわたしは 0.2キロくらい痩せていて そのままどんどん他者になる 風やふるくさい言葉になるよ 麻のかばんを取って サンダルを履いたら ついたちが目覚めて わたしのかかとを噛みに来た 山から降りてきたものたちに わざと 少し盗られてしまうために わたしはわたしの心を見せびらかしながら 影を すべて信じて壊れてしまった影を 迎えにいく 西の空には 昼が少しずつ溶け出して 東の空には 夜の青がうすく滲んでいる ここは気泡があがりはじめた 鍋の底の水くらいあかるい空だ なぜ生きているのか 生まれてきたのか ずっと考えてわからないから 生きてそれをわかろうとした人と 死んでそれをわかろうとした人と どちらの行く先にも なぐさめでない やさしい肯きがあればいい 夢が終わった人たちの 見守るかたわらで あたらしい夢が いくつも生まれていくのを見た 錆びついたボラードに腰掛け 緋色の空を眺めながら わたしは わたしにそんな夢をくれた 大切な人たちのことを思い出した 港のちいさな観覧車が もうすぐ営業をやめるから 町はこれからちょっとだけ 静かになるね 約束するよ 千秒後の千秒後 そのまた千秒の ずっとあとで わたしはわたしよりもっと 大きくて ひろいものになること もし 夕暮れに間に合うなら いまからすこしだけ、海を いっしょに見に行こうよ。