UNDERMAKER!
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タイトル:UNDERMAKER! 著者:南千晶 ジャンル:ファンタジー 出版:幻冬舎 サイズ:四六判 ページ数:176P 帯 極悪非道な兄VS悲劇を乗り越えた妹の、王国中を巻き込んだ壮大な兄妹喧嘩が始まる!! 身分を追われて、スラムから再出発。 悪事を目論む王に立ち向かう世直し系ヒロインたちの大活劇!! 前章 #1 姿を見せない救世主 今この国は、魂を狩る“救世者”の話題で持ちきりだった。人知れず何処からか現れ、そこに住む人々が怯える悪人の魂だけを狩って姿を消す――そして狩った魂の体には“葬”と書かれた紙だけを残して去っていく。まさに“姿を見せない救世主 ”だ。だが、いつの頃からかその存在を見たという者も現れ、その風貌は銀髪に眼帯をしていると云う。しかし性別 や年齢は不明、目的も不明。しかし人々は皆、その存在に救われていた。 空に浮かぶ国、蛇崩(じゃくずれ)王国。この国はピラミッドを模したような姿で4つの世界に分けられていた。蛇崩一族・国王の住む頂点である王族世界を筆頭に、その真下が華族世界、その下に貴族世界、そして底辺は最低の世界と呼ばれるスラム世界。一度スラム世界に落とされると上に戻るのは不可能だと云われ、誰もが自分の住む世界の掟を守ることに必死だった。 だが、逆にスラム世界に落ちる事を望む者もいる。いわゆる、悪行を犯した連中だ。世界の秩序を守る国家軍隊もスラム世界にまで介入しないので、逃げ場にはもってこいなのである。しかし、そうした悪人たちを国家軍隊に代わり陰ながら阻止する者がいたのだ。 「はぁっ、はぁっ、兄貴! うまくいきやしたね!」 「おう、貴族世界は5日間居住地がなければスラムに落とされる仕組みになっているからな。 貴族連中から強奪したこのお宝を隠しながら5日間やり過ごせば、このIDカードが居住地がなかった事を証明してくれる」 貴族世界を含めて上の世界の人間に必ず配布されている一枚の小さな個人証明IDカード。街中の至る所に設置されているカメラがその様子を自動的にカードに記録しているのである。 大荷物を背負った二人の男は、貴族世界からスラム世界を結ぶ階段の夜道を急いで降りていく。 「関所の軍隊は荷物チェックもしなかったし、楽勝だったな!」 「でも兄貴、スラムでの噂が本当だったら……」 「“姿を見せない救世主 ”の事を言ってんのか? あんなもんデタラメに決まってるだろ。スラム世界は無法地帯だ、この財宝を手土産にどこか名のある罪人の子分になれば命の心配はねぇよ」 「でも……」 まだ話を続けようとする子分が気に入らないのか、先を走る男は振り向いた。 「スラム世界はあの強靭な軍隊でさえほったらかしにしてる世界だ、そこに追手なんかいるワケねーだろ! お前が言ってる“目撃者のいない救世主”はアレだろ、銀髪に眼帯野郎の事だろ? 時々貴族や華族世界に来てるとか噂はあるけどよ」 「だって銀髪は王族の証だし……でも、だとしても軍隊とは関係のない奴だったら……」 「それこそ意味がねぇだろ。 そいつは何の為に仕置きするってんだ? 偽善事業か? それともスラム世界の守護者ってのかよ? 第一、今の政権に不満があるやつは、見せしめの為に銀髪にしてる奴が多いって聞くぜ?」 まだ不安そうな子分の顔を見て不満気ではあったものの、また暗い階段を駆け足で降りていく。もう少しでスラム世界の門に辿り着く。 「はぁっ、はぁっ、ちくしょ、こうも暗いと距離感が掴めねぇな」 「っ、兄貴! 光が灯されてる! あそこがゲートだ!」 「いよっし、今夜中に辿り着けたな! あのゲートが俺たちの新たな楽園世界だ!」 幾分か錆びた洋風の門を“ギギ”と開ければ、そのすぐ隣に軍隊の駐屯所が目に入った。光はここから灯されていたのだろう。中を見やれば軍服を着た中年の男が2人いるが、暇そうに新聞を読んでいた。ここからが勝負だ。子分を引き連れた男は先ほどまでの勝気で喜びに溢れた表情を隠し、おどおどとした態度でその窓口に声をかける。 「あの~……」 ラジオまで流れている。余程暇なのだろう。 そして二人に気付いたおっとりした軍人男性が近づいてきて、どうしたのかと尋ねた。 「あの、貴族世界での地位を失くしてしまって……ここに落とされたんですけど……」 「ほぉ、可哀想になぁ。 じゃぁIDカードを没収するから渡してくれるかな」 そう言われ、二人は懐に収めていたカードを取り出し、目の前の軍人に渡す。 「あの……このスラム世界ではカードは必要ないんですか?」 そんな情報など知り尽くしているが、“落とされた身分”を演じる為あえて聞く。 「そりゃぁねぇ。このスラムは誰が何をしようとどうでもいい世界だからねぇ。治安こそ悪いかもしれないが、救世主様はいるから安心していいよ」 「? 救世主、ですか?」 噂程度で知っているが、ここは知らないフリをした。 「姿を見せない救世主 、って云ってね。 まぁ昼間にでも、ここスラムに住む連中を見てみるといい。 絶望を抱えた人間なんて極僅かだからさ。 皆、救世主に守られて暮らしているよ」 「え、えっと、それはどういう……」 「その方は身分こそ隠されているが、その姿を見た者は皆極悪人だけで、でもその御方を見た連中は皆始末されてるんだよ。 まぁ見た者もいるとは言うが、実際はどこの誰かだなんて特定できない御方なのさ、ま、噂だがね」 瞬間、血の気が引く感覚を味わい、子分の言っていた人物像が頭に浮かぶ。銀髪に眼帯。いやいや、まだ来たばかりの俺達の情報なんて知る訳がない。 「はい、じゃぁこのIDカードは預からせてもらうよ。 いつか貴族世界に戻れるといいね」 どこまでもおっとりと優しい言葉をかけてくれる駐屯軍人の言葉を背中に、二人はアテもなく歩きだした。 「あ、兄貴、さっきの……」 「馬鹿、真に受けんな。 そうと決まったワケじゃねーだろ」 「でも、目撃した奴は皆殺されてるって……」 どこまでも気の弱い子分に嫌気がさしたのか、寂れた路地裏に入った所で重い荷物を降ろし、子分を見据えた。 「いい加減にしろ! 俺達が貴族連中を殺してまで強奪したこの品々は何の為だ!? お高く止まってる連中が気に喰わなくてわざと此処に落ちたんだろう! プライドだけで生きていけねぇ世界なんだよ、華族世界も貴族世界も‼」 「でも……」 「誰かの下につくのもいいが、この金銀財宝を売れば、暫くは豪遊生活ができる! 違うか!」 「そう、だけど……さっきのIDを調べられたら、俺達のやった事バレるし……」 「だーかーらー、このスラム世界はそんな事で罰せられる場所じゃねーんだ! 悪党も善人も入り混じった世界なんだよ!」 「そうそう、その通りだぜ」 「ほれ、分かったら荷物持って今夜の寝床を探すぞ」 「あー、それは必要ねぇな」 「あ? なんだと?」 「ち、ちが……兄貴、俺じゃないッ!」 「ぁあ? お前以外に誰がいるって――」 くるりと子分を背に前を見据えれば、見た事のない人物が後ろ姿で立っていた。いつの間に、などというのは愚問なのかもしれない。 「長い銀髪……っ‼」 そしてその晒された長い髪の隙間から見える、兄元までの長さの白いロングコート。その背中には大きく書かれた『葬』の文字。腰には木刀と真剣の二本の刀を差しており、裸足で下駄を履いていた。 「ま、まだだ! 眼帯はまだ確認してねぇ!」 「あ、兄貴ッ、逃げよう! やっぱり噂は本当だったんだ‼」 と、子分が先に後ろ方向へ逃げようとするも、今度は違う人物がそこに立っていた。 「お嬢からは逃げられませんよ」 黒い燕尾服の上から黒いスーツで身を包んだ長身の、蝶々結びで髪を結う黒髪の男。 その片手にはシルバーのフォークとナイフが装備されている。 「後ろも前もダメなら脇道だ!」 人一人分ぐらいしか隙間の無い脇道に入ろうと駆けるが、男の足は止まってしまった。 「あ、兄貴? 早く逃げないと!」 「……なんでだ…この世界に入ってまだ数十分しか経ってねぇのに……」 「残念やったなぁ? これもお嬢の命令やさかいに。 サービス残業やわ」 今度は関西弁の女の声 。だが、“ただの女”ではない事はその風貌を見れば一目瞭然だろう。見た目は花魁そのものだが、長い黒髪の頭には獣の耳 が生えていたのである。そして、銀髪の人物が執事を思わせる風貌の男に問いかけた。 「おい栗栖、そのIDカードの情報は確かだな?」 「御意。 駐屯所に預けられた此方の方々のIDカードのチェックは終わりました。 貴族世界にて被害届が出された情報と一致致します」 「んじゃ、そういう事で」 そこで、銀髪の『女』は初めてこちらを振り向いた。風に撫でられる美しい銀髪、ニヒルな笑みを浮かべる表情、そしてその右目には黒い眼帯――― 「ひ、ひいいぃぃぃぃッッ!!」 「ちょっくら死んでもらおうか」 それは月の欠けた夜。二つの魂は永遠の眠りを約束される。“葬”と書かれた紙だけをその体に残して。