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【SUPER COMIC CITY 29 -day1-「RED ZONE」発行】 仕様:全年齢/A5小説本/表紙込み18P/挿絵2枚 ※中綴じ、自家コピー本です 拓海不在の中、県外チームの卑劣な手段によって勝負を仕掛けられたスピードスターズ。拓海が守ってくれた誇りのために勝負を受けた池谷たちだったが、敗色は濃厚。誰もが拓海の到着を待ち望んだその時、秋名山頂に現れたのはハチロクではなく、赤のEG6だった――
試し読み
深夜の秋名山に響く、不気味なスキール音。 しんとした車内に、緊迫した声がこぼれる。 「なんでだよ……」 さっき見たときよりも、近い。どんどん迫ってきている。 ステアを握る健二の顔は、青ざめていた。ちらちらと何度もバックミラーを確認する。 背後にぴたりとくいつく、謎のクルマ。地元・秋名の峠で今、彼の乗る180SXは、執拗に追い回されているのだ。 「なんで、秋名にEG6が……っ」 健二がそう呟いた直後のことだった。悪意に満ちた、リアへの衝突。180SXは、なす術もなくスピンする。 「うわああああああああ」 むなしく響く、健二の叫び。そのまま道路脇の斜面にぶつかり、サイドミラーがはじけ飛ぶ。 砂埃の中で静止した180SX。その運転席のドアが弱々しく開いたかと思うと、滑り落ちるように健二が外へ出た。 すぐそばを、我が物顔をしたEG6が通過していく。 「ヒュー、まずは一台」 EG6のナビシートに座った男が上機嫌そうに言う。 「あとは、だせえS13だけだな」 すると、それまで黙っていたもう一人の男が口を開いた。 「群馬エリア最速といえば、高橋涼介を負かした秋名のハチロク」 そう言って、ハンドルを握った男はワイパーを作動させる。雨だ。ワイパーがせわしなく雨粒を拭うのを見ながら、男は続ける。 「んで、そのハチロクは今、高橋涼介と県外遠征中ときた。プロジェクトDのホームページに書いてあったから間違いねえ。つまり……」 「ああ。今、ハチロク不在のスピードスターズをやれば、雑魚を軽くひねるだけで群馬最速ってわけさ」 面白くなってきたと、男がアクセルを踏み込む。 「仲間やられたとなりゃ、スピードスターズのやつら、さすがに黙ってねえだろ。あとはギャラリーの目の前で、存分に恥かかせてやる」 そのままスピードを上げたEG6は、雨の向こうの暗闇へと溶けていった。 翌日、池谷たちが働くガソリンスタンドに、包帯で腕を吊る健二がやって来た。ぎょっと目を見張る池谷。 「健二おまえ、どうしちまったんだよ、それ……!」 「昨晩、秋名で走り込みをしていたら、後ろからやって来たEG6にやられたんだよ」 幸いけがは右腕の捻挫だけで済んだが、180SXはぶつけた方のサイドミラーが破損したため、しばらく乗ることはできないらしい。それを聞いた池谷も嘆息する。 「とにかく、おまえが無事でよかったよ」 強張った表情を緩めつつも、ふとした疑念が池谷の頭をもたげた。 「しかしEG6っていやぁ……まさか」 それを聞いて黙っていられなかったのは、イツキだ。 「ナイトキッズの、赤のシビックっすか」 イツキは、いつになく真剣に言う。 「だったらオレ、今度こそ許せないっすよ……!」 そんなイツキを、池谷は複雑そうに見つめた。 ――もし事実なら、イツキの憤りはもっともだ。 しかし池谷は、同時にこう思わずにはいられなかった。 ――庄司慎吾。なぜだ? そんな自分の心境に驚いていると、健二が首を振る。 「いや、そうじゃねえ。EG6つっても、黒のシビックだったよ。しかも県外の」 「県外ナンバーの、黒のシビック……?」 顔を見合わせる池谷とイツキ。そこへ店長がやって来る。 「おーい、おまえたち。ここにいたのか」 「店長、すんません」 池谷たちは思わず首をすくめたが、特にお咎めはなかった。 「いや、いい。それより、おまえたちあてに挑戦状だぞ」 行きつけのファミレスは、家族連れでいやに混んでいた。店の喧騒に混じって、男たちの哄笑が聞こえる。 「はっ、そいつはとんだお笑いだ。ハチロク無しのスピードスターズなんざ、まったくいいカモだぜ」 そう言って笑う慎吾の指に、吸いかけの煙草が挟まっている。通路の奥側、四人掛けのボックス席。向かい合って座る慎吾と中里。それぞれの隣に、吾郎と宮原が座っていた。 「なんでも、ナンバー2の180SXが事故られたというので、リーダーの池谷とかいうやつは負けを覚悟で挑むみたいだな」 慎吾につられて、吾郎も半笑いにそう言う。 「だが、その様子だと相手も相当ガラが悪そうだ。そもそも無事に走れるかどうか、分かったもんじゃない」 一方、宮原の声には、同情の色が混じった。そこへ、お待たせしましたと、店員が四人分のホットコーヒーを運んでくる。 一週間後の土曜日、秋名スピードスターズが県外のチームと交流会をするらしいというのは、妙義でももっぱらの噂だった。 「それで、相手は黒のシビックらしい」 「……」 そのとき、短くなった煙草の先から灰がこぼれ落ちた。 いつのまにか用済みになっていたそれを、慎吾は無言で灰皿に押しつける。中里だけが、黙ってその様子を見ていた。 「しかし、戦績上は群馬最速のスピードスターズが負けてしまえば、ナイトキッズはそいつらよりも下ってことになるんじゃないか?」 カップをソーサーに戻しながら言う宮原に、ようやく中里は口を開いた。 「もしそうなりゃ、オレが倒す。そうすれば、群馬最速はオレ達ナイトキッズだ」 「おー随分と威勢いいな、毅。じゃあ聞くが、それまではよそ者の好きにさせるってのかァ?」 無遠慮な高笑いとともに、慎吾が嫌味っぽく言い放つ。 「ああ。癇に障るがな」 向かい合う二人の視線が、火花を散らしながら絡み合った。瞬間、一触即発の気配が立ち込める。『やばい』と思ったのは、そばにいた宮原や吾郎だ。しかし、もはや彼らの姿など、二人の視界にはまったく入ってこないようだった。宮原は、目の前でとっくみあいの喧嘩が始まるのを覚悟する。 だがそこで、意外にも慎吾が引いた。彼は静かに「そうかよ」とだけ言うと、新しい煙草に火を点けるのだった。 土曜日の秋名山。 高橋涼介と藤原拓海の伝説的な一戦と比べると、ギャラリーの姿はまばらだが、それでも十分すぎるほどだった。 県外チームのクルマが、ぞろぞろと峠を登ってくる。その中に見覚えのある黒のシビックが見えて、健二はごくりと唾を飲み込んだ。 ――あいつだ。 後で知ったことだが、乗っている男は、黒沼というらしい。 健二は、S13に乗り込んだ池谷の元へ一目散に駆け寄ると、必死になって説得する。 「池谷、やっぱりやめとけ! 相手になんかするな。今ならまだ間に合う」 しかし、何度言っても、池谷は首を縦に振ろうとはしない。 「せっかく拓海がオレたちのために守ってくれた誇りを、あんな奴らに汚されてたまるかよ。逃げたりなんかすりゃあ、それこそ恥だぜ」 その声は、怒りで震えていた。 「それに、健二。おまえだって危うく死んでたかも知れねえんだ。あいつら……許せねえよ」 「……池谷」 健二はそれ以上何も言えなくなった。 池谷の声を震わせるのは、怒りだけではないはずだ。自分にはそれが痛いほど分かるのに、何もできないことが歯がゆい。 「おーい、話は済んだか」 そんな二人の後ろから、黒沼が挑発するようにヘッドライトを点滅させる。 「こっちはいつでもいけるぜ。覚悟はできたのかよォ」 「……たのんだぞ、池谷。怪我だけはすんじゃねーぞ」 絞り出すようにそう言って、健二がその場を離れた。代わりに、池谷のすぐ横へシビックが滑り込む。 ――健二にはああ言ったけど、昨日の練習走行では、正直まったくついていけなかった。 ――それにこのシビック、足まわりにも金かけて、相当いじってやがる。 池谷はうなだれる。 自分が負けることを、この場にいる誰よりも確信している。 ――オレなんかがはりあおうなんて、はなからムリだった。 秋名の峠には今、スピードスターズの他のメンバー達が、ストップウォッチやらトランシーバーやらを携え、スタッフとしてあちこちに散らばっている。 「全員所定の位置についたぞ」 ついに、ダウンヒルが始まる。 「くそっ。こんな時、いつもみたいに拓海が来てくれりゃあ」 「そんなの無理ですよ、健二先輩。拓海はいま遠征中で、群馬にいないんですから」 健二とイツキが、不安そうにS13を見つめている。 「そんなの分かってるよ。でもよォ、やっぱり待っちまうもんだよな」 健二の祈るような声をかき消すようにカウントが始まった、そのときだった。スタートにいたスタッフのトランシーバーから、慌ただしい声が飛び出してくる。 『――待て。こちらゴール地点。一台車が上がっていくぞ」 ハンドルを握ったまま、池谷はそっと顔を上げる。困惑するスタッフたちの会話が、エンジン音に紛れることなく、やけにクリアに聞こえてきた。 「一般車か?」 『それが、どうやら走り屋のようです。物凄いスピードでそっちへ向かっています!』 様子がおかしいことに気づき始めたギャラリー達も、口々に騒ぎ立てていた。 「なんだ? もしかして、秋名のハチロクか」 ――いや、拓海のはずはない。 池谷はそれをとっさに否定した。 それなのに、体は歓喜に震え、心臓が早鐘を打っている。 そして池谷は見た。 そこに現れたのは、もちろん拓海のハチロクなんかではない。暗闇からぬるりと姿を現したのは――真っ赤なEG6だ。 ――赤のEG6。まさか。 「ナイトキッズの、庄司慎吾……っ」 S13の後ろにつけた赤のEG6から、慎吾が降りてくる。軽快な音を立ててドアを閉めると、彼は愛車のすぐそばに立ち、周囲の喧騒などお構いなしに、ゆったりと煙草に火を点けた。 「野郎、スピードスターズの敗北をわざわざ拝んでやろうって魂胆かよ」 そう言って、頭を抱える健二。周囲がざわつく。 しかし、慎吾の姿を見た池谷の心は、先ほどまでの激しい鼓動が嘘のように鳴りを潜め、凪いだ海のように静かだった。 「なんだおまえ?」 フロントドアの窓を開けて、威嚇する黒沼。しかし慎吾は男に一切見向きもせず、走り寄ってきた池谷に話しかける。 「よォ、久しぶりだな。S13のにいちゃん」 「おまえ、どうしてここへ来たんだ?」 慎吾が白い煙を吐き出す。 「この勝負、オレが走ってやる」