[完売]WEEKENDERS/那楚小説本+ZINE+αセット
- 発送までの日数:3日以内在庫なしあんしんBOOTHパックで配送予定物販商品(自宅から発送)¥ 3,200
![[完売]WEEKENDERS/那楚小説本+ZINE+αセット](https://booth.pximg.net/122bd3a0-3288-43aa-9e41-9e7de6e78e65/i/4045953/b6e687c5-815a-469b-840b-fdf11b1211cd_base_resized.jpg)
WEEKENDERS / 現パロ / 那楚小説本+ZINE+αセット 文・あい(@hhq41) 絵・nona(@nonana0017) セット内容 ▷小説本(B6/114p内カラー口絵2p) 二人暮らしを始めるよりかなり前のお話。all書き下ろし新作。何も起こらない、付き合っていない現代の二人がただ延々と仲良くイチャイチャしていてずっと平和なハッピー本。会話多め。軽度(弊社調べ)ですがすけべ結構多め。冒頭33pのsampleは段下にあるのでスクロールを! ▷ZINE44p(A5/44p/オールカラー) 生活する那楚を見てきた?レベルの幻覚本。一緒に暮らし始めて何年も経つ二人の短いお話から始まって、ワークスタイル、生活まわりのライフスタイルなど詳細に妄想し雑誌風味でまとめた一冊。2022.3発行のネットプリントを下敷きに膨らませてます。SSは加筆修正ありの再録9本+新作一本。イラスト4ページ! ▷概念ペーパー(シンプルに幻覚濃度高め) ▷ポストカード ⚠︎sample画像のZINEの表紙はグレーがかった紙にプリントされるため印象が異なります。 ⚠︎幻覚濃度強め。作るのめっちゃ楽しかった…! ⚠︎セット売りのみ。いつかweb再録する可能性あり。 ⚠︎モブとか捏造とか自己解釈とか諸々。 ⚠︎凝りまくったので地味に高くてすいません。 ⚠︎とにかくなんでも楽しめる方のみどうぞ!
小説本冒頭〜33p(sample)
シーツを握りしめ、丸まった背骨を起こそうとする───のを見つめる。邪魔するようにしてつかんでいた腰に圧をかけると、皮膚の表面に親指のかたちの影が出来た。体を押し付けたら肩がこわばって、豊かな黒髪の濡れた毛先から水が滴ってうなじをなぞった。ため息が、またひとつそこにこぼれる。首筋にそったものは、汗だったかもしれない。 「痛い?」 那貴が囁くように訊いた。 少しだけ差し入れて、徐々に進んではまた戻る。繰り返し行ったその動作は体に馴染ませるよう自ずと慎重になって、それを見ていたら、腹の底から情欲が湧き上がってきて、今にも達してしまうな気がした。耐えるようにして唇を噛み、そして再び、少しずつ少しずつ、なかの方へ。ゆっくりと入っていくのを眺めて、しばらく動かして、また抜いて。一旦離れてみると、押し殺した声を逃すようにして吐く楚水の短い息にいくばくかの安堵が見えた。しかしまた入りこんだら、途端に呼吸は途切れた。だけど体は、たぶん段々と慣れていっている。思った通りだ、と那貴の口角がやわらかく上がる。 最終的にこうして密着出来るまでになった。楚水は息を乱したまま、「意外と痛くない」と呟き、熱くなった横顔を那貴に向けた。目が合ったふたりから、思いがけず笑みが溢れた。 離れないように注意しつつ、背中から抱き上げて楚水の体勢を整え、四つん這いの姿勢からベッドに横たわる姿勢へと変えた。体をぴたりと着け、腰は止めたまま、那貴は楚水の鼠蹊部を片手で押さえて撫でた。 「だけど本当に入るなんて」 「だめ、笑うと抜ける」 くすくすと笑う楚水を言葉で窘めながら、那貴のほうも笑っていた。 了承しておきながら、このようにしてセックスに及んでいるのは、どこか現実離れしたおかしな気持ちだった。痛みはそれほどでもなく、こうして動きが止められていたら、飲み込んだ異物が自分と一体化していくような感覚があった。それに加えて、何年もずっと付き合ってきた自分の体の、何か新しい使い方を知ったような不思議な達成感まで感じていた。 ラブホテルのベッドは、広くて寝心地が良かった。枕元に派手なリモコンがついていて、ボタンを押すと室内照明がピンクだとか青だとか黄色だとかに変わった。那貴が楚水の方に体を傾け、その肩を押して背後に密着し、リラックスしてと耳元に言って始まった。ローションで大いに湿った指の腹で丁寧に触れられるのは思った以上に恥ずかしく、けれど委ねてみれば、存外にも悪くなかった。全身が何かしらの水分を多く含んで、ふやけていくみたいだ。長風呂でもして、手のひらがしわしわになった時みたいに。そのうちに、様子を窺いながら慎ましく挿入された指先は、じっくりと周囲をほぐし、内側を撫でては本数を増やした。そうやって驚くほど丁寧に体を作り替えられていったのだった。風呂から上がった時に羽織ったバスローブはあっという間に乱れた。額に汗が滲み、しばしば声が出そうになるのを堪えた。我慢できなくなったら両手で口を塞いだ。 「なんか俺すごい興奮してる」 再び耳元で囁かれた時、気づけば腕枕をされるかっこうになっていた。いたずらっぽく舌で耳腔をさわり、楚水の呼吸が整う前に腰を持ち直して、動きを再開させる。断りもなく訪れたその刺激に、楚水は小さな悲鳴をあげた。そうしてまたこわばらせた首筋に、那貴はわざと大きな音を立てて唇をつけ、何度も薄い皮膚を吸った。濡れたその唇の肌合いは、鎖骨あたりにたどり着くと、ざらついた舌の感触へと変わった。 「最後までしたい。してもいい?」 甘えるように言って、だらりと唾を手のひらに垂らし、つながった部分を撫でた。聞いているつもりだろうが、楚水にしてみれば決定事項を言い渡されているようだった。体の内側から広がった快楽が表皮に及んでいるように感じる。胸元を這い、腹部を辿って半身を撫でていく指先に、制御する自由が奪われる。ますます思考が遠くなって、頭の中が空いて行く。うつろになった頭のぎりぎりのところに残ったわずかばかりの理性が、自身にものを言おうとする。友達なのにいきすぎている。正しい振る舞いじゃない。それも珍しく、自ら進んで。ゆるやかな速度で揺らされながら、しかし肯定の意味を込めて頷く。一応は返事を待っていたらしく、それを境にして、動きが早まる。体温が更に一度上がって、眉間に皺が寄る。ふたりの吐く息で、室内が曇っていく。 どちらにしてもふたりの中に、いまさらやめる気持ちなんて毛頭なくて、だから考えるのをやめた。 午前一時。しばらくずっとベッドの中。眠れないのに寝返りをして、足をシーツに擦り付け、布の肌触りを確かめてみるが、すぐに飽きた。いっそのこと朝まで起きていようかと思い立ち、上半身を起こす。不意に目について、手持ち無沙汰に携帯電話を取る。なんとなしにメッセージの入力画面を開く。 『起きてる?』 打ち込んで、少し迷う。起こさないことを祈り、送信ボタンを押す。送信完了。するとすぐに電話がかかってきて、その二十分後には会っていた。 那貴が助手席に乗り込むと、楚水はまず「やっぱり起こしたか?」と訊ねた。こんな時間に自分から連絡を取っておきながら、もしそうならやはり悪かったと思い、一言謝ろうとしたのだ。その心配そうな顔を見た那貴は「明日は土曜日ですよ」と至極不思議そうにして答えた。むしろ今から誰かの家に遊びに行こうかと思っていました、と付け加え、だから遊び相手が見つかってちょうど良かった、と笑った。 「結構久しぶりだよね。忙しかった?」 「ああ、最近は結構。そっちは?」 「俺はまあまあかな」 那貴からふわりとシャンプーの香りがした。ボディソープかも知れない。それならよかった、と安堵して発進させた。ふたりはそのまま二十四時間営業のファミリーレストランに向かい、そこで軽い夜食をとることにした。 途方もなく、行き詰まったときに会いたくなったのがこの顔だった。 「この前まで大学生だったでしょう。朝まで遊んだりしなかったの」 那貴が言った。そういえばそうだった、と楚水は笑った。 「部活の仲間とちょくちょく行ってたけど終わってからはあまりなくなったから感覚が少し遠いな。元々結構早寝なほうだし」 「早寝のくせに居酒屋のバイトなんてしてたの?」 「あの時は大丈夫だったんだよ」 視界に入る範囲の店内を眺めてみると、深夜にもかかわらず、まばらではあったが何組かの客がいた。こんな時間まで仕事をしているらしくノートパソコンと睨めっこしていた男性客がコーヒーカップを片手に持って席を立ったとき、たったさっき注文したドリンクバーの存在を思い出した。 「今日は寝られなかったの?」 楚水が自分のコップにコーラを注いでいると、那貴が横に立った。楚水は頷いた。 「それで、まだ眠くない? ちっとも?」 コップにジュースが溜まるのを見つめる。炭酸の泡がパチパチと手首に散る。楚水はもう一度頷き、順番を変わる。注入口にセットして、那貴はジンジャーエールのボタンを押した。会おうと誘ったはいいものの、行きたいところなんて特にない。眠れなかったし、まだ眠くないし、よく考えたら寝たくない気持ちもある。そう考えが至ったとき、那貴が提案した。 「じゃあドライブは? 俺の行きたいところに連れて行ってほしいです」 表情の変化が少ないから、何を考えているのかが分かりづらいこの友人が、楚水は気に入っていた。出会ったのは三年程前で、その時していた居酒屋のアルバイトの後輩だった。 その時の那貴は専門学校に入ったばかりで、まだ高校を卒業したての幼さがあった。仕事はすぐに覚えた。意外な礼儀正しさを見せ、その上よく働くので職場の人たちからも可愛がられた。対して本人は積極的に誰かと関わろうとすることはないように見えた。それでも感じが悪いなんてことは全くなく、むしろ態度が一定のその公平さには決して軟派でない、信頼できる佇まいさえあった。 忙しい店だったが、閉店作業の際には、みんなで飲みながら片付けた。店長がおおらかで、ビールなら勝手に飲めと言ってくれていたのだった(ただし徒歩のスタッフに限られた)。皆が労働後の一杯を楽しみながら残りの仕事を片付けるなか、那貴は手をつけようとしなかった。言わなきゃ分かんないよと身内への甘さを見せて言うスタッフに、でも万が一があった時に、自分は未成年だから店長に迷惑をかけてしまう、と言った内容を柔らかく伝えているのを見た。 同じ帰り道で仲良くなった。ふたりの帰路はアルバイト先から歩いて二十分、郵便局の隣にあるコンビニエンスストアで別れる。たまたま先に歩いていたところを楚水が追いかけて声をかけたのがきっかけだった。 ───お疲れ。帰り道、こっち? ───はい。もしかして楚水さんも? ───ここ真っ直ぐ行って、駅の手前のファミレスがあるだろ。その近くのアパートなんだ。 ───じゃあ意外に近所っすね。俺、そこのコンビニの裏なんで。 仕事中は大した会話を交わしたことはなかった。これに大葉を巻いて、だとか、キャベツの千切りを作って、だとか、指示出し程度で。 ───バイト、楽しいか? 楚水が聞いた。 ───はい。みんないい人だし、まかないがいつも美味しいし。 大人びて見えていた後輩の口から出たこの言葉が、少し意外で、素直に嬉しかった。 ───ちなみに今日のまかないは俺が作ったやつだよ。 そう言うと、那貴は目を丸くした。 ───マジっすか。焼きそばに目玉焼きのせてたやつですよね? そんなに驚くことだろうかと不思議に思い、面白くなって、だけど言わずに首を縦に振ってみると、那貴は驚いた顔のまま、 ───ここ最近で一番美味しかった。 と言って笑った。その顔が案外ひと懐っこくて、向けられた楚水の方も驚いてしまった。いつも微笑んでいるように見える彼だが、こうして目を細めにっこり笑う姿は見たことがなかった。 その日を境に、帰るタイミングが一緒になるとふたりで帰った。いちいち約束をしたり、もうすぐ向こうも終わるからということで待ったりはせず、本当に同じ時間に上がる時だけ。その時だけは当たり前のように並んで帰ったのだった。 那貴とはどこか馬が合うと楚水は思っていた。会話のテンポがどうやら似ているらしかった。うるさくもなく、かといって全然喋らないわけでもない。言葉を発する速度が似ていて、それがなぜだか妙に心地良い。いつからか先輩後輩よりももっと友人として、親交を深めるようになった。那貴の家でゲームをして遊び、成人してからは一緒に酒を飲んだ(成人したてのわりに飲みっぷりが良かったので、お前本当はいつから飲んでいたんだと聞いたらずっと前からと平然と言ってのけた。猫被ってるなあと半ば呆れ顔で言ったら、「分別がついてるって言ってください」と返された)。バイト帰りに泊まって行くこともあった。同郷であることも判明した。互いに就職し、アルバイトを辞めてからも変わらず仲が良かった。隣町に引っ越してから距離は開いたが、それでも楚水にとって那貴は思い出したときに連絡できる気軽な仲間の一人だった。 「今、何時かな」 助手席のドアを閉め、窓を開けながら那貴が呟いた。車の時計を横目に見て、「二時半」と答える。普段通勤や移動で賑わう大通りは、この時間になると一台も見当たらない。速度を出しすぎないように注意しながらアクセルを踏む。 「じゃあさ、四時半には着くんじゃない?」 助手席の窓から夜風が入り込む。気持ちいいので楚水も開ける。 「遠いのか。その行きたいところって?」 視線を前に向けたまま首を傾げる。 「里帰りしようよ。一緒には行ったことないでしょ」 入り口の手前のコンビニで買った缶コーヒーから、温かな香りが立ち上る。しかしそのすぐ後には二種類の煙草の煙にかき消されることになる。高速道路に入ったとき、ステレオからは深夜のラジオが流れていた。窓を小さく開けたままにしていたから、トンネルに入ったら走行音が車の中にまで響く。一本目を楚水が先に終えて、吸い殻を灰皿に落とした。 「寝ててもいいよ。着いたら起こすから」 「喋りたかったんじゃないの?」 不思議そうに言い、外に向けて煙を吐く。 遊びの誘いなんてこれまで何度もしてきた。だけどこの時間に連絡したのは初めてだった。何かあったのは本当だった。那貴が聞いてくれようとしていたのもわかって、だけどそれを話したかったかと言えば違う気がした。口に出したい気持ちが今のところ見つからない。ううんと唸って、「誰かと一緒にいたかっただけかも」と言って、それからなんとまあ身勝手なと心中で自分に呆れた。けれど那貴はそれをあっさり肯定して、 「そういう時、俺にもある」 と言いながら窓を閉めると背伸びをし、ラジオに耳を傾け「これ好きなやつだ」と呟いて音量を上げた。楚水が聴いたことのない音楽だった。どうやら那貴に寝るつもりはないらしい。 「着いてもまだどこも開いていないよな。実家に帰るわけにもいかないだろ、さすがに早すぎるしびっくりさせる」 「俺そもそも鍵持ってないや。実家の」 高速なら一時間半程度で着く中都市から、三十分ほどずれた場所にある海沿いの街がふたりの故郷である。人の生活リズムと共にあるような健康的な街で、ファミレスですら午後九時には閉まるし、街に一軒だけあるレンタルビデオ店の横にあるゲームセンターはもう少し遅くまで開いているとはいえ十一時には閉まる。近場で夜に遊べるような場所はほとんどなく、馴染みの者以外は行きづらい雰囲気の飲み屋がぽつぽつあるくらいだった。 那貴が口を開く。 「明るくなるまでコンビニでたむろするとか?」 「そんな、不良じゃあるまいし」 さらりと放られた冗談に思わず吹き出す。那貴はいつも通り、口角を心持ち上げた顔で楚水を眺める。運転席が高速道路のライトに等間隔で照らされる。まだ温かい缶コーヒーを一杯飲む。視線を逸らし、外を見る。まだまだ目的地は遠い。いくつもの山を越え、街を越える。だいたいが寝静まっている時間帯だ。帰り道の風景は、だからいつもよりずっと静かだった。 遊びたかったら中心部の方まで行くのが地元での常識だった。大きな都市ではないとは言え、朝まで開いている店も多くある。楚水が口を開いた。 「海でいいか」 同郷のものであるならば、結局はその結論になるのだ。 「地元にいる頃もよく行った?」 那貴が聞いた。 「海?」 「うん」 「行ったって言うか、通学路だったし、部活のランニング場所だった。帰りにみんなでアイス食べたりしてたな。堤防にこう、並んで座って」 「青春の鏡みたいなことしてますね」 「海なんて絶好の遊び場だっただろ。アイス食べてもやっぱり暑いから、海に入りたくなって、高校生だったからみんな我慢なんて出来なくて。やんちゃなやつにつられて俺も遊びたくなって、結局制服のままみんなで海に入って、びしょびしょのまま家に帰って怒られたりしてた。ちっちゃい子じゃないんだからって」 「制服のまま遊んだ時って足だけ浸かったわけじゃないの?」 「いや、はじめはそうだったけど、濡れ始めたらどうでも良くなって途中から後先考えずに泳いだりしてるやつもいたな。制服のままでさ。そんなの今やろうとは思わないけど。でもあの頃だったら楽しいだろ」 「うん、わかるよ」 「怒られたからって言うことより、どちらかと言うとみんなと別れて一人になった時の帰り道がなんとなく恥ずかしかったから、やっぱ制服で水遊びはいけないなってことになって」 「正気に戻ったんだ? 馬鹿なことした、みたいな感じで?」 「そう。それで、じゃあ水着入れとけばいいんじゃないかってなってさ。だからいつでも海に入りたくなったら入れるようにタオルと水着入れてた。部活の鞄に」 「なるほどね。楚水さんのそう言うところ好きだな」 「俺だけじゃないぞ。仲が良かった友達はみんな入れてた。部活が早く終わる時の楽しみにしてた」 「いいね、そういうの」 「お前は?」 「俺はサーフショップが友達のお兄さんがやってる店だったから、そこに水着おきっぱなしにしてたな」 「ええ、いいな」 「でしょう。裏技です」 「羨ましい」 「でもそのままになってるから捨てられてるかも」 「高校出てからずっと?」 「うん。忘れてた。捨てられてますね、きっと」 「どうかなあ」 「会ってたかもしれないですね」 不意に那貴が言った。聞き取れず、楚水は首をかしげる。 「ん?」 「知らないだけで、会ってたかも。小さい街だったから、すれ違ったりとか」 街の明かりが途切れ、いくつかのトンネルを抜け、また山に入ったところだった。 「ああ、確かに」 一緒に馬鹿をやっていた友人たちとは、皆思い思いに進路を分けて、大人になってからも定期的に集まってはいるもののここしばらく会っていない。ふと思い出した懐かしい記憶に楚水自身気持ちが緩む。箸が転げても楽しい時期とはよく言ったもので、今になっては何が面白かったのかということが多々ある。だけどあの時は確かに何をするにも笑っていたし、皆がそうだった。 那貴が水着を置いていたと言うサーフショップの前には自販機二台並べられていて、何度か買いに行ったことがある。自販機の横には初心者向けのレッスンの予定表が貼られている掲示板のようなものがあった。掲示板の前には灰皿が置かれていてスタッフや客用の喫煙所になっていたのも覚えている。ショップの屋根の色が青から白に塗り替えられた時期も知っている。そこまで考えて、不思議だな、と思う。地元が同じ者同士が全く別の場所で出会うのはなぜか嬉しい。連休に実家に帰るからバイトを休むと那貴が言っていて、地元はどこかと楚水が聞いたのがきっかけだ。わかんないと思いますよと前置きをして、那貴から出た地名に思わず目を丸くしたのを覚えている。『わかんない』どころか、わかりすぎる場所なのであった。 話をしていたら、(いつものことだが)あっという間に時間が過ぎた。まだまだ白む気配のない空には小さな月が浮かんでいる。長いカーブを過ぎると街の向こうの高い位置に海が見える。いくつかの漁船の小さな灯りがぽつぽつと遠くの水面に写っていた。 「着くの早くない?」と那貴が言う。時間は午前四時を過ぎたところだった。 高速を降りてしばらく走ると海岸沿いの小さな国道に出る。山側に線路があって、それを境に住宅地が広がっている。小さな民宿が見えたらゴールだ。海水浴客用の駐車場に入り、楚水はそこで車を停めた。 「疲れた? 途中で変わろうと思ってたのに忘れててごめん」 「全然。ありがとう」 「煙草吸う?」 「うん、吸う」 楚水がフィルタを咥えると、那貴がライターを差し出した。火をもらい、エンジンを止めると途端に静けさが訪れる。ドアを開けて外に出ると、新聞配達の原付バイクが堤防を横切って、その後はまた波の音だけになる。ゆるやかな風が頬を撫でる。生活がはじまる前の世界で、潮の香りがした気がする。 「こんなこと初めてかも」 楚水が呟く。 「何? 深夜にいきなり里帰りすること?」 「うん」 背伸びして肩の疲労感をとる。咥えたままのフィルタから煙を吸い込む。 「俺の家は、あれ。丘の上にある白い長屋みたいなやつ、見える?」 山側を振り返り、指差す。目立つ家があったので暗くてもすぐ分かる。 「本当に近いんだな。ここは通学路だったけど、俺の家から海は見えなかった」 「うちの近くに登山道みたいな近道があってさ。誰が作ったんだよみたいな、ハンドメイド感がすごい階段があって、そこからこの砂浜に行き来してた」 「やっぱり会ってたかもしれないな。高校生の時、ここは毎日通ってたから」 似通った歩幅で歩みを進める。スニーカーの先が波に濡れる位置まで来る。 「もしかして、いろいろ考え過ぎてた? 最近」 那貴が言った。楚水が振り返ると、那貴は首をかたむけ、微笑んでいた。目と目があって、楚水は困ったような顔で恥ずかしそうにまた少し笑って、逸らした。 「そうかもしれない。分かるよな、やっぱり。あんまり言葉にしたいことじゃなくて、なんか言えなかった。ごめん」 「別に、謝らなくていいよ。だって誰かと一緒にいたかったって言ってたじゃん」 吸い殻をポケットから出した携帯灰皿にしまう。くるりと振り向き、それを楚水に手渡す。耐熱の小さなスチールが手のなかでかすかに熱を放つ。 「馬鹿がやってることしてみればいいんじゃない。大人になっても、たまにはこういう感じで」 言いながら、足元で砂を掘る。小さな穴を開けて、埋める。楚水はそれを眺め、「これは馬鹿がやることなのか?」と首を傾げた。 「馬鹿でしょ。深夜に二時間ドライブして謎の里帰りは。後先考えてない感じがすごく馬鹿」 「言われてみたら確かにそうだな」 「寂しかったらいつでも付き合いますよ」 「ひとりで馬鹿なことやるのが?」 「そう」 「頼もしいな」 「例えばを考えよう。暇だから」 楽しくて良い案だと思い、その後はふたりしてでたらめを言い合った。今からここでバーベキューをする。車の上で寝転ぶ。海岸の端までどちらが早く行けるか競争する。こんな時間に変なお城を砂で作る。水着はないけど泳ぐ。どれも実現する気のないものだったが、案を上げるたびにふたりして少年の心がうずいた。バーベキューはライターがあるからそこらに落ちている木を集めてかなり頑張れば可能。しかし焼くものが何もない。近くのコンビニは二十四時間営業ではないから魚を釣るしかない。車の上では寝転べる。様子のおかしなふたりになるが、それも実現可能。海岸の端まで全速力で走ることも可能なのでやってみた。しかし少し疲れているせいか、あまり良い勝負にはならなかった。変なお城は作ってみた。センスのないものが出来上がって笑った。最終的に泳ごうとしたが思った以上に水が冷たかった。断念───しきれず水はかけあった。大いに盛り上がり、ふたりと笑顔で、体はくたくた。 「花火とか持ってきたら良かった」 楚水がつぶやいた。那貴も食いつき、いいね、と言って続けた。 「両手と口と鼻で持つんでしょ」 「口は分かるけど鼻はどうやって?」 「こうやってですよ」 鼻の穴をぎゅっと閉じて唇を尖らせるのを見て「不安定だ」と大笑いし、心地の良い疲労感と眠気が来て空を見上げると、いつの間にか夜が明けかかっていた。並んで砂浜に寝転び、日が昇るのを眺める。楚水があくびをすると那貴もつられる。ふたりして背伸びをし、もう一度あくびをしてため息をつく。眠くなってきたな、と言った楚水の瞳が涙で潤んでいる。 良いこと思いついた、と言って那貴が起き上がった。 「ラブホで寝よっか」 サラリと放たれたこの提案に吹き出した。楽しい気持ちのまま、次の瞬間には頷いていた。 「ラブホテルだったら風呂が広いよな」 「いや、どうだろ。わかんない。ホテルによるんじゃない? 広いのと狭いのとあるでしょ」 「そうか。行こう。確か近くにあるだろ。潰れてなかったら」 そうして入ったラブホテルは、『ホテルシーサイド』と寂れた看板がかけられていた。シーサイドとは気持ちいいほどに名ばかりで、海沿いに建っているものの景色がまるで見えないように窓が加工されていた。電気を落としてしまえばまた夜になる室内は、外観からは想像がつかないほどきれいに改装されていて、清潔で、感じが良かった。楚水は部屋に入るなり風呂場へ直行し、湯を溜めた。温かな浴槽の中でうとうとしたい気分だった。疲れた体に湯船はいつも気持ちがいい。 一息ついていたら那貴が途中で顔を出した。これ使いなよと言ってアメニティの入浴剤を入れた。透明だった湯が白く濁った。一緒に入るかと楚水が誘い、那貴も服を脱いだ。薄桃色のタイルばりになっている浴室はかなり広いが、バスタブは期待通りには行かず普通より少し大きいくらい───体を洗う場所が広いのだ───で、それでもふたりで向かい合って足を伸ばし、極楽気分でまどろんだ。 誰かと風呂に入るのが嫌いじゃないのは学生時代の名残りだった。部活帰りに仲間と銭湯に行くこともあった。さっきまでふざけていた友人がのれんをくぐると途端に行儀良くなるのが面白かった。学校にうるさいやつが来たと告げ口されたらもうここに来られなくなる、とか言って、努めて感じ良く心がけ、振る舞うのだった。この街に気軽に来られる銭湯はひとつしかなかった。 ふと、うすくもやがかかった蒸気の向こうで、那貴が前髪をかき上げた。染色された長い髪が後頭部に流れるようにして張り付ついて、丸い額が露出した。 「何?」 視線に気付いた那貴が首を傾げた。楚水は合図をするように自分の額を指差して言った。 「額のかたちが綺麗だな」 「そう? 初めて言われた」 「額は美人に見える重要な場所なんだって。まあ、女の人の話だけど。お客さんが昔教えてくれた」 「そっちも見せて」 身を乗り出し、楚水の前髪に手を伸ばす。 「楚水さんの方がかたち綺麗じゃない?」 言いながら前髪の生えぎわを撫で、覗き込むようにして見つめる。その時、天井から水滴が垂れて楚水のまつ毛を濡らした。目を伏せて拭い、視線を上げるとまだ那貴はこちらを見ていた。片肘で頬杖をつき、眺めている。 「自分の顔なんてあまり見ないから分からないな。顔を洗う時くらいじゃないか」 「そんなに見ないんだ?」 「自分の顔見ててもおもしろくないだろ」 「じゃあ、自分のまつ毛が結構長いのも知らないの?」 「長いか?」 「下まぶたに影が落ちてる」 ほら。あ、でも影なんて自分じゃ見えないか。 那貴は、ひとりごとのように呟きながら楚水の目元に手を伸ばし、ハリのあるまつ毛を人差し指で持ち上げる。横顔を見ていたから、楚水のまつ毛が長いことは前から知っていた。きれいな顔をしていることも知っていた。それはずっと前から。自分が知っている他の人たちより、目が涼しくて、きれい。 髪に触れて、額に触れて、まつ毛にも触った。友人たちと風呂に入っていた時とは違う、違和感を感じた。那貴が楚水を見る、その視線だった。目と目が合った一瞬、沈黙が訪れた。それもまた、不可解だった。 「誰かに抱かれたことある?」 那貴が言った。