ソウル・キッス・ラヴァーズ
- ¥ 600
雇われの身でお門違いな思いを胸に離れてしまおうとする佐助。片や、やっと自覚した恋心に真っ直ぐにひた走る幸村。 初恋は実らないと言うけれど…? 親伊達本、〝ブルー・ブルー・マンデー〟の続き物です(単体でも楽しめます)。
〝ソウル・キッス・ラヴァーズ〟本文より抜粋
元親と政宗のちょっとした騒動が終わって、数日。一難去ってまた一難とはこのことか、と内心溜息を吐いた。あと数ヶ月、その期間を何事もなく過ごして、ゆっくりと距離を置こうとしていた俺の計画は見事なまでに壊された。元々、元親と政宗の問題に口を出すことは計画には組み込まれていなかった。だから、口を出してしまったことで計画が狂うのは目に見えていた筈なのだ。 (口、出さなきゃ良かったかなあ…) 予定外のことをすれば予定外のことが起こりうることは分かっていたのにも関わらずに口を出したのは、元親の手助けをしてやりかった気持ちが半分、自分が出来ないことをしようとしている元親を近くで眺めたかった気持ちが半分。半分は興味本位だったっていうのは否定しない。そんな適当な気持ちで口を出したのが今回の結果か…と一人で肩を落とした。 そんな事を思いながらシャープペンを回しながら眺めていた黒板から顔を逸らして見詰めたのは、真剣に黒板と教科書を交互に見詰めて目の前の問題に奮闘している旦那、――幸村。 幸村とはもう数十年の付き合いで、お互い幼稚園に入る前から一緒に居る。一緒に過ごしているのはそれくらいだが、恐らく会ったのはお互い目も開かぬ赤子の頃からだろうと勝手に推測している。 俺の家は代々、真田家に仕えている名も知られていないような武家で、それは戦国の時代から延々と律儀に現代まで受け継がれている。それは勿論、俺の祖父母や両親、そして俺も勿論例外ではない。 ちなみに、先程の推測はあくまでも俺の推測であって、決して両親から聞いた訳ではない。何故なら二人は俺が幼い時に死んでしまっているから。人に聞いた話によれば交通事故だったり、自殺だったり、暗殺だったり、そのバリエーションは豊富なもので、運良く真田家に預けられていてその光景を目の当たりにした訳でもない俺にはどれも現実味を帯びていなかった。 (目の当たりにしてたら俺様も今頃お釈迦だけどねー) 祖父母は既に亡くなっており、両親までも亡くした俺は孤児となったが、まるで最初から決まっていたかのようにそんな俺を真田家は快く引き取って今の今まで育ててくれた。というよりは、幸村の父――昌幸様のご親友だった父の子供として俺は真田家に住み込みで仕えることになった、の方が表現的には正しいのかもしれない。 天涯孤独となった幼い俺はというと、子供の頃から冷めているようで両親が居なくなっても泣くことはなかったと昌幸様によく悲しそうに笑われた。親友の子とは言え、血の繋がりもない子供を引き取って周りからの風当たりも強い立場だと言うのに、十五年間、共に過ごしてきてそういう素振りは全く見せず、何かあるたびに寂しがりもせず、泣きもしなかった俺が悲しいとそればっかりだった。 覚えていないものは仕方がない。父も母も忙しい人で、家に居たことは殆どなかったし、帰ってきたと思ったら直ぐに仕事に飛び出すような生活をしていた為、思い出も少ない。だから、居なくなったところで生活する場所が変わった位で、俺の中での変化という変化は特になかった。 そんな悲しい笑みを浮かべる昌幸様の顔も、今となってはそれも思い出でしかない。高校に入って部活やら、勉強やら、家の手伝いやらで更に忙しくなってからは顔を合わせる機会も少なくなり、何となく距離を取るようになってしまった。 (まあ、それもあと数ヶ月だけどね…) このまま何もなく終わってしまえば問題はなかったのに…どうして口を出したんだ、自分に文句を言って、振り出しに戻った。 政宗と元親が正式に付き合い始めて、公言まではしないものの今まで以上の仲良しっぷりを見せつけるものだから幸村がそれに反応してしまっている。普通ならば多分スルーしてしまうのだろうけど、あまりにも身近な人間過ぎてスルーするにも出来ずにいるのだろう。だって目の前でイチャつかれるんだから。 だって、あの初心な旦那の口から (好きな人は居るのか、ってねぇ…) 聞かれるとは思わなかった。まさか、だって旦那だぜ? なんて、そんなことは全然理由になっていないのは分かっている。…そりゃあ、シャイだろうと初心だろうと、高校三年生にでもなれば色恋に目覚めて貰わなくちゃ俺としても困る。それが普通の清楚なオンナノコだったら俺もどんだけ良かったことか。そんなことを考えながら幸村が頭を捻っているところを呆然と眺めていれば、視線に気が付いたのか不意に振り向いた目が合った。ひらひらと苦笑いを浮かべながら教科書の陰から手を振れば、カッと効果音が聞こえそうな程勢いよく真っ赤になって慌てた様子で教科書に顔を埋めてしまった。 (あーあー、真っ赤になっちゃってさ…) 正直なことを言ってしまえば俺は幸村の事が好きで、出来ることなら今の関係のままでいいからこれからもずっと一緒に居たい。願わくば恋人同士、なんて敵わない願いなんてものも持っちゃったりしている。でも、それはきっと、というか絶対的に幸村の為にも宜しくはないし、ましてや俺を育ててくれた真田家に顔向けが出来ない。いずれは幸村も結婚し、子供を作って幸せな家庭を築くのだ。そう思うと、幸せになって欲しいという気持ちの反面、その光景を見ていたくないという気持ちが出てきてしまった。 (最初から、旦那とどうこうなるつもりもないけどさ…) 大体、昌幸様たちが許される訳がない。何よりも幸村の幸せを思い、家を継いで欲しいと思われている筈なのだ。使用人でしかない俺にそれを壊す権利はないし、元より壊したいと思わない。俺にとっては、幸村が一番大事だが、その次に大事なのは真田家なのだ。幸村の気持ちが一時の迷いであって欲しいと内心呟き、その傍らでもう一人の俺が自分も幸せになりたいと愚痴た。そんな自分の中の葛藤を無視して顔を上げれば黒板には新しい問題が追加されてて、面倒臭いななんて思いながら適当に問いて、そのままノートを閉じた。俺は、来年の三月で、最初で最後の初恋に終わりを告げる。つまらない学校生活も、何の変哲もない使用人としての生活も、全て終わる。 「…初恋は、叶っちゃ駄目なんだよ」 晴れた空を眺めながら小さな声で呟いた俺の声は、終業のチャイムと教師の声にかき消されて、聞こえなくなった。