太極伝奇 ー人世の風ー
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【受付期間】 〜2024/02/18 お申し込みありがとうございました。 「太極伝奇-人世の風-」 A6/30P/コピー本 人族柊羽×人族英知 英知視点の心情補完的なお話です。 皇帝崩御後、英知が抜け出すまで。 人の死に関する描写あり。 本編ネタバレ注意。 【サンプル】 君と出会ったのは、本当は偶然なんかじゃなかった。契約のもと、諸国を回っていた俺は、都落ちした第四皇子に接触をはかるため、『炎』を訪れた。 今思えば一目惚れだった。強い陽の気にあてられてしまったのか。分からない。きっと俺が特別ということではなくて、その他大勢と同じように、彼に魅せられてしまったのだろう。 屋敷の応接の間に通され、彼が入り用だと言っていた品々を広げる。諸国の要人との繋がりを持つため、俺は通常の商人では扱っていないような、たとえば精霊に由来するような、そんな品々を扱っていた。筆や、細工箱。小さな灯ろうや根付に、簪。壺や煙管。などなど。その他、こんなものに価値があるのだろうか、と一見すると思われるようなものたちを、いつものように紹介していく。本命のご要望は北方の湖畔に住む民族が作り出す硯だったが、他にも珍しいものがないか、品に関する思い出話と併せて所望されていた。なんでもない話が面白いものだろうかと不思議ではあったが、熱心に耳を傾けてくれる様を前にすれば、悪い気はしない。 それは、扇を手にした時だった。 「もっと近くで見てもいいだろうか」 そう言うが早いか、彼は俺の答えを待たずに距離を詰めてきた。 得体の知れない俺に無防備に近づくなんて、想像以上に世間知らずのおめでたい頭をしているのか。また聞いたくせに相手の答えの前に行動をうつすなんて、実は見た目に騙されていたが、強引な性質なのかもしれない。そんな様々な思いが頭の中に浮かんだが、彼の次の動きに、すぐに消え去った。 「へ、」 我ながら情けない声が出たものである。 彼の白魚のような美しくなめらかな指が、あろうことか俺の手に添えられている。 あ、冷たい。なんて。もう一人の俺が呑気につぶやく。でも違う。そうじゃない。近い。近すぎる。 固まってしまった俺なんて気にも留めないで、目の前の彼は、俺が持つ扇を眺め、そして俺を見上げた。 「とても良い気を纏っている。風の気が貴方に合っているのかな。この扇も貴方のことを、とても気に入っているようだ。商人の貴方へこんなことを言うのも変な話だが、この扇は手放さないほうがいいだろう」 彼は扇を愛おしそうに撫で、その流れるような所作で俺の手の甲を撫でると、そして手を離した。 まるで撫でられた俺まで一等品になったかのような、勘違いしてしまうほどの完璧な所作だった。 俺はその後はまるで惚けてしまい、なにを話したか、まったく記憶にない。 覚えているのは彼の手の清涼さ。 爪の美しさ。 馨しい香のかおり。 長い睫毛が作っていた繊細な影。 水面のような、透き通る瞳。 そこに映し出される、俺の姿。 そんなものだけ。