浮雲
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A6/260頁/110000字/健全/2025年7月13日発行 東巻小説は数多く書いてきましたが「両片想い」本は初出しです。この作品は以前リレー小説をした時書いた私の章だけを抜粋して1冊の本にまとめたものです。「両片想いって何だろう?それ美味しいの?」状態から始まった本ですが、もうこれ以上のものは(しばらく)書けない!って自信を持って言えるほど頑張りました。オリジナルのカップル、家族がでてきますので苦手な方はご遠慮ください。 短めのサンプル(8頁分)→ 「片付けがある。見送りは参道の手前までになるよ」 「ああ」 名残惜しさと物悲しさを押し隠して、東堂尽八は神社の石段を下りていく巻島裕介に声を掛けた。夏祭りの喧騒の中でも巻島の声だけは鮮明に聞き取ることができた。心寂しさが東堂の胸を締め付ける。 「次に会うのは──。一年後? インターハイは見に来るのか?」 「分かんねェ」 多大なる期待が滲まないように、東堂は意図的に平坦な声を作って巻島に問い掛ける。石段の下で立ち止まり、軽く肩を竦めた巻島の背中を凝視する。巻島の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。喉が詰まり震え始める声を叱咤する。 「来たら連絡をくれ。10キロでいい、いや10メートルでいい。自転車で走ろうじゃないか」 願いを口に出すのは簡単なようで難しい。『もしも拒絶されたら』と気弱な感情が心を占める。 「クハ、そりゃあ楽しみショ」 前を歩いていた巻島が足を止めて振り返った。「クハ」と独特な声で東堂に笑顔を向ける。 (期待して良いのだろうか。それともしないほうが良いのだろうか──) 東堂の胸を相反する思いが複雑に交差する。巻島を引き留めたい言葉と願いを必死に押し殺す。 何故なら「背中を押すよ」と応援したのだから──。 再び歩き出した巻島は『じゃあな』とばかりにひょいと左手を上げた。『またな』と応えるように東堂は手を振った。 『もう泣くまい』と決心した心を裏切って滲んだ涙を必死に堪えたため、東堂の顔が少しだけ歪んだ。涙で巻島の後ろ姿がかすんで見える。 ふと巻島が立ち止まった。「はあ」とひとつ大きく深呼吸をして背後を振り返る。覚悟を決めた巻島の瞳が東堂を真っ直ぐ見つめる。 (今ココで言わないと二度と言えない。失敗は許されない) 「──オレ、おまえのコト……好きショ」 困り眉を少しだけ下げて、巻島は三年間秘めていた想いを言葉に乗せる。巻島の突然の告白に東堂は驚きのあまり目を見開いた。衝動のまま駆け寄った東堂は巻島をギュッと抱き締めた。 「ッ!」 巻島は息を飲む。突然の抱擁に緊張が走り身体が硬直する。一瞬のうちに身体が燃えるように熱くなる。ガンガンとこめかみを打つ脈拍がうるさい。心臓が破裂しそうなほど胸が痛い。『もしかしたら』と増長する期待に心が歓喜の声をあげる。 「オレも巻ちゃんが好きだ!」 浅ましくも期待してしまった言葉が巻島を奔流させる。見開いた目に歓喜の色が宿る。 「巻ちゃんはオレの唯一無二のライバルだ! これからもずっとだ!」 東堂の背中に回そうとした腕が途中で止まった。重力に逆らいきれずだらりと下がる。 「……ソウだな」 さり気なさを装って東堂の腕から逃れる。一歩下がって東堂から距離を取った巻島が笑う。期待してしまった分だけ胸が抉られるように痛い。 「クハ、ライバルショ」 「うむ、オレ達はライバルであり親友だ」 「親友はねェな」 「何を言うか。オレほど巻ちゃんのことを知っている人間はいないぞ。それに巻ちゃんほどオレのことを知っている人間もいない」 頬を膨らませて口を尖らした東堂が不満を口にした。 「ソレはおまえがベラベラベラベラしゃべるからショ。オレのコトはそこそこショ」 巻島は「クハ」と笑って肩を竦ませる。 「ちょっと待て巻ちゃん。そこそこだったのか? ならば巻ちゃんのことをもっと知りたい。教えてくれ巻ちゃん」 「ま、そのうちな」 「そのうちにって。巻ちゃん留学するではないか。そのうちがあるのか? この場凌ぎではないのか?」 「あるって言えばあるし、ねェって言えばねェし」 「どちらなのだ?」 「ま、そのうちはそのうちショ」 悪戯小僧のように意地の悪い顔を作って巻島は「クハ」と笑った。 (悪ぃな、尽八。そのうちはねェショ。コレでお終いショ──) 巻島は恋を失った。初めての恋は物の見事に砕け散ってライバルだけが残った。そう、それだけだった。 高校三年の秋、巻島はイギリス留学をした。巻島の兄レンが数年前に渡英していて、デザイン関係の個人事業を起していたこともあり、巻島の留学先はすんなり決まった。外見だけでなく独創的な個性を示す弟が閉鎖的な日本の枠組みに収まらないことを危惧していたため、レンは早い段階から留学を勧めていた。イギリスは伝統を重んじるが、同等に個人主義でもある。巻島の独特な個性を否定することなく一個性として受容する環境に巻島は衝撃を覚えた。まるで水槽の中で息苦しく過ごしていた魚が大きく深呼吸をしてのびのびと大海を泳ぎ出したように、巻島を取り巻く環境は一変した。身体をうんと伸ばして委縮していた筋肉と一緒に心を解放する。何もかも新鮮で目まぐるしく変化する環境に巻島はいい意味で翻弄された。新しい環境にはすぐさま慣れるものではないが、失敗するのも楽しくて仕方がない。失敗を繰り返しながらひとつずつ新しいことを覚えて着実に自分のものにしていく作業が気に入った。 日本からエアメイルが届く。毎月欠かさず届く手紙は後輩の小野田とライバルの東堂からだ。まるで競い合っているかのように律儀に届く二人の手紙に巻島は返事を返したことは一度もなかった。筆不精なせいもあるが、何と返事をしていいのか分からないのが本音だった。 (寂しい? 会いたい? 一緒に走りたい? そんなの──絶対言えない──) 砕け散った恋心は巻島の胸を切り裂いた。傷口が深すぎて一向に治らない。薄いかさぶたはちょっとした弾みで敗れて血が滲む。東堂のことを忘れたい。所詮恋は実らなかったのだ。せっかく新しい環境にやってきたのだ。過去を捨てて新しく生まれ変わりたい。恋はもうたくさんだ。東堂への恋心はいらない。東堂に必要なのはライバルだけ。ライバルとしてのオレだけ。けれどもライバルは競い合ってこそライバルだ。イギリスと日本の間には9時間の時差と一万メートルの距離が立ちはだかる。遠距離すぎて闘うことすらできない今の関係は果たしてライバルと言えるのだろうか? 一緒に走れない。一緒に戦えない。一緒の時を過ごせない。それならいっそのこと忘れてくれないだろうか。間遠になる手紙を未練たらしく待つのは嫌だ。それならいっそのことオレから離れていこうか。 何度も逡巡してそれでも出せなかった手紙が増えていく。増えた分だけ東堂への想いが募っていきどうあがいても消えてくれない。 (いっそのこと──) 巻島は想いを断ち切るように頭を左右に振る。強く振りすぎて眩暈を起こした馬鹿げた自分を自嘲する。 「ま、ナンとかなるショ」 何ともならないことを知っているのに、問題を先送りするのは悪い癖だ。時間の経過とともに事態が悪化するのを十分承知しているくせに、手をこまねいて放置するしかできない自分にうんざりする。既に決定している事案を見て見ぬふりをしている。 (忘れろ、忘れてしまえ──) 巻島は呪文のように繰り返す。恋はいらない。ライバルでいい。恋はいらない。ライバルでいい。恋はいらない。ライバルでいい。巻島は呪いをかける。恋はいらない。ライバルでいい。恋はいらない。ライバルでいい。恋はいらない。ライバルもいらない──。 巻島は大学四年間、一度も東堂の手紙に返事を返すことはなかった。イギリス留学をして一年後、インターハイに出場する後輩の応援にやって来た時も、その翌月、日本へ逆留学をした時も、東堂は手紙で連絡を取ることはなかった。何かしらの形に残すことが嫌だったこともあるが『会えなければ会えなくても良い、何の期待もしない』と疲弊した心を守り、これ以上傷付くことを恐れていたためだった。 東堂は大学四年間律儀に巻島に手紙を送ってきた。『よく飽きねえショ』と苦笑しながらも東堂の几帳面な性格に『昔と全然変わんねえな』と嬉しくもある。9月、巻島は東堂より半年早く大学を卒業した。大学を卒業した巻島は兄の経営するRENブランドに就職することが決まっていた。学生時代からアルバイトで務めていたが、本格的な社員として働くことになっていた。そんな中、社長の兄からとんでもない辞令が下りた。 RENブランド日本支店ゼネラルマネージャーとして日本支店を立ち上げること──。 「兄貴、笑えねぇブラックジョークっショ」 「冗談じゃないぞ、本気だ。裕介、期待しているぞ」 「マジ?」 「大マジだ」 日本へ帰るのは一時帰国だけであって、生活拠点をイギリスに置こうと思っていた巻島に青天の霹靂の辞令だった。 東堂と距離を置いて徐々に関係を絶っていくことを目標にこの四年間過ごした巻島は成功したとはとても言い難かった。未練たらしく恋心を引きずっているのに、これでまた物理的に距離が近くなったらどうなるのか。だったら帰国することを教えなければいい。知らなければ会わずにすむ。会わなければ赤の他人でいられる。胸を焦がすことも胸が痛むこともない。散々迷った末に巻島は一葉の葉書を出した。ロンドンビックベンの絵葉書の片隅に右下がりの癖字で一言だけ。 『来週帰国する』 店の出入り口の引き戸を開けると、酔客の喧騒とともにアルコールや料理の匂いが混じって巻島の鼻を刺激した。 「いらっしゃいませ!」 威勢のいい掛け声を皮切りに店員たちがあちらこちらで「いらっしゃいませ!」を繰り返す。巻島は急いで引き戸を閉める。もうすぐ大寒だ。寒さもピークを迎えており、冷たい北風が店に入ってくる。 「お客様、お一人ですか⁉」 「あとで一人」 指を二本立てて人数を伝えると、年齢的に女子大生らしきアルバイト店員が「ではこちらへどうぞ」と奥のテーブル席へと誘導する。店は盛況で八割方席が埋まっている。 長めのサンプル→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25161248









