【カノ氷】星駆る丘に眠る
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(注意)送料の都合上、1回の注文は4冊まででお願いします。 2014/04/05発行 新書版/142P この物語は2015年4月5日同日発行のカノン×氷河アンソロジー『OceanBlueMoon』に寄稿しました『雪降る道を辿る』の続編に当たります。 それぞれ独立した話ですので個別に読んでも問題はございませんが、『雪降る道を辿る』で書いたことについては省略している部分があります。 原作準拠ですが、髪はアニメ色、聖戦後復活設定です。ただし、冥闘士になった聖闘士たちは蘇っておりません。オリジナルキャラの従者が登場します。 以上をご了承の上、お読み頂けましたら幸いです。
■サンプル■
数十分はそうして顔を伏せていただろうか。物音が聞こえたので、氷河は泣き腫らした瞼を上げて音の方向を見やる。氷河も上ってきた階段から人が現れた。青色の長い髪を強烈な西日が照らしているのを見て、ようやく日暮れが近いことに氷河は気付いた。 「氷河……?」 彼のことは知っているが、少々具合の悪い場面を見られてしまったかもしれない。涙を拭っても腫れた瞼は誤魔化せないだろう。一応会釈をしながら立ち上がる。入れ替わりで帰ろうと思ったからだ。物思いに耽る時間は唐突に終わりを迎えた。 氷河が階段へ向かうと、彼もこちらに向かって歩いてきた。彼の目的とする墓はカミュの墓の近くにある為だ。 「カノンも……墓参りですか」 「ああ……サガの」 無言で通りすがるのはあまりに失礼なので、氷河は声をかけた。口を開いて、何を当たり前のことを聞いているのだと思う。少しカノンが俯き、苦笑を浮かべた視線の先には、手に握られた白い花弁の花束があった。 サガは、彼の名を冠する『サガの乱』にて氷河たち青銅聖闘士に追い詰められ、最終的に自死したカノンの双子の兄だ。サガも聖戦の折冥闘士として復活したが故に、身体は灰になってしまった。 互いに身内の存在が消えてしまったという立場は同じだった。そして、サガの死には『サガの乱』で彼を追い詰めたという点で、氷河も大きく関わっていた。 「……花、よかったらカミュにも」 「いいん……ですか?」 「構わん。サガもそうしてくれと言うと思う」 東シベリアの海底に眠る母の元へ会いに行っていた頃は、必ず一輪の花を持って行き、飾ったものだった。伏せていた顔を上げてカノンをまともに見ると、眉を寄せて憂いの表情を湛えていた。 「サガも……そうですね。聖戦でサガとカミュは共に聖域へ乗り込んできたのでしたね」 アテナに拳を向けながらも、真の目的を達成しようと敢えて冥闘士に身を窶した黄金聖闘士は五人。その中のサガとカミュも、限られた命を全てアテナの為に全うした。太陽の光の元、灰になる前に師の身体に触れられなかった瞬間を、氷河は未だに生々しく思い出す。 しかし、カノンは何故か首を振った。氷河は何か変なことを言ったのであろうかと首を傾げる。カノンは花束の半分を氷河に差し出した。こんなに、と氷河が視線を上げると真摯に氷河を見つめるカノンの双眸がそこにある。 「俺は、氷河に会ったらどう謝罪したらよいのかと考えていた」 「謝罪、ですか? 別にあなたは何も」 「していないとはお前も言えない筈だ。『サガの乱』は俺の兄が起こした。そしてサガを焚きつけたのは紛れもなくこの俺。そのせいで散らさずともよい命を失った。ポセイドン戦も俺が起こした戦だ。語るべくもないだろうが……」 カノンが氷河の左目を指さしてきて、思わず包帯を覆うように手で隠した。 「俺がポセイドンを揺さぶらなければ、海の魔物クラーケンも大人しく眠っていただけだったかもしれん」 それは、アイザックが海将軍にならなくてもよかったかもしれないということか。右手を握り締めて、氷河は唇を噛んだ。 「そんな……もしも、なんて話は必要ありません」 「だから包帯をしているのか……」 「あなたには関係ないことです」 「元凶が俺にあるということを、俺自身は否定することはできない。お前が関係ないと思うのは勝手だが、俺もこう思うのは俺の勝手だからお前には関係ない」 鼻を鳴らしてカノンは氷河の横を通り過ぎ、サガの墓の前へ半分になった花束を添えると、胡座をかいて座り込んだ。サガとカミュの墓はアイオロスの墓を挟んで隣なので、氷河も仕方なくカノンの横へと戻り、カミュの墓の前に花を置く。 座るか立ち去るか悩んで、結局そこに立ち尽くしていた。カノンと視線を合わせるのは避けたかったが、かといってすぐさま去るのも花を貰った手前躊躇ってしまう。カノンは無言でサガの墓を見つめていた。その目は酷く真剣で、隣にいる氷河のことなど視界に入っていないかのようだ。だから、動いて音を立てることさえ憚られた。 カノンは氷河と同じく、死した大切な者に焦がれて来ていたのだ。それだけは理解できる。だから、じっと動かないでいることは辛くはなかった。氷河もまたカミュに思いを馳せることが遠慮なくできるのだから。 静かな時間は意外なほどに心地が良かった。慰め合うわけでもなく、ただ同じ思いを抱いて共にいるだけだ。聞こえるのは氷河とカノンの呼吸音――それは生きているという音である。