僕らが目指した最之果
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「ボクを殺して欲しい」 赤志魂少佐に任された仕事を遂行しようとした青雨冷音伍長を秘密の部屋に案内し、真摯な面持ちで自身の殺害を依頼する不律灯色分隊長。 逡巡したのちに決意した青雨冷音伍長は、識苑中佐に与えられた武器を振り上げ―――― 後世に語り継がれなかった英雄譚、ここに開幕。 ■A5/本文81P/全年齢(流血・暴力・グロテスクな描写あり) ■全文はこちら https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10022809
「ボクを殺して欲しい」
「あー……分隊長? お言葉ですが、寝言は寝てから」 「本気だよ」 俺の言葉を遮ってまで言葉を発した彼の双眸を見つめる。彼は悪趣味な嘘はつかないし、そもそも「自分を殺せ」などという悪趣味な嘘をつく理由も利益も無い。否、自殺願望であれば話は別だ。しかし分隊長の双眸はその手の願望者のように濁っていない。 ならば、何故? 「君の言葉で言うなら、ボクは《潜水艦》だ。だから軍法第二百六十二条に基づいて殺して欲しい。ボク自身が、ボク自身の意思で動ける間に」 軍法第二百六十二条とは、と脳味噌に訴えかける。諜報機関に所属している身としてはあまり馴染みの無いものだが、数秒経たずに脳味噌は探し求めた記憶を浮上させてくれた。ありがとう俺の脳味噌。後でぶどう糖を摂取しよう。 (軍法第二百六十二条……間者を発見した場合、速やかに特務機関に受け渡すべし。それが叶わぬ場合はいかなる情報を持っていたとしても、いかなる地位を持つ者だとして、第九十四条四節【情報漏洩防止法】に基づき即座に殺害すべし……) あー、うん、はい。解っていた。解っていたとも。 杞憂で済まないなんてことは、最初から解っていたとも。 しかし、まあ、どうするべきか。軍法に基づいて殺せ、とは言うが……分隊長の意志を尊重するべきなのか。それとも殺さず、しかし身動きができない程度にきつく縛り上げ、特務機関に渡して知り得る情報を吐き出させるべきか。 (……いや、いや。前者はできない) 諜報機関の知り得ぬ情報が、詰まっている可能性の高い存在が目の前に居るというのに、むざむざ殺すなど言語道断。 だがしかし、一人の友として考えるのならば。 (灯色を殺したくない。でも、死んでほしくもない) 軍人としてではなく、一人の友として抱く願い。 しかしそれが許されないのが軍人としての、《帝国軍諜報機関伝令隊伍長》としての職務。 おそらくだが、分隊長は死ぬことを望んでいない。帝国の為に最良の結果を考えた末、導き出した答えがきっと「己の死」なのだろう。だが、お前程の戦力を失う帝国特務機関の身にもなってやれ。分隊長の代替人材を育成するのに何年かかると思っているのだ。 ところで何故《潜水艦》のことを知っているのか、そう問おうとして、開いた口を閉ざす。大方俺を探して訪れた作戦執務室の前で、俺達の会話を立ち聞きでもしていたのだろう。 「貴方が本当に《潜水艦》であるならば、しかしその身その心が未だ《帝国特務機関分隊長》であるならば、やるべきことは一つでしょう」 分隊長の口からは戸惑う言葉が漏れ出ている。表情もあからさまに戸惑っている。分隊長の表情が変化していることはひどく珍しいことではあるが、今はどうだっていい。 「浮上した《潜水艦》として、蘇った記憶を《帝国軍諜報機関》に情報として提供することです」 「記憶は、その、全然戻ってない……」 申し訳無さそうに返された言葉に、思わず体勢を崩しそうになる。じゃあなんで殺せだの《潜水艦》だの言い出したんだこいつ。やっぱり寝ぼけているんじゃないか? 「では何故、自分は《潜水艦》なんて言い出したのですか」 「二週間くらい前から、変な夢を見るようになったんだ。 夢では狐のお面をつけた青年が出てきて『時は満ちた。愚かな英雄よ、ツツジ色の女王陛下より与えられし任務を遂行せよ』って……」 眠るたびにその夢を見るのか問えば、静かに頷いた。 眠るたびに見るのであれば、ただの偶然では無いだろう。「狐面の青年」という人物像を脳味噌に保管している情報と照らし合わせるが、当然ながら俺が求める答えは返ってこない。 分隊長に狐面の青年のことで知る限りの情報を求めるも「とても長い深緑色の布を首に巻いていることしか憶えていない」と返ってきた。実際にそのような格好をした人物が居れば、おそらく一度見れば忘れないだろう。 さて夢に出て来る狐面の青年は「ツツジ色の女王陛下」と言っている。女王が君臨している周辺国は皇国しかないので、狐面の青年は皇国の者に違いない。妖術か何かを用い、夢を介して分隊長に干渉しているに違いない。 それに「愚かな英雄」という言葉を皇国の言語に変換すれば「フーリッシュヒーロー」となる。もしその言葉が分隊長に与えられた任務と失った記憶を取り戻す要素であるならば、否、そうであればとっくにあれの記憶は戻っている。《潜水艦》として活動しているはずだ。もし「フーリッシュヒーロー」が秘匿名コードネームで、その秘匿名を与えられた者に重要な任務を与えているとすれば― 「解りました」 俺は考えることを止めた。なんせ俺は《算者》ではない。《使者》だ。主の眼と為り、耳と為る《使者》であって、高度な分析や解析能力を要する問題は担当外。難解な問題を解決するのは《算者》の役割であって、つまり俺の役割ではない! というかさっさと本来行うべき職務をまっとうしたい! つまり一分一秒一瞬たりとも時間が惜しい! 「軍法第二百六十二条に基づき」 腰帯に差している刀剣型光学兵器を抜き、電源を押す。刀身の長さを短めに調節をし、それから彼を見た。 揺るがぬ意志が映る双眸は、まっすぐに俺を見ている。 「フーリッシュヒーローを殺します」