公文書と統計資料でたどる玉川電気鉄道狭軌時代の車両
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資料や写真が少なく謎に包まれている玉川電気鉄道の狭軌時代の車両について、公文書や統計資料などをもとに解明を試みました。 2024年12月31日発行 本の紹介ページ(サンプル、目次、正誤データなど) https://w0s.jp/tokyu/book/tamagawa1067
電子書籍のバリエーション
こちらの本は EPUB 版(リフロー型)となります。本文検索やフォントの調整、音声読み上げなど、電子媒体の特性を活かした読み方が可能です。 そのほか Amazon で Kindle 版(リフロー型)も販売しています。 https://amzn.to/49eA64b
本文冒頭抜粋
※本文冒頭の「はじめに」を抜粋します。 玉川電気鉄道は1907(明治40)年3月の開通から1920(大正9)年9月までの13年間、1,067mmの狭軌で営業が行われていました。明治、大正期の私鉄研究には一般に『鉄道省文書』と呼ばれる公文書(許認可書類)の調査が欠かせないのですが、玉電狭軌車の許認可書類は一部しか残されていないためその全容は謎に包まれており、車両番号すら明確には分かっていないのが現状です。 一方、昨今になって国立国会図書館をはじめとする図書館資料のデジタル化が進んだことでこれまでに知られていなかった資料の発見が相次ぎ、様々なことが明らかになってきています。 ・電動客車のみならず電気機関車で乗客を輸送する計画があった ・電動客車のメーカーは定説では大半が高橋鐵工場とされてきたが、同社が旅客車の製造に関わった可能性は低い ・電動客車は車体サイズや形態に少なくとも4種類のバリエーションが存在した ・付随客車の一部は新製ではなく他路線から譲り受けた ・旅客車22両のほかに予備の台車を輸入しており、その一部は車体も作られた可能性がある ・一部の車両は改軌の実施を待たずに譲渡された 本書では公文書のほか、統計資料、会社の営業報告書、雑誌記事、新聞報道などをもとに、狭軌時代の車両について解明を試みます。
