A6(文庫)・168ページ・全年齢
※戦時パラレル
戦争が「終わったことになった」日から十年。
日向翔陽は駅近くの倉庫で、荷の数を数え、伝票に判を押し、紙の上の線からはみ出さないように文字を書く。
生活はつづいている。身体も動く。
けれど、列に並ぶたびに一度だけ後ろを振り返ってしまう癖、名前を呼ばれるときの調子にだけ過敏になる感覚、そして引き出しの奥にしまい続けている薄い灰色の紙片——二文字だけ書かれた「及川」が、今も彼を戦争の外側へ引き戻す。
たった一本の線が命を分けた行軍。呼ばれなかった名前。聞けなかった名の続き。
終わったはずの戦争は、句点の外側で、なお静かに鳴りつづける。