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『分別できない「わたし」――複合マイノリティとして暮らすとは』 A6サイズ/128ページ 社会的マイノリティ要素を複数持っていることで生じた、孤独と悩み。 それらとどう向かい合って生きてきたのか、を書いた体験記・エッセイです。 セクシュアルマイノリティだとわかった過程や、精神障害者になる前後のことなど、葛藤が具体的に伝わるエピソードを拾い集めて文章にしました。 それと同時に、LGBTQ+であることや障害者であることは、わたしの一部であってすべてではない、ということを書きました。両親との思い出や友人との出来事、などなど……なるべく多くの人にとってわかりやすい内容にしたつもりです。 【裏表紙より】 セクシュアルマイノリティとして生きる、障害者として生きる、といった表現は、あまりぴんとこない。人間として生きてきたら、障害者になったしセクシュアルマイノリティでもあった。 この本には、そういう戸惑いや葛藤や不安とかとどう折り合いをつけてきたのかを、なるべく丁寧に書いています。 「おしゃれとかして見た目は普通じゃん。障害ってたいしたことないんだ」 「自分がセクシュアルマイノリティだってどうやってわかったの?」 「生きにくさってよく言うけど、具体的には?」 こういう人たちにも知ってほしい、マイノリティがこの世界で生きるってことの実例が読めるエッセイ集にしています。
『多数だから正解、じゃなくなった世界』
わたしは今現在、自分がいくつかの理由でマイノリティに該当することを無視できない日常生活を送っている。けれど、生まれたときはそうではなかった。少なくとも幼少期はそうは思っていなかったし、もっと言うなら高校生くらいまでは自分がそうだと分からないまま生きていた。この本にはそういった事の次第を、なるべく丁寧に書いていきたい。どうして、いつから、自分がマイノリティだと思うようになったのか。それがわかったのか。マイノリティが訴える「生きづらさ」ってつまり具体的に、どういうものなのか。どういうことに苦しんでいて、どんなものを手放さざるを得ない現実があるのか。あくまでわたしの場合の話だけれど、そういうことを、なるべく丁寧に書いてみたいと思う。これを読んでいるあなたがどういう人なのかわからないけれど、あなたの周囲にも、もしかしたらいるかもしれない(あるいは、あなた自身も当事者なのかもしれない)誰かについて、少しでも思い至れるようなきっかけとなれますように。そんなことを願いながら。
『性的指向を自覚する、とは』
生まれたときから、自分がセクシュアルマイノリティだとわかっている人はいない。洗濯表示みたいなものをこっそり付けておいてくれたら助かるのにと思ったこともあるが、神様はそんなに親切ではない。 成長するにつれて、年齢を重ねていくどこかで、もしかしてという思いが頭をよぎり、次第に積み重なるそれが可能性を確信に変えていく。ただ、わたしの場合、その速度はひどくゆっくりだった。誰かの体験と比べたことがあるわけではないから何とも言い難いけれど、多分ゆっくりなほうだったのではないかと思う。 もしかしたら自分が性的な関心を抱ける対象は、同性なのではないか。その可能性を頭に置くようになったのは、日常の中でふとした女性の艶めかしさにどきりとしたり、ときどき夢に見る欲望の対象が女性であったことがきっかけだった。顔のわからない誰かと触れ合う夢を見るとき、その相手はいつも女性だった。 はじめてその夢を見た翌朝は、ひどく取り乱して跳ね起きた。世間では同性同士で結婚式を挙げる著名人のことが、ごく時折ニュースになったりしていた頃。けれどまだ、自分自身がそうかもしれない、と思うのには十分な根拠が必要だった。子供の頃から抱いていた、『男性と家庭を持ちたい』という願望とは別れがたかった。それでも、男性と触れ合うことが実際にできない自分への苦悩が事実として残った。 (中略) 自身がLGBTQ+であることを、臆さずに公表している人ばかりだと思うかもしれない。それはそういう活動やスタンスを選び取って実施している人しか、一般的には目につかないからだ。拒絶される痛み、受け容れられないことへの恐れ、望まない人にまで言いふらされてしまうかもしれないという不安。そういったものすべてと常に無関係ではいられないまま、セクシュアルマイノリティの当事者たちは日々を過ごしている。以前よりは息がしやすくなった社会で、それでもまだ怯えながら、窮屈さに耐えながら、ときには沈黙することで己を(パートナーや家族も含めて)守っている。

