君に捧げるトロイメライ 亜種聖杯戦争
- ¥ 400
第7回テキレボ初出頒布作品。 文庫サイズ。86P。 pixivにて「ファントム召喚聖杯戦争」シリーズ全文掲載 聖杯戦争でファントムを召喚した。 | 香月ひなた #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9509473 冊子とpixivの掲載順は異なります。 加筆修正あり。 ドイツ南部の町で行われる聖杯戦争。 復讐を望む少女が召喚したのは、ファントム・オブ・ジ・オペラだった。 ここに七騎のサーヴァントが召喚される。
本文
深夜、月明かりが窓からこぼれ落ちる部屋で、少女は顔にかかる長い髪を背中にやって、大きく溜息を吐く。もうすぐ、もうすぐ、復讐の時がやってくる。これはその前段階だ。彼女は赤黒く描かれた魔法陣を見て、うっそりと笑った。緑の瞳が部屋中に視線を向ける。そして部屋の隅に避けておいた布の包みから、割れた仮面と古びた本を取り出して、中央に設置する。今一度、陣に間違いがないことを確認して、陣の外から手をかざした。 「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ」 じんわりと魔法陣が光を帯び始める。 「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」 少女の声に呼応するように、光は強くなり、閉めているはずの窓はカタカタと音を立てる。 「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」 かざした手の甲が熱を持った。微かな痛みに顔をしかめながら、彼女は詠唱を続ける。 「──Anfang」 窓は一層大きく悲鳴を上げた。 「──告げる」 静かに言った後、少女は高い声を張り上げた。 「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うなら応えよ」 風は激しさを増し、嵐の如き様相だった。かき消されないように、彼女は叫ぶ。薄金の髪が暴風に踊る。 「誓いをここに。我は常世総ての善を成す者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーー!」 詠唱の終了と共に、目も開けていられないような光の奔流と暴風が彼女を襲った。腕で顔を、頭を庇う。やがて部屋に静寂が戻った時、陣の中央に、背の高い男が立っていた。装飾のついた燕尾服と所々が破けたマントを纏い、顔の半分を白い仮面で覆った彼は、少女と目が合うと静かに口を開いた。 「我が顔を見る者は恐怖を知ることになるだろう……お前も」 ベルベットのような滑らかで歌うように響く、低い美声。化け物のように醜い手。半分の白い仮面。よく見ると、足元は地面に着かず浮いていた。 「私の為に戦って、アサシン。あいつから全部取り戻すの」 夢見るように微笑みながら、少女は告げた。願った使い魔は用意できた。やっと、やっとあいつに復讐できる。大好きな父を殺し、聖遺物を奪ったあいつを。 サーヴァントはふと目の色を微かに変えた。 「君のためなら、クリスティーヌ」 ファントム・ジ・オペラは、言葉を返す。愛おしい者に言うように。 「いいわ!あなたの歌姫になってあげる!あなたの、クリスティーヌになってあげる」 可愛らしく笑いながら、彼女は言った。少女はこれから起こる血塗られた運命を思って笑う。やっと巡ってきた機会。今回の聖杯戦争には、あいつも参加するだろう。その為に、父を殺して聖遺物を奪ったのだから。復讐するのだ。あの男の目の前で聖杯を奪い取ってやるのだ。そして殺してやるのだ。 ふと、彼女は思い至る。己のサーヴァントに問いかける。 「あぁ、そうね。忘れていたわ。あなたの、聖杯にかける願いを聞いてもいいかしら?」 「聖杯に私は願う、君が最高の歌姫たらんと」 歌うように男は告げた。 「アメリア・クリスティー・カーストンがその願い、聞き届けました。契約成立よ」 これであなたと私は一緒ね、と令呪が宿った手を、甲が見えるように差し出す。 「よろしくね、私のアサシン」 ゆっくりとアサシンの手が伸ばされ、恭しく彼女の手を取った。 「はい、私の歌姫」 手を取ったまま、彼は静かに、そして優雅に礼をする。それは窓から差し込む月光と相まって、一枚の絵画のようにも、スポットライトを浴びた役者にも、彼女の瞳には映った。 ここに血生臭い契約は交わされ、復讐劇は今幕を開ける。二人を月明かりが照らしていた。