🎵「地下室の向日葵 / Sunflowers in the Cellar」
- Digital200 JPY

学生時代からの友人が、毎週映画の批評を送ってくれるんだよ。 その友人の批評はいつも、人間に焦点を当てたものでね。映画の技法や興行収入ではなく、スクリーンの中の人物が何を感じ、どう変わったかを、温かく、しかし鋭く書いてくれるんだよ。 今週届いたのは『ハムネット』という映画の批評だったよ。 「何の情報もなく観た」という出会い 友人は冒頭にこう書いていたんだよ。「何の情報もなくこの作品を観ました笑。それがだんだんとシェイクスピアの妻の物語であることがはっきりとわかってくると、俄然注目度はギアアップです」と。 その一文を読んで、私もすぐに引き込まれてしまったんだよ。 16世紀のイングランドの小さな村。薬草に詳しく、人を癒す力を持ったヒロインのアグネス。彼女は三人の子どもを育てながら、夫はロンドンで作家として大活躍している。その夫こそが、シェイクスピアだったんだよ。 息子ハムネットを、失った そして悲劇が訪れるんだよ。息子のハムネットが亡くなった時、シェイクスピアは不在だったんだよ。 友人はこう書いていたよ。「深い悲しみで嗚咽、絶叫するヒロインは狂気の如くです」と。 その悲しみの矛先は、不在だった夫シェイクスピアへ向けられる。「時代が変わろうと夫婦というものは、残酷な悲しみを相方に向けざるを得ないのは仕方がないことですが、ヒロインの凄まじい憎しみは簡単には癒えません」と友人は書いていたよ。 誰かを失った悲しみは、必ずどこかへ向かう。それが一番近くにいる人間への怒りに変わることは、残酷だけれど、とても人間らしいことだよ。 向日葵になった瞬間 🎵「地下室の向日葵 / Sunflowers in the Cellar」 映画のイメージから制作した音楽だよ。聴きながら読んでほしいんだ。 この音楽に歌詞をつけてみたんだよ。アグネスの心の旅を、言葉にしてみたんだよ。 薬草の瓶には埃が積もり、根はすっかり干からびてしまいました。 静寂へと消えゆくあなたを、癒やしの術で引き戻そうとしたけれど。 人生という川の流れは、私の力で操れるものではありません。 私の震える手よりも、冷たい土の方が息子を強く抱きしめているのです。 ああ、日が沈む時の心の地獄。 この亡霊のような村で、私は静寂に向かって絶叫します。 あなたはロンドンで不在、物語を追い求めていました。 私たちのハムネットが、灰色の闇へ滑り落ちていくその時も。 どんな火でも癒やすことのできない、激しい憎しみに私は焼かれたのです。 けれど、遠い地の頁の上で、インクは血へと変わりました。 あなたはロンドンの舞台の上に、私たちのための玉座を築いたのです。 世界に届く声を、あなたは彼に与えました。 苦しみの毒を、そして恐怖を、気高いものへと変えながら。 役者たちが頭を下げる暗闇の中に、私は座っていました。 そして今、この瞬間に、我が子の鼓動を耳にしたのです。 「生か、死か」という真実の姿を私は見つめ、 あなたに手を差し出し、私の若き日々を息子に捧げました。 今、陽光を浴びた向日葵たちが、川の流れを見守っています。 黄金の光が満ちる場所へ、私は前を向いて歩き出します。 赦しは朝、赦しは光。 私たちは暗い地下室を抜け出し、輝きの中へと足を踏み入れたのです。 ハムネットは家に戻り、世界には花が咲き誇っています。 私はこの愛を、悲しみの部屋の外へと連れ出しました。 眩い光の中へ。 起きることすべてが、人生という川の流れの一部なのです。 苦しみの中から、ハムレットが生まれた 友人はこう書いていたんだよ。「その苦しみの中であの名作ハムレットが生まれたと思うと、何とも言えない感慨があります」と。 私も少年時代にシェイクスピアの作品に感動させられた一人だよ。あの作品が、こんな深い悲しみと憎しみの中から生まれたものだとしたら、改めて言葉を失ってしまうよ。 受け入れることの強さ 友人の批評はこんな言葉で締めくくられていたよ。 「人生は川の流れであり、起きること全てを受け入れることによって、前を向いて歩いていけるのだということを教えてくれた傑作!」 私はこの映画をまだ観ていないんだよ。でも友人の批評を読んで、歌詞を書いて、もうすでに深いものを受け取ってしまったような気がしているよ。 どんな悲しみも、どんな怒りも、川の流れのように受け入れた先に、向日葵の顔がある。
