瞳水晶
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グラハムの幼年時代の捏造ノベルです。モブあり。 (サンプル) 木箱の中には柔らかく温かい色とりどりの毛玉が身を寄せ合って蠢いていた。 母猫は乳をせがむ小さな頭たちを愛おしげに腹へ寄せる。 ずっとその様子を見つめていた大きなペリドット色の双眸が幾度か瞬きした。 「なんでみんな柄や色が違うの」 しゃがみこんで覗く子供の後ろで煙草をふかしていた男が見もせずに答える。 「父親が違うんだろ。猫ってのは別の雄の子 供を一度に産めるんだとさ。器用なもんだな」 「じゃあ父親がいっぱいいるの」 「雄猫ってのは孕ませたらどっか行っちまうのさ。いろんな雌に仕込んだ方が、効率がいいだろ」 「ふうん、」 子供は再びまだ目が開いたばかりの仔猫たちを眺め、ぽつりとつぶやいた。 「それじゃ、おれと反対だ」 部屋の隅の木箱に衝立にしてあった板を元通りに立て掛け、子供は立ち上がった。 「帰るのかい」 「大家の婆さんに呼ばれてるんだ」 「母ちゃんが帰らないってんだろ。またどっかで囲われてるのさ」 「大事な話があるって」 「・・・・お前、母ちゃん好きか?」 子供は明るい緑色の目を幾度か瞬いて、無感動に言った。 「わかんないや」 男は嘆息し、電子煙草を取り出して吸った。 この界隈の非合法な賭博場でやりとりされる景品交換所の店番だ。客が来ない時はただ煙草をふかしたりテレビを見たりしている。小さな生き物には寛大で、寄り付いた子供や猫には菓子や食べ物など振舞うが、献身的に面倒を見るわけではない。ただそこに居ることを許容するだけだ。 「何でよりによってあんなに綺麗に生まれついたんだろうな。本気で所帯持つ気の野郎だっていくらでも居るだろうに、ふらふら、ふわふわと何考えてるんだか・・・いや何も考えてないのか」 男がふう、と何やら切ない溜息をつく。 「俺だって、お前の母ちゃんと寝たことあるんだぜ、」 「・・・じゃあ、あんたがおれの父親?」 「ばか言え、ずっと昔だ。最近のあいつは金持ちしか相手にしねえよ。トウも立ってきたし、玉の輿でも狙ってるんじゃないのか」 「タマノコシ、」 「お前を捨てて、金持ちの奥さんになるってことさ」 「・・・それなら。今だってあんまり変わらないよ」 子供は無感動に言った。さすがに男ははっとなってばつが悪そうに首の後ろを掻く。 「悪かったな。厭な冗談だった」 「・・・そろそろ行くよ」 「ああ、」 「また猫見に来ていい?」 「構わんよ。これ持ってくか」 男は戸棚から肴にしているらしいジャーキーを渡す。 「ありがとう」 「母ちゃんによろしくな、グラハム」 「帰ってきたらね」 子供・・・グラハムは扉から外へ出て行った。 明るい日差しに目を細める。 小雨が降って雨宿りに立ち寄ったのをもう忘れていた。もう晴れていた。濡れた坂道に陽光と青空が映って銀色に輝いている。坂道はそのまま郊外へ向かって長く伸びて彼方で消失していた。猥雑な街並みに青空が被さる。銀色の道は消失点で空へ合流しているように見える。 こんな景色を見る時、グラハムは心が浮き立ってこの道をずっと何処までも行きたくなるのだが、生憎と彼の住むアパートはすぐ曲がり角を折れて小路に入る。空も道も書き割りの景色でしかなかった。 名残惜しげに彼方へ視線を投げた瞳に青空が映っていた。そしてそれまでの子供らしい柔らかい顔つきからふと無表情に転じて、小路へ身を翻し建物の間へ消えて行った。