【肋角先生と獄卒乙女】少女心中(文庫版)
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全年齢向。獄卒乙女。文庫本サイズ。88頁。2015年のA5本の改訂版です。肋角先生は男性、獄卒たちは女学生です。『FILAMENT』のキャラはまだ不在です。女学生たちが心中について考える場面がありますが、全員生存します。 表表紙 Photo by Evie S. on Unsplash 裏表紙 Photo by Fletcher Clay on Unsplash
『卵の内側』全文掲載
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5182300
『少女心中』冒頭サンプル
「一緒に死にたい。」 佐疫の言葉が、斬島の心臓に冷水をかけた。 佐疫の声は、澄んでいる。冷たくて、心地いい。 斬島は即答した。 「うん。」 佐疫の指がわずかに震えた。 ベッドに並んで腰掛けた斬島の左手を、祈るように、両手で握っている。色白と言われる斬島より、白い。透けそうな手だ。 佐疫は、見ようと思わなくても、人のことも、自分のことも、よく見えて、先のことまで、見通せるようだ。不用意なことはしない。思いつきで、悪い冗談を言ったりしない。 ずっと先のことでなく。今すぐ。 誰でもいいのではなくて、佐疫は、斬島を選んだ。 斬島は優越感を覚えない。求められて、同じだけ応えたいと思った。佐疫は、斬島が断らないことも、予想していたのだろう。だから、言い出せなかった。それでも、言った。よくよく、思い詰めていたらしい。 佐疫の指が、手首に触れた。脈を測る看護師のような仕草で、手首を切ることを考えている。 桜貝の爪が、青い静脈をたどる。肌を伝う薄い痛み。 手首が押し当てられる。脈拍を伝え合うみたいだ。 初めて、香水をつけてもらった時も、こんなふうに、手首と手首をすり合わせた。甘い香りと体温が同化して、別個の膜が、一つに合わさった気がした。 バタフライキスという言葉を知って、ふたりで練習したこともあった。顔の側で瞬きをして、まつげで頬を撫でて、まつげとまつげを合わせて、くすぐったくて、照れくさくて、ずっと笑っていた。 あの頃より、佐疫は大人びて、香るようにほほえむ。 「『毒』って名前の香水があるの。」 「嗅いだら死ぬのか。」 「いいわね。」 甘い匂いの中で死ねたら、いいわね。 斬島は、遠足の時のことを思いだした。行き先に、蝶を飼う温室があり、香水をつけていくと蝶が集まるのだと、担任から説明された。 いつも香水を使っている平腹は、パッと明るい顔をして、田噛を見た。田噛はうなずいた。谷裂は、嫌そうな顔をした。動物は好きだが、虫は苦手らしかった。斬島は蝶が好きでも嫌いでもなく、蝶か、と思うだけだった。 遠足当日、[[rb:温気 > うんき]]に蒸された温室には、南国にいるような、派手な翅の、大きな蝶が、何百と飛び回っていた。 温室に入った谷裂は、やはり怖気立ったようで、木舌が連れて外に出た。 少女たちは植物を見てまわった。香りをまとう平腹と田噛には、髪に手に、何十頭と蝶がたかった。美しいというより不気味なほどだったが、平腹はおもしろがっていた。田噛は鬱陶しがっていた。 蝶が翅を開く。また閉じる。スローモーションの瞬き。 田噛はすぐに飽いて、平腹に腕を組んで凭れかかった。平腹は蝶に気をとられて、足元を見なかった。寄り添ってふらふら歩くふたりは、シャム双生児のようだった。翅を広げた一頭の蝶のようでもあった。 露台では、谷裂と木舌が姉妹のように睦まじく、温室の花譜を広げていた。めくる頁が翅に似て、ここにも花が咲いていた。 斬島の髪にも蝶がとまった。シャンプーの匂いが好きなのね。そう言う佐疫の髪にも、蝶がとまっていた。 花と少女の区別もつかず、蜜を求めて髪を吸う。 甘い匂いがした。 佐疫のベッドで一緒に眠った。指と指を組み合わせ、手首を繃帯で巻いている。縛るものではない。繋いだ手がほどけないように。おまじないのような繃帯だ。 血も出ていない。佐疫は爪をあてただけで、斬島を傷つけなかった。けれども、擦過傷を負ったようで、どこかわからないところが、ヒリヒリ痛んだ。 (略)