春の夜に降る雨は
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幻想短編集「春の夜に降る雨は」 収録作品 「春の夜に降る雨は」(初出・『樹林』vol.586 2013年在校生作品特集号) 「秋の真昼に舞う蝶は」(初出・『樹林』vol.619 2016年秋期号) 「沈める寺で」(初出・『樹林』vol.605 2015年在校生作品特集号) 「風の過ぎゆく」(初出・『樹林』vol.672 2021年春期号) ☆大阪文学学校の機関誌『樹林』に掲載された作品をまとめた一冊になります(書き下ろしではありません)。 ☆「沈める寺で」は第36回大阪文学学校賞受賞作です。 ☆クリックポスト(185円)にて発送します。 【書き出し紹介・内容紹介】 「春の夜に降る雨は」 だれかに睡眠薬でも服(の)まされたかのように、眠い。 脳みそが半分以上、とろけてしまっている気がする。気を抜くと体もどろどろと崩れ落ちそうだ。しかしともかく、今日の仕事は終了。僕はパソコンの電源を落とし、残業時間を記録簿に記入した。席を立ち、「お疲れ様でした」と言うべき相手を求めて辺りを見回してみたが、もうオフィスには誰もいない。皆、いつのまに帰ってしまったのだろう? …… 雨の降る春の夜、眠くてたまらない「僕」の帰り道。そこで出会った思いがけないものとは。 「秋の真昼に舞う蝶は」 昼食のトマトクリームパスタは、少し、塩辛かった。 僕はコップの水を口に運び、彼女を見る。彼女は空いた皿をトレイに載せて片付けているところだった。 彼女の部屋はマンションの十階。今日は秋晴れ、という言葉にふさわしい良い天気で、ベランダに面した窓から明るい陽射しがふんだんに入ってくる。道路を挟んだ向かいのマンションでは、どのベランダにも色とりどりの洗濯物がはためいていた。 …… 料理上手で優しい彼女。最近、不眠気味だという。そんな彼女を支えたくて僕はプロポーズをした。それなのに、どうして。 「沈める寺で」 よく晴れている。頭の上に青いペンキが滴(したた)り落ちてきそうな夏空だ。 今日は、あの人の葬儀である。 あの人というのは佐々木和久(かずひさ)、大学のサークルの先輩だ。――私が、好きだった人。 …… 大好きで大好きでたまらなかった先輩が死んだ。それは私が、かなわぬ片思いが高じて「死ねばいいのに」と願いと呪いをかけ続けていたから。そう思っていたのに――。 「風の過ぎゆく」 わたしは、もうずいぶんと長い間、この草原(くさはら)のただ中に倒れ伏していた。 昔のことは――生きていた頃のことは――おぼろげにしか覚えていない。 遠いところから逃げてきた、というのは確かだ。人目を避けて、暗い道を幾夜も走った。人通りの絶えた町中の道、宿場から宿場へと伸びる街道、険しい山道、ごうごうと川が流れる土手の道。 …… 遠い昔に体を失い、魂だけとなって「あのひと」が帰ってきてくれるのを待っている「私」。静かに眠るように過ごしていた「私」を、何者かが揺り起こす。