恋をしに行く
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A5サイズ/44P 臨空セイ主が映画を撮ろうとするお話。 ※絆レベルのネタバレはありませんが セイヤの既出星4・星5カードストーリーの 一部ネタバレを含みます。 発送はスマートレターでの発送になります。 ____________
以下本文サンプル
【ブレーキ甘めだから転んでばっか】 きらきらひかる おそらのほしよ まばたきしては みんなをみてる きらきらひかる おそらのほしよ あぁ、また私たちは。 私たちはたった2人で切り盛りしている儲からない探偵事務所の腐れ縁だったりする。 私が所長でセイヤはいつもどこから拾ってきたかわからない怪しい依頼を見つけてくる。 そうかと思えば、時には宝石商を騙して盗んだ金品を物資に変えて、貧しいスラムの子どもたちに届けるダークヒーローだったりする。 そしてウェディング会社のマーケティング部の先輩と後輩で、私が作成したミーティングの資料不備を彼が自然な流れでフォローしてくれる事もある。 しかし今回に限ってはこれまでとは比べ物にならない世界に私たちは存在した。 大量のうさぎが大きく跳ねながら私たちをひたすら追いかけてくるのでとにかく私たちは全速力で走りながら訳もわからず逃げるのだ。と、思えば隣で顔色ひとつ変えずに走るセイヤのオーバーオールデニムの後ろポケットににんじんが刺さっているのが見えた。 「セイヤ!それ!後ろに投げて!」 そのせいでうさぎが私たちを追いかけてくる! そこまで言わずとも伝わるかと思いながら息も絶え絶えになんとか声をあげ、後ろのうさぎたちに目をやる。 何百、何千羽にも見えるうさぎの猛突進はさながら恐怖のパレードだ。 すぐにセイヤに視線を戻すと私は今度は別の特出した異変にさっと気づき、今度はセイヤから目が離せなくなる。 「嫌だ。これは俺のだ」 セイヤの耳には真っ白なうさぎの耳が生えていたのだ。人型のうさぎはしれっと私の全速力に合わせながら、まだまだ余力を感じさせる走りでポケットのにんじんを雑に掴み齧った。 普段なら滅多に聞けないだろううさぎたちの鳴き声が背後からきゃいきゃいと騒がしく私たちを威嚇して、さらに恐怖のパレードは加速した。 その白いもふもふの雪崩に私たちは飲み込まれそうになる。 「起きろ。起きるんだ」 「………ッ」 バチン。 視界が一瞬暗転する。 先ほどまでの景色は消え去って、今私が背中を預けているこのベッドの感触は、紛れもなく私の家だ。 「酷くうなされていたから起こした。悪夢を見続けるぐらいなら覚醒させてやったほうがいい」 私が自身の状況を飲み込むよりも先に隣で昨晩一緒に眠っていたセイヤが言葉を連ねる。 「あ、りがとう……今、何時……?」 「3時だ。まだまだ陽はのぼらない。俺たちが眠りについたのは1時半ごろ。ちょうどあんたはレム睡眠の最中だったはずだ」 セイヤが指で指し示すベッド脇のサイドテーブルにある電子時計の文字列を自分の目で確認した。それは闇夜の中でも薄らと時間が浮かび上がるように設計されている。 「どんな嫌な夢を見たんだ?それとも怖い夢か?」 「うさぎ……たくさんのうさぎに追いかけられて、一緒に逃げてたはずのあなたもうさぎになってしまって……」 ふっ、と彼の笑う声がする。 「響きだけなら随分とファンシーな夢だ。その続きを願くば見ないように、もう一度きちんと寝よう」 「セイヤのことまで起こしてしまうなんて……ごめん」 「構わない、元からあんたは昼夜逆転気味だし不眠の気もあるのは理解している」 どの口が言うのってセリフだけど、今の私に何かを言う資格はない。 セイヤが私に掛け布団を丁寧に掛け直してくれて、その後に頭を撫でてくれた。 「今度、その摩訶不思議な夢たちをこれ以上みないようにたくさん一緒に映画でも観て上書きをしよう。映像から与えられる刺激で変わるかもしれないだろ」 それはデートの口実にも受け取れた。 セイヤの言葉を心の中で思い描く。 2人で映画館に行っている様子だったり、お互いのどちらかの部屋でシアターコンテンツをスクリーンに映して眺めている様子だったり。 それらは頭を撫でられている内に、再び睡魔の奥に溶けていった。 ◇◇◇ 「恋愛映画は嫌だ」 ソファに背を預けながらきっぱりと私は突っぱねた。 無計画だった土曜日、起き抜けに私たちはほぼ昼食と言えるような朝食を軽く済ませて午後から出かけることが決まり次第、セイヤから映画を観に行こうと提案されたのだった。 セイヤは今流行りのタイトルを口頭で羅列していたところに、少しだけ面食らったのか隣からこちらを見る。 「もしそれでまた悪夢になったら?私はセイヤとのトラウマを勝手に自己生成する機械になっちゃうよ」 「恋愛映画を観たら俺が夢に出てくるのか?」 セイヤは少し口角を上げながら再びこちらを見る。 聞かれた私はすかさずしまった、と思った。 「……た、たぶんそうなの!そもそもああいうのは感情移入して楽しむコンテンツでしょ?だからたぶん……そうなの!」 「そんなに耳を赤くしながら言い訳を探さなくてもいい」 相変わらず部屋のソファに座る私のおでこにセイヤがキスをしてから立ち上がった。 「なら恋愛映画以外だ。コメディならいいんじゃないか?」 「……うん」 何も言い返せない私はおでこを片手で押さえながら続けて立ち上がる。 すぐそこの玄関に向かうまでの距離でさえセイヤが私の手を引いた。そんなことひとつで胸がきゅっと締まる。 玄関を開けてエレベーターで移動する間、彼は普段通り静かだ。沈黙が怖いわけじゃない、彼は言葉が多いタイプではないし珍しいことではないけれど隙あらば眠そうにするのだけは注意しておかないと。 とはいえセイヤとホームシアターを観ているときに彼が寝てしまったことなんて1度もないけれど。 マンションから出る自動ドアを抜けると、春の風が新緑の香りを乗せて頬を掠めた。 雲一つない青空が、さっきまで室内にいた私たちには少し眩しすぎるぐらいだ。 目指すのは自宅近くの最寄りのショッピングモール。私たちのマンションの立地の良さには日々感謝している。 そこにさえ行けば臨空市で売っているものの9割は手に入っちゃうんだから。 歩道沿いに真っすぐ歩いて大きな十字路に着いたらそこの信号を渡って右に曲がったら直進すればいい。 「コメディものってセイヤ観るの?」 「……観たことはあるが、自分からはあまり選ばないな」 「例えばセイヤがコメディアンたちの芸を見て笑ってるところなんて想像できないよ」 「でもあんたはこの前俺が好きだと言った漫画を子ども向けのギャグ漫画だと笑った」 セイヤが話をしながら思い出したかのようにむっと口を噤んだ。 「ああ!あの話ね。あれはもう30年以上連載の続いてる……言わば『小学生男児向け』の漫画だもん。びっくりしちゃったよ、私も小さいときに何回か読んだことがあるぐらいだけど……」 成人してもあれを読んでいて新刊を楽しみにしているなんて、これまで周りでも聞いたことがなかったんだもん。 セイヤからじめじめとした視線を感じたところで私は再び口を開く。 「確かにその話で言えばセイヤはコメディを楽しめる素質は充分にあるね。あなたがどんな芸で笑うのか、今度コメディアンショーに行ってみたいよ」 「それはいいな。実は1度も行ったことがない。大手コメディアン会社の専用劇場があることは知っているが」 そんな他愛もない話をずっと続けていた。 最近はお互いに次はどこに行こう、あそこに行こうと言い合うのが日常会話の中にすっかり溶け込んでいた。 初対面の時なんかぶっきら棒というか、全く何を考えているのかもわからなかったし特にこちらだってわかろうとも思ってなかったのに、今ではこんなに良い意味で関係が変わったことは素直にうれしい。 些細な表情の機微が少しずつ読み取れるようになってから、彼自身の表情は日が経つにつれ柔和になってきた気がする。 今も私のとなりで簡単に笑ったりする。何故かはわからないけれど最初の時より肩の力が抜けているようにも見える。 「ポップコーンや飲み物は何にする?」 話をしている内にショッピングモールの中にある劇場ロビーに着いた。 セイヤがポップコーン売り場に目をやって尋ねてくる。 「ポップコーンはキャラメルで飲み物はミルクティーがいいな」 その返事を聞いたセイヤは先に電子チケットの手配をし始める。 劇場の入口に上映映画一覧が大きな電光掲示板に羅列されている中、一際目立つコメディ作品があった。それが目に留まったとき、ちょうどその作品と思われるPVがロビー内の頭上の巨大スクリーンに映され始めた。 セイヤはふと視線を上にあげて「あぁ、これだ」とつぶやいてる。 「待ってセイヤ。本当にこれ観るの?」 あらすじの映像が巨大スクリーンに映されているものを私はすかさず指差した。 『俺は普段通り学園生活を送っていたはずが……気が付いたら周りにはマンモスがいて!?もしかして……ここって原始時代ーーーー!?俺ってどうなっちゃうのーーーーー!?』 スクリーンから主人公の悲痛な叫びがキンキンに映画館入口のブースに響いている。 セイヤやめよう。最近ありがちな転生モノだよ脚本もほとんど使いまわし……そう言いかけた瞬間、セイヤはスマホで決済を済ませていた。 「買っておいたぞ」 こちらを不思議そうに見る姿はまるで粗相をしたことに気づいていない子いぬのようだった。 私は頭を抱えそうになるも、とりあえずさっき言おうとした言葉は1度飲み込む。 「今ここでやってるコメディ作品はこれだけ?」 「ああ?そうらしい」 電光掲示板に映し出された上映時間は84分。 120分とかじゃなくて良かったとだけただただ思いながらポップコーンの販売カウンターに向かおうとすると、セイヤが私の手を取った。 「待て、嫌だったか?」 「違うよ」 きっぱり答える私の様子を見てセイヤは少し考えるように黙ってから、再び話し出す。 「その顔はなんだか違和感がある」 「食わず嫌いはダメだなって自分を律しているところなの!」 「やっぱり嫌だったのか、言えばすぐに変更した」 セイヤが申し訳なさそうに目を伏せた。 「ちがうちがうさっき言った通り!体験したことないジャンルだから気にはなってるよ!セイヤは飲み物何にするの?」 間が悪い。無理やり話を変えて今度はこちらが繋がった手を引いてセイヤを無理やり販売カウンターに連れていく。 セイヤは躓きそうになりながらも黙ってそのまま 「キャラメルポップコーンのMサイズをひとつと、ミルクティーをひとつ」 「ミルクティーは2つで頼む」 私が注文しているところに割ってセイヤが注文をした。 彼がまた支払おうとするのでチケット代は出してもらってるからここは私が出すよ、なんてやり取りをレジ前で行った後に受け取るキャラメルの香ばしい匂い。ポップコーンを手にして初めていつも映画館に来たって感じがする。 「なんでセイヤもミルクティーにしたの?」 「飲み物も同じにして2人でこの空気ごと共有したかった」 さも当然のように彼はそう言いながら紙カップに刺さったストローに口をつける。 う。好きだ。そういうことを恥ずかしげもなく言うところ。 そういうところが好きで好きで、だからせっかくのデートを変な空気にしたくない。 私たちは真っすぐ劇場への開場ゲートに向かった。 映画館の席を取るのってその人のセンスだったりこだわりが出ると思うけれど、彼の席取りのセンスは至って月並みな上下左右の中央に位置する席だった。 大きなスクリーンのシアターに対して、私たちが早く入場しすぎたせいか元からのチケット販売の売れ行きからか人はまばらですんなりと席に座れた。 スクリーンにはこの映画館の会員になるとこんな特典が~などと映画館独自のCMが何種類も映されている。 座席について手荷物を整えた後、すぐにポップコーンに手をつける私を見てセイヤが笑った。 気恥ずかしくなったのを隠すように何でもない顔で「どうぞ?」と声をかけてセイヤの口の前にポップコーンを突き出す。 そのまま彼が小さく口を開いて、指先に彼の唇の感触が掠めていった。 そう、繰り返しになるけれどこんな風に私たちは今まさにデートをしているんです、という空気を壊したくなかった。 それが保たれていたのは上映時間になるまで───いざ映画が始まればやはり私の想像通り、ありがちな設定と使いまわしのような脚本で人気の俳優やアイドルを起用しているから話題になっているだけの作品。監督も聞いたことのない名前だ。 コメディ映画と謳っていても、素直に笑えるような箇所はあんまりなくむしろ観てるこっちが少し恥ずかしくなってしまう。 ふとセイヤのほうを見ると、これもまた予想通り。彼はしっかりと頭を下げて眠り込んでいる。 エンドロールに入ったときにその肩を叩いた。1度では起きず何回目かでやっと顔を上げてこちらとスクリーンを交互に見る彼の顔にははっきりと「しまった」と書かれていた。 目をこすりながらシアターをあとにするセイヤは懲りずにあくびをひとつ。 「上映前にあんたが言わんとすることがわかった……」 「今日勉強になったのは、飽和状態になっている異世界転生モノには気を付けよう!だね。サメ映画ぐらいもう信用できないよ」 「その例えがしっくり来るな……サメ映画はマニアにはたまらないだろうが今や何でもアリでうんざりだ」 セイヤが珍しく大きく頷いた。 定期的に2人で観るホームシアターで私たちの間ではサメ映画は所謂「出禁」扱いになっている。 例えサメが宇宙から飛来してくる設定だろうが、サメが海など関係なく陸地である市街地を破壊する大怪獣のような設定だろうが、そこまで開き直ったものだと少しは気になるけれどもはや手をつけないジャンルだ。 「じゃあ、二次会をしない?」 「別の作品のチケットを今から買うか?」 「ううん、ホームシアターでちゃんと実績のあるコメディ映画を観るの!」 半歩先に歩いていた私が後ろを振り返って笑顔でそう言い放つと、彼の表情がわずかに緩まって再び私の手をとって繋いでくる。 「今日はこっちに泊まるか?明日は家に籠っているのなら明日の分まで買い出しをしよう」 「じゃあそうしよっかな、でも夜はピザが食べたい」 「それは後でデリバリーを頼もう」 とんとん拍子で決まる今夜と明日の予定。それは好きな彼との幸せの象徴のような、贅沢な会話だった。 私たちは特に示し合わせた訳でもないのに、真っ先にショッピングモール内のお菓子専門店に向かった。 ◇◇◇ 「はーーーー面白かった!でも最後はちょっと泣きそうになっちゃった。あんな風に緩急がちゃんとある作品は久々に観た気がするよ」 帰宅して少し2人でゲームをした後にスマホで調べた“コメディ作品名選5選!”の中のひとつを楽しんだ。 昼間に映画館で観たものの数百倍は面白かった。最初からこうすれば良かったんだろうけど、ここ最近お家デートばかりになっていた私たちは近場と言えども久々に外に出るデートができたのは、私たちの関係ごと気分転換できたと思う。 大きく伸びをしながら立ち上がって部屋の照明をつけようとした手をとなりに座っていたセイヤが掴んで止めた。 「満足したか?」 「うん!」 立ち上がったばかりの足は、セイヤに手を引かれたことでまたすとんとソファに沈んだ。 それを確認したとなりから私の肩に手が伸びてくる。ぐっと抱き寄せられて私の顔は彼の肩に自然と押し当てられる。 「なら風呂の準備をしてくる。着替えは俺のTシャツでいいか?」 頭上から聞こえる彼の声。ふと気になって彼の心臓に手を当ててみたけれど、心臓の音は彼の声色と同じぐらい緩やかだ。 「今日はシャワーでいい」 「そうか?」 セイヤがあんまりにも余裕があるのがちょっと悔しくなって言っちゃった言葉だけれど、言ってから結局後悔する。 「……明日は一緒に入る」 「あんた明日も泊まる気か?」 「どうせ月曜の出勤時間は同じだし……」 もごもごと話しながら彼の肩にどんどん沈んでいく私の頭は、その内向こうの大きな手によってやさしく撫でられる。 「冗談だ、あんたと一緒にいられるならうれしい」 彼の体温を感じながら抱き寄せられて与えられる安堵がこの上なく気持ち良い。 この世の全てのストレスだとか悲しい事だとか辛い事だとか、彼の体温が全部あたたかく浄化してくれる気がする。 「……今日眠ったら変な夢を見なさそう」 抱き寄せられていた手の力が緩まる。身体が自由になったタイミングで私から彼にキスをした。 軽く触れるだけのキス。唇と離すと彼の真っすぐな視線を受ける。 瞬間、その意表を突くかのように私は彼を抱きしめて、その勢いのまま自分の体重を使ってセイヤをソファに押し倒すことに成功した。 「あはは!やっぱりもっと鍛えたほうがいいんじゃない?」 「狙いを定めて飛びつく猫のようだった……」 「クラッキングもしておけば良かった?」 軽快に笑う私に困り顔のままのセイヤはお風呂場のほうに視線を逸らす。 「いい、俺は獲物じゃない。シャワーに入るなら先に入れ」 さっと彼を解放してあげた私は今度こそソファから立ち上がった。 今日ぐらいは変な夢を見たくないなぁ、と再度思いながら。 お互いにシャワーを浴びたあとは帰ってきた後にやっていたゲームの続きをやった。 同じ画面で2人プレイが可能のシューティングバトルだけど通称鬼畜ゲーということで有名な作品だった。 私が足を引っ張ってしまうことが多くて1つのステージをクリアするだけでも何度も繰り返して30分も40分もかかる。 「ダメだ、集中力が切れてきた。今自分が何をしているのかわからなくなってきた」 ゲームオーバーが何十回と続いてた頃、私はようやくリスタートを押さずにコントローラーをテーブルの上に置いた。 「それは目が回ると同義じゃないか?今日はもうやめよう」 セイヤが心配するように問答無用でゲームの電源を落とす。 「もうちょっとだけ!5分休憩したら続きをやろう!……って。えっ!」 セイヤは何も言わず、ソファに座ってごねる私の足から全身を掬って持ち上げてしまった。お姫様抱っこはこれで何回目かわからない。 「さっきもっと鍛えろとか言ってたな。それはあんたのほうなんじゃないか?」 「根に持ってたの?」 顔を見上げようとする前にベッドの上にやさしく降ろされた。 「お姫様抱っこできないぐらい鍛えて体重もついていいの?」 ベッドルームの照明を1つずつ消していくセイヤは少し考える素振りを見せるも、 「どんなあんたでも構わない」 と、特に何も気にかけない様子で答える。 たぶんあの顔は本当にそうなんだろう。私は返す言葉がなくなった。 「そんな事よりもう寝る時間だ。さっきまでゲームで気が張っていたから眠気はまだないだろうが」 「その通り。だからセイヤが寝かしつけて」 まるで羽根が降ってくるみたいにふんわりと掛け布団をかけられている中、私は暗い室内にまだ目が慣れない状態のまま投げかける。 「添い寝はもちろんだが、子守唄かおとぎ話か……」 となりにセイヤが潜ってくる感覚がベッドの沈み方からわかる。 「待って、私をそれで眠らそうとしてる?」 「この前はそれで眠った」 「違うよ!あの時はマッサージもしてくれてたでしょ!」 思わず大きな声をあげてしまう。 しかし自分で言っててどれだけ自分が手が掛かるのかと思い直して恥ずかしくなった。 「やっぱり1人で勝手に眠れるよ、そんなことまで気にかけてもらうのも何だか恥ずかしいし」 「そもそもずっと不眠気味だと言っていただろ」 暗闇の中でも明確にこちらが見えているような手つきで向かいのセイヤが私の頬をそっと撫でる。 「もうその状態にも慣れちゃった自分がいるの」 それは嘘ではなかった。 もちろん寝付くまでに時間がかかるのは厄介だけれど、私は中途覚醒がない分1度眠れてしまえばいいのだ。 でも1人の時よりセイヤといる時のほうが眠りにつきやすいというのも本音。 「だから手を繋いでいてほしい」 頬を撫でていた手が静かに滑り落ちていく。それはすぐさま私の手と重なって繋がった。 今日はお出かけもしたし、眠りにつくのは早いほうだと思いたいんだけどな。 目の前のセイヤからは数分とも経たないうちに寝息が聞こえてきた。私と正反対のセイヤを羨ましく思ったことはあるけれど、常に眠たいのはご免だから不眠か過眠という究極の二択なら私はきっと不眠のほうを選ぶんだろうな。 そんなことをつらつらと考えている内に、セイヤの寝息があくびのように私の眠気を誘ってくれていたのか、やっぱり1人で寝る時よりも早く私も眠りにつく。 夢の中の私は相変わらずだった。 今日の夢は私とセイヤがテーマパークのパレードダンサーで2人は恋仲だ。 だけれどそれが熱心な私のファンに発覚したことでSNSは炎上するし、退勤後に待ち伏せされて問い詰められたり私生活を盗撮までされるような生活が続いて、いつの間にか私はパークに出勤するのが怖くなってそのまま行けなくなってしまったところで目が覚めた。 エンターテイナーとしての死を見るような夢だった。 セイヤ曰く昨日のように特にうなされた様子はなかったようだけれど、夢の後味はいつも通り悪いままだ。 また今日もベッドから起き上がるのは午後になってからで、また昼食兼朝食を2人でとる。 昨日買ったソーセージと卵を焼いて、セイヤにはパンの準備と食器の準備をお願いした。 フライパンから立ち込める食欲をそそる匂いに我慢できないセイヤが私のとなりにぴたっとひっついて来た。 万が一を考えて危ないからすぐに引っ剥がして、出来上がった卵焼きたちをお皿に乗せていく。 2人で食卓につくと昨日の夢も大概良くなかったことを伝える。大概どころか、かなりだけれど。 一頻り私の話を聞いた後にしばらくセイヤは黙っていた、いや思考を巡らせていたが正しいのかもしれない。 フォークを1度置いてからこちらを見る。 「なら今度は逆行してみないか?」 セイヤはこれは自然な流れだとでも言うように話し始める。 「逆行?」 「俺たちは映画を観るんじゃない、映画を撮るんだ」 訳がわからず瞬時に目を見張った。私のほうは無意識にフォークを置いてしまっていた。 「……本気?」 「ホームビデオ感覚で気軽にビデオを回せばいい、それをオムニバス形式にしてあとは編集でどうにかなる。最初と最後だけは決まったものを撮ろう」 私はしばらく黙ってしまった。 そんな提案が出てくるなんて思ってもいなかったという驚きと、その未体験のゾーンに踏み出す好奇心とで心は少し騒がしくなっていた。 「ファンタジーを摂取するのは一旦やめよう。あんたが夢に見る頓痴気なものなんかじゃなく、実生活の地続きにあるものを撮るんだ」 「……あなたの言いたいことはわかったよ。でもそれがどう影響するかはわからないけどね」 セイヤは再びフォークを手に取りながら私の感触が悪くないことを察して話を続ける。 「夢の中でもそうだが……この映画の中でもあんたが主人公だ、悪夢のストレス発散にはなるんじゃないか?」 「そうかなぁ……でも何で撮るの?まさか専用のマイクとかカメラまで用意する気?」 セイヤはそこでふっと笑った。何だか嫌な予感がする。 「俺が何故この提案をしたのか……あるんだ、一眼レフカメラ。なんなら三脚までついてる。あれは動画撮影も可能なんだ」 「なんであなたがそんな旧式のカメラを持っているの?」 私の関心は彼のことでいっぱいだった。彼はいつも突拍子がないし、もしかしたらもっと古いフィルムカメラも持ってそうだ。セイヤはやたらと前時代的なことに詳しいし、そう言ったご高齢のご友人も多いみたいだし。 「古いカメラ屋の友人が店を畳むからとこの前俺に譲ってくれたものだ。使い道を考えあぐねていたが……今やっと思いついた」 向こうの表情は素直にうれしそうなものだった。 セイヤの会話の内容は大方私の想像通りだった。しかし相変わらず謎である。 「あなたの友人関係は本当に謎ばっかりだよ……それにあなたの発想もいつも謎」 「それは誉め言葉か?」 「どうだろうね」 私はにっこりと笑ってごまかした。 「えー、えー、えーと。こんな前置きやっぱり必要!?」 昼食兼朝食が終わってセイヤは普段は使っている様子のない部屋からカメラと三脚のセットを持ってきたのだった。 すでに撮影ボタンを押した後に言うセリフではないが、三脚に立てたカメラに向かって私は戸惑いを隠せない。 「わざわざカメラまであるんだ、旧式だが」 「やっぱりダメ!急に無理だよ、言おうとしてたこと飛んじゃった……」 カメラの向こうできちんと映っているかを確認しているセイヤの前で、がくんと頭を下げる。 これはセイヤがさっき言っていた編集で一番最初にくる部分の撮影だ。 「はは、そうだな。俺たちは台本すら用意していないのにこれから映画を撮ろうとしている、ということはこれで伝わった」 私の姿を見て笑っているということは撮影に不備はどうやらなさそうだ。 「笑ってる場合じゃないよ!一旦消すから!」 本当にこんな調子で大丈夫なのかとひたすらに不安を感じながら私は思い切り撮影ボタンをもう一度押して無理やり止めた。