「百合×酒」テーマアンソロジー『百合酒々のすべて』
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《第4回百合文芸コンテスト Pixiv賞受賞作収録!!》 「私は……いくらでも、いくらでも私の組織をつかってもらっていいですから」 化石燃料を失い、小惑星からエタノールを生成することでエネルギーを獲得するようになった人類。孤立無縁の宇宙船の中でその義務をまっとうしようとする姉妹は、意志を持った微生物と微小機械の集合体・宇宙酒造微生物叢を開発していた――産業に搾取される少女たちの悲劇を綴った「空っぽの惑星酒」から続く3編のアンソロジー。官僚組織から脱落した少女が辺境惑星のバーで出会う角っ娘とのロマンス「ブルームーンに憧れて」。泥酔の末に勢いで彼女の妹の髪を刈り上げたことで関係を破綻させた女の冬の逃避行「ドラゴンタトゥーの超でかい女」。怪しげな花の薫香が酩酊を誘う「百合×酒」がテーマのアンソロジー。 【収録作】 空っぽの惑星酒 - 鳥原継接 ブルームーンに憧れて - 空木賢一 ドラゴンタトゥーの超でかい女 - 寒川ミサオ ------------------------------------------------- 【空っぽの惑星酒 - 鳥原継接】 グラスを傾けながら、エコは話した。 「ぽんこつな舌だけど、本社の広報を代表するお酒のアイドルってやつだから、思うところはあるんだ。お酒って、色や味や香りだけじゃなく、シチュエーションでおいしさって変わるんだよ。楽しかった場所や一緒にいてうれしいひとと飲んだお酒はおいしくて、はじめは不味くて飲めなかったお酒も、楽しい場所で繰り返し飲んでいたらだんだん飲めるようになっていったり、楽しくない場所だとその逆もあったりして。味や香りは、記憶と大きく結びつくんだ。だから、おいしいお酒を飲む時って、楽しかった記憶を思い出して、一緒に飲んでいるんだとあたしは思う。懐かしさって言うのかな、素敵な思い出のぼやぼやした輪郭を砂糖みたいに自分でお酒に溶かしてる感じ。お酒って思い出をきっと飲んでいるんだよね。私がお酒の味もあまりわからないのも、そういうお酒のしあわせな思い出があんまりないからなんだろうな」 エコがふっと笑った。「いまの、正直アキを試しちゃった」 「え?」 「お酒飲んだら、思い出すかなぁ、って」エコはアキの泣きそうな顔を見た。「ずるいよね。忘れられなくて、本当にごめん。追い詰めるつもりじゃなかったんだ……」 「申し訳ありません……ごめんなさいエコ……」 エコがアキの頭をなでる。エコはなでながら、天井を見ていた。 「私はなんでもします。エコのためなら、なんでもです」 「知ってるよ。だからあなたは……」 ------------------------------------------------- 【ブルームーンに憧れて - 空木賢一】 「……なんでそうなるかなあ。私の家じゃイヤ?」 シオンさんの拗ねたような表情に、思わず「へ?!」と間抜けな声が出ました。いま聞こえるはずのない言葉が聞こえたような気が「イヤなの?」「イヤじゃないです!」 脊髄反射で答えてしまいましたが、つまり、期間限定とはいえ、推しの家に居候するということですか。 え、私の人生に何が起こった? バグ? それから私が半ば夢うつつのような状態になっている間に、空き部屋に居候スペースがあれよあれよと言う間に作られていき、シオンさん自ら生活必需品を買いに行ってくれて、気がつけばもう住める態勢が整っていました。 なぜシオンさんがこんなにも乗り気になっているのか全く見当もつかないのですが、しかしとても楽しげな様子に水を差すこともできず、私はただおろおろと見守ることしかできませんでした。 正直、嬉しい気持ちはあります。ただ、それはもっと店の外でも遊べるくらいに仲良くなって、その後にようやくお互いの家で遊んだりとか、そういう形で達成するものであって、こんなラッキーに達成したいものじ ゃないわけです。それに、自分の今後がかかっている危急な状態というのが、また素直に喜べない要因で、なんとも複雑な気持ちです。 ------------------------------------------------- 【ドラゴンタトゥーの超でかい女 - 寒川ミサオ】 あたしは1年間かけて仕事を探し、何の興味もない輸入食品の会社でカイシャインになっていた。すぐにドロップアウトして、フリーターの身分に戻った。経験もないのに責任感を持てと責められる社会人生活は、精神を摩耗させるものがあって、元々悪かった頭の回転がより一層悪くなった。残業や休日出勤も日に日に多くなり、憂鬱でどうしようもなくなる日も増え、それをアルコールでごまかそうとすると、次の日が駄目になる。それを体調不良だと押し切って会社をサボることも珍しくなくなり、場合によってはアルコールで《喝》を入れて出社する。頭の中はネズミ色よりも暗い灰色に染まってゆくのに、脚は会社へと向かい、電車に揺られている。そんな日々を繰り返し、ちょうどぴったり1年後に脚が止まった。そもそも何がしたかったのか、これからどうなりたいのか、何もかもがよくわからなくなってきた頃、自分がアルコールで痛覚を麻痺させ、「毎日」という現実に耐えるだけの存在になっていたと気づいた。 そして、病んだ感情は五月の黴のように空気に乗って広がるものなのかもしれない。