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A5/P24/¥700/クル監 【本文より】 午後三時の魔法薬学室に差し込む陽はまだ眩しく、けれどそこには確かに穏やかな時間が流れていた。 彼女の指先が蔓草で編んだ揺りかごに触れ、マンドラゴラの寝息が僅かに途切れる。 その柔らかな静けさに、クルーウェルは読んでいた本から目を上げた。 振り返る彼女の視線の先で、彼は、ふ、と小さな息をつく。 瞬き。 歩みを緩めた時の中で、本から離れた指先が、彼女を誘うようにそっと唇をたどる。 彼の前には、ほんのりとピンク色に染まった淡い琥珀。 その内側で、カラン、と氷がグラスを打つ。 ローズに似た華やかさの奥に残る、少し甘みのある香り。 初めて嗅ぐ、けれどどこか懐かしさすら感じるそれ。 一年かけてじっくりと育てたものだ。 この自家製の酒は、『ウメシュ』というらしい。 アプリコットベースの果実酒……というのが正確かどうかは脇に置くとして。 彼女の故郷のものは、青い梅で作るのが普通だという。 だから通常、こんな色にはならないらしい……のだけれど。 流石に、この世界に存在するかどうかもわからない『それ』を探すことはできないため、比較的簡単に手に入る『ヒメプラム』……『悪戯姫のアプリコット』と呼ばれる果実で代用している。 そのヒメプラムも、マーケットで手軽に買えるようなものでもないのだが。 ヒメプラムの実は硬く、酸味が強い。 そのため、この世界ではあまり食用にはされず、魔法薬の原料として使われることが多いのだ。 たとえば、一年生で習う血止め薬には、ヒメプラムの葉を刻んで入れるし、二年生で習う熱冷ましの薬には、乾燥させたヒメプラムの実をすりつぶして使う。 つまり……だ、 このヒメプラムがナイトレイブンカレッジの植物園で栽培されているのは、ある意味必然のなりゆきなのである。 『大きめの硝子瓶を用意する』 『ヒメプラムと氷砂糖を同量ずつ交互の層にして、それと同じ量のホワイトリカーを注ぐ』 『半年から一年、冷暗所で寝かせておく』 『寝かせておく間、時々それを混ぜてやる』 というレシピには、流石にクルーウェルも「正気か!?」と口走ったものだが。 しかもそれが、一般家庭でごく当たり前に作られている、というのである。 では、酒に関する法律が緩いのだろうか、といえば、飲酒が許されるのは二十歳からだという。 …………ともあれ。 去年の初夏にひっそりと仕込み、ようやく飲み頃になったそれは、彼女の記憶にあるものとは違う、淡い恋の色をしていた。 【一部抜粋】