1946にノーベル生理学・医学賞を受賞したアメリカの遺伝学者ハーマン・Ｊ・マラーは、学問・スポーツの分野で実績ある人々の精子だけを集めた精子バンクを提唱し、1964年、富豪ロバート・グラハムによって実現された。 　「望む分野の優れた遺伝子をみずから選択し、生まれてくる子の父とする」――その理想のもとに生まれた子供たちは、しかし、誰一人として本当の天才性を示すことはなかった。 　2020年現在、ヒトゲノムの全塩基配列が解析され、それぞれが果たす役割が明らかになりつつある。やがて人間の形質を決定するひとつひとつの要素を選択し、生まれてくる子供をデザインできるようになる日も来るだろう。 　そのとき人間は、生命倫理や過去の失敗を前にしても誘惑に抗うことができるだろうか。そして、科学でメッキされた銀の匙を持って生まれてくる子供たちは、本当に幸福で完璧な存在として生を受けることができるのだろうか。