【ワートリ腐】触れた唇【カゲ鋼】
- 600 JPY
A6(文庫サイズ)/48p/500円 ――また別の日、ボーダー本部では、B級ランク戦の傍らで個人(ソロ)ランク戦も行われている。B級ランク戦で士気が上がっているこの時期は、特に多くの隊員が個人ランク戦室に密集していた。村上は一通り影浦を探した後、諦めて彼の作戦室へ向かう。 「……」 本部からの緊急招集で影浦が呼び出され、その時の忘れ物を届けるだけのはずなのだが、村上は扉の前であと一歩が踏み出せないでいる。 「……よし!」 何かを決意して扉を開けようとした刹那、偶然にも勝手に扉が開き、影浦本人が私服で出てきた。 「わ! お疲れ、カゲ」 「お……おぅ……」 どうやら気付いていたらしい。影浦は、村上の顔を凝視した後、居心地が悪そうに頭を掻く。村上は努めて平静を保ちながら、忘れ物の入ったビニール袋を渡した。 「ほら、机にかかってたお昼。あのままじゃ傷むだろうから、持ってきた」 「……おう。あ、りがと……」 影浦は村上の表情が気になるようで、時折不自然に眼が泳いでいる。雰囲気を脱却したいのか、村上はもう片方のお弁当袋を目線に掲げて影浦に提案した。 「オレも、昼、食べてないんだ。一緒に食べないか?」 「ん……じゃあ、入れよ」 影浦はビニール袋の中を確認すると、村上が予想していたよりもあっさりと作戦室の中へ案内した。作戦室の中はしんとしていて、普段は我が家のように住み着いているオペレーターの仁礼の姿もない。 「今日は、一人なんだ」 「あー……隊長会議だったんだ」 「そうか。だから学校ではカゲしか呼ばれなかったんだな」 「……」 短い会話を終わらせて、一つの長椅子に絶妙な距離で座る。遅い昼ご飯に箸をつけると、いよいよ無言の空間が広がった。 「……」 影浦は、菓子パンを嚙み千切りながら村上の咀嚼を観察している。ステンレス製の大きな弁当箱を片手に持ち、箸でおかずを順番に口に運ぶ。頬のふくらみが左右に動く様は、まるでリスかハムスターが餌を頬袋に詰める様子を連想させた。 「……ふ」 「ん……? なんだ?」 無意識に笑みを溢した影浦に気付いて、村上が口の中身をごくりと飲み込む。どうやら、村上の方は別の事に集中していたらしい。 「やっべ……」 影浦は小声で呟くと、咄嗟に目を泳がせた。言い訳を考えているようだが、村上があまりにも真っ直ぐ彼を見つめるものだから、上手く言葉が出てこないようで。 「あー……えー……」 「……カゲ?」 「っ!」 影浦は、戦闘では滅多に見せない表情を浮かべている。まるで村上に追い詰められている様に。無計画に伸ばされた手が、更に何かを問おうとする村上の唇をむにっと塞いだ。 「んっ……!?」 「く、口……なんかついてっぞ!」 あからさまな嘘を吐いて、不器用に唇を撫でる。今度は村上が硬直して動揺する番だった。 「な、んで……」 「ちっ……飲み物、買ってくる!」 呆然と座る村上を置いて、足早に作戦室を出ていく音がする。静寂が広がるかと思いきや、村上は耳からまろび出そうな程の心音に支配されていた。食べかけの弁当をそのまま机に置いて、長椅子の上で体育座りをする。 「……っずるいぞ、カゲ……!」 膝に顔を埋めて、村上は力なく抗議の声を上げた。