【ヘタリア波受】くるらぽーれ【露波、立波、普波、独波短編集】PDF
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201/9/24 擬人化王国5発行 ひとりセカポ小説あんそろじー(露波、立波、普波、独波短編集) PDFデータです
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*ともだちのひ 地平線の向こうにちらちらと輝く金色をみつけた。 草原の彼方、ちいさな……あれはけものだろうか? ひょっとして、きんいろのおおかみ? まだロシアはきんいろの毛並みをしたけものをみたことがない。おどろかせないように、逸る心で草間をかける。甘く実った麦穂のような、きんいろ。 かけゆく最中で、ロシアは落胆を経験する。けものじゃない。ロシアはわかる。同じ生き物だった。ひとのかたちをした、ひとでないもの。見なくてもわかる、そういう風にロシアたちはできている。 けれど、キエフルーシの土地を離れて、それを見るのは初めてだった。また期待が胸を満たす。同じいきものがいるらしいとは知っていた。けれどもはじめて目にする。姉と妹を除いては、本当にはじめて目にするおなじいきもの。 どんなものだろう、どんなかたちだろう。どんな声をしていて、どんな表情をするだろう。ロシアには優しくしてくれるだろうか? まだ会ったことのない宗主国はロシアに優しくないけれど。 ちかづくと、それはかおを上げた。……両目が、涙で濡れている。 「えっ……?」 日向の草原と、森の陰でできているような瞳の輪郭がちぢんで、身構えるのが空気でわかった。ロシアはただ驚いて立ち尽くす。 *春ひらく 彼は重厚な戸をひとり押し開け、堂々たる足取りでリトアニアの一陣の前に歩み出た。 深紅のマントが翻り、白のローブが一挙手一投足に鮮やかに覗く。その対比は国章を思わせた。かの国の国章は、白き鷲。頭上を飾るものは何もない。麦穂を彷彿とさせる豊かな金髪は、王冠と遜色ないだろう。 リトアニアの一陣の前に据えられていた椅子に優雅に腰かけると、彼は一団をぐるりと見渡してようやく口を開いた。 「かねてより話に聞いていた遠方より大儀であった」 声は朗々と淀みない。リトアニアは目の前の存在に心奪われた。 すべらかな白磁のひたい、理知的な眉の形、聡明さと精彩を感じさせる瞳に、自信を讃えた口元。 ゆったりと足を組んだ姿は『王者』と呼ぶにふさわしい。 「我が名はポーランド。東欧の地を統べる者」 ひとであれば奇怪に見えただろう。彼は成人には程遠い、ちいさな子供である。 「はっ……はい!」 とん、と後ろから背を叩かれてリトアニアは声が裏返った。後ろについていてくれた兵に内心感謝を述べる。礼を尽くさなければならない。あまりに美しいいきものに見とれて呆けていたなど、大公様にも国民にも申し訳が立たない。 「お……」 違う、『俺』じゃない! 冷静になろうと飲み込んだ唾を嚥下する音が、リトアニアの中でやけに響いた。 「えっと、私はリトアニア……! このたびは我が大公と、貴公が君のご縁談の事でお話が……!」 「ふむ」 緊張でうわずる声のリトアニアを継いで、ポーランドは応えた。左手を口元にまで寄せ、深く頷く。口元には小さな笑みが浮かんでいる。 「今回の婚礼は汝の利と我が利、どちらも一致している」 リトアニアと変わらぬ年頃の姿でありながら、王者とはかくたるものか。リトアニアは感銘に似た気持ちでポーランドを見つめ、次の言葉を待った。 待った。 「……ん、あー……えー……」 ポーランドが今日初めて言いよどむ。何か悪い宣告の前触れかとリトアニアは身を固くした。そしてその先の言葉を待つ。 ――それは悪い宣告に違いなかった。 「ちんこ見せろし!」 リトアニアは混乱とともに青ざめた。 (これが、ポーランドの洗礼かーっ!) これがポーランドとの初対面における第一印象と、その崩壊までである。 *花冠の夜 「お前は俺の子分な!」 ポーランドは高らかに宣言した。 「名前はプロイセン。プロシア公領、プロイセンに改めることとなる。よく心得、よく我が王国に仕えるように」 腰掛けているのは木を彫りこんだだけの質素な椅子。けれど繊細な細工で、よく磨かれてあめ色に光っている。 白い長衣に金の鎖と、赤い外衣。肘をてすりにかけ顎をつき、足を優雅に組んで口元には嘲笑が浮かぶ。白の長衣の照り返しをうけ、睫とその奥の碧眼がひどく明るい。深い赤の布は椅子からたわんで床をすり、白の長衣とでポーランドの旗を表しているのは歴然だった。 最強のドイツ騎士団を打ち負かした、勝利の御旗。 ドイツ騎士団――今日、プロイセンと名を改めさせられることを宣言されたのだが――にとっては屈辱の旗だ。彼が膝を付くのは唯一、神のみだった。新たなる教えを受け入れたとて、信仰の相手と気持ちに揺るぎはない。それをこのチビは矯めろというのか? 睨み付ける。ポーランドは笑った。数段の階段の上にしつらえられた玉座に腰掛け、膝を折らざるを得ない敗者をわらっている。背後には採光の窓。逆光に冷ややかな美貌がしずんでいる。 そして立ち上がる。 「じゃ、解散な」 「は?」 どこに隠してあったのか、棒状の焼き菓子を取り出すと、ポーランドはももももとほおばり始めた。そのままドイツ騎士団に後ろ手で手を振ってドアに向かう。 「解散っつったし」 「かいさん、って……」 「あー何なん? 昼メシ狙い? ずーずーしいにも程があるんだけどぉ」 長い衣装に裏地の赤い外套をずるずるひきずるのをたくしあげつつふりかえる。くわえた焼き菓子――なんといったか。たしか、指ちゃん(パルシュキ)とかいうおぞましい名前の菓子だ――が唇でピコピコと揺れる。そのままもももも、と口の中に消えた。こどもが拗ねたような表情。 焼き菓子が口の中に消えてしまうと、ポーランドは両手を腰に当て「か・い・さ・んっ」と再び繰り返した。 ただただ呆気にとられ、同時に混乱もした。 「おい、どういうつもりだよお前!」 いつのまにか置き去りに部屋から出ていってしまっていたポーランドを追いかけて、その手首を捕まえる。 その細さに手を離す。 ポーランドはドイツ騎士団やハンガリーと似通った年頃の体つきをしていた、はずだがなんという細さ、いや幼さか? 気まずくなって無理矢理視線を引きはがしたドイツ騎士団に、 「お前、そんなに腹減っとん?」 *ヴァンダ 「ドイツ」 ドイツに気が付くと、それは小走りにやってきた。オーストリアのもとに身を寄せるそれと顔を合わせる機会はそうはない。兄はオーストリアをよく思ってはいなかったようで、屋敷に足を運ぶことは多くなかった。渋りながらも幾度も足を運んだのはなぜか、そういえば理由は思い出せない。 庭をまっすぐに横断して、とびかかるような勢いですとん、とドイツの眼の間でしゃがみこむ。目線を合わせるために。 「ひっさしぶりぃ」 にっ、と笑って、ドイツの頭に手を伸ばす。頭を振って手をどかそうとしても、歌うようにドイツの知らない言葉を繰り返しながら強引にドイツの頭を撫でる。いつでもポーランドはこの調子だ。 「俺は小動物じゃないぞ」 「知っとるよ」 「ドイツだ」 「うんー」 聞いているのかいないのか。ポーランドはふんふんと鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さでドイツの頭をかきまわす。小動物はともかく、愛玩動物だと思っているのは間違いないだろう。犬猫への反応と同じだからだ。のんびりとした口調で似た言葉を幾通りにも変化させながら、撫でる。 ポーランド語は不必要に子音の多い不可解な言語だ。同じ意味の言葉が無駄なほど多く、非効率的でもある。ドイツ語で話せばいいのに。そう奨めると、ポーランドは聞いてか聞かずか、ドイツの頭を掻き交ぜて話題を逸らせた。 「そーいや、ちょっとでっかくなった?」 「あったりまえだろう。俺のヴェストだぜ」 ドイツの後からゆっくり歩いていた兄が、ようやく背後までやって来た。ドイツの肩を抱き寄せて、弟の成長を惚気る。惚気られたポーランドは、不快さを表すために頬を膨らませた。 「お前には聞いとらんしー」 しばしドイツを挟んでプロイセンとポーランドのにらみ合いが続く。 「貴方たち。そんなところで何をしているんです」 ぴしりと声が飛ぶ。ドイツが声につられて顔を上げると、庭を横切ってまっすぐにやってくるオーストリアの姿が見えた。とろとろとした足取りではなく、力強い早足で。その後ろにも人影。スカートの裾を掴んで、跳ねるように飛んでくるハンガリーだ。 「訪ねてきたのであれば真っ先に私のところに来るのが礼儀ではありませんか」 オーストリアは兄の前までやってくると、腕を組み顎を上げた。尊大な様子に兄はうなる獣のように歯をむく。 「あ? 俺の勝手だろ」 「すまない。そのつもりだったのだが、挨拶に行くのが遅くなった。謝罪する」 悪態をつく兄の代わりにドイツはオーストリアに頭を下げる。 「あら」 とハンガリーの高い声が上がった。 「よかったわあ。プロイセンに似ずに礼儀正しくって。ふふ、ねえプロイセンのところじゃなくてうちにいらっしゃいよ」