ルナティックの魔性
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※2025/01/19 文学フリマ京都のイベント終了後以降に発送します。 ▶仕様 文庫サイズ 52P ▶あらすじ 裏社会が根づく国で、とある組織から逃げだしたために、死臭を漂わせるノイドに声をかける女がいた。 夜の糸雨の美しい髪に月を閉じ込めた瞳を持つ彼女。 資産家として世界に名を轟かせた一族の一人娘であり、壮絶な最期を迎えた一族のただひとりの生き残り。 ルイス・ガルシア。裏社会でも有名な彼女はこう呼ばれていた“ルナティック”と。 そんな彼女のもとで居候として側にいることになったノイドだけれども、別れの時はゆっくりと近づいていた。 ふたりが出会ったのは偶然か必然か。これはラクリモサと呼ばれた月の石を巡る、ふたりのなんてことのない日常の記録。 ▶︎収録作品 当作品はオムニバス形式短編集です。 収録タイトル ・賽は投げられた ・歓迎されない人物 ・主よ、何処に行き給ふか ・たゆたえど沈まず の4編が収録されています。 ※実物はトレーシングペーパーのブックカバー付でのお渡しになります。
試し読み
「ねぇ、あなたここで死ぬの?」 若い女の声が頭上から降ってきた。 死臭を振り撒き、鬱蒼とした彼とは正反対のよく晴れた青空の下。逆光に照らされ女が一人立っていた。 買い物帰りらしい。華奢な腕には日用品が入った紙袋を抱えている。負傷した彼を見ても臆せず、話しかけてきた町娘に彼は内心で舌打ちをした。 人の往来がある真っ昼間からの生死をかけた追いかけっこだった。無関係な人々を巻き込むわけにもいかず、これでも人目を避け、人通りが全くない道を進んできたつもりだったというのに。どうやら無駄足だったようだ。 「あんた……早くここから立ち去りな。このままだと余計なことに巻き込んでしまう」 彼を追いかけてきている者は、無関係な一般市民を見逃すような寛容な者たちではない。このまま一緒にいれば、間違いなく彼女の命はないだろう。しかし彼の警告も虚しく、目の前の女はその場から全く動こうとしない。それどころか、小さく首を傾げた。 髪が動きにあわせて滑らかに流れ落ちる。夜の糸雨の美しさに、彼は思わず目が奪われた。夜の帳が降りる様を見ているかのように灰色かかった青が流れゆく。 しかし、それも一瞬のこと。乾いた音が響き、真横を何かが高速で通り過ぎた。 ゆっくりと視線をそちらへ向ける。いつの間にか背を預けていた外壁の一部が崩れ、壁には小さな穴が空いていた。 再び視線を正面へと戻せば、女が相変わらず立っている。先程と変化があるとすれば、知らぬ間に手に硝煙が漂う銃が握られていたことだろう。人を惑わすような月を閉じ込めた金色の瞳がじっと見つめて離さない。 「質問に答えていないわ。あなたここで死ぬの?」 再度問われた言葉に彼は黙った。 全く殺気も感じさせず、彼女がいつ銃を抜いたのかわからなかった。もし彼を殺すために撃ったのならば、自分がが死んだことに気付くこともなく、命を落としていたことだろう。 死ぬのかと問われれば、結果的に死ぬ運命だ。もとより生きて逃げきれると思っていない。今日生き延びたところで、明日には殺されるかもしれない。彼がこれまで生きてきた場所はそういう場所だ。裏切り者を決して許しはしない。その首を晒すまで、どこまでも追ってくるだろう。 悪名高い組織として名を轟かせるその組織は手段を問わないやり方でいくつもの屍を積み上げてきた。ゆえに組織内の結束力は固く、敵対する者や裏切り者には熾烈な制裁が待ち受けている。 生きて逃れることは不可能に近い。それでも抜ける道を選んだというのに、その結果はもう見えはじめている。自分の命運もここまでかと思うと笑いがもれた。 「……死ぬことに変わりはねぇよ。ただ、今ここで死ぬかはあんた次第だ」 「そう、あなたの命運はわたしが握っているということね」 女が小さく笑った気がした。感情が乏しいため、判断がしにくい。 最初から彼女は彼の命を狙っていたのだろうか。なかには、息絶えるその瞬間まで苦痛を与え、その姿を 眺めることに愉悦を抱く者もいる。そういった趣向の持ち主であれば、自分におあつらえ向きの最期かもしれない。 野垂れ死にそうだった彼を拾い、今まで面倒をみてもらった相手の手を振り払い逃げた。向けられていた信頼を裏切った。ひっそりと寄り添ってくる闇から逃れたくて、逃げた。 考えが顔に出ていたらしい。彼女は今度こそわかるように微笑んだ。 珊瑚色の艶やかな唇がなにかと呟いた気がする。けれどその言葉を聞きとる前に、容赦なく銃声が響いた。 それは彼へと向けられたものではない。 左右からうめき声と共に見知らぬ男たちが路上へ崩れ落ちてくる。気づかない間に接近を許していたらしい。時を同じくして慌ただしく駆けてくる足音が複数。 彼女が味方か敵か判別がつかないまま、そのあと彼女は踊るようにためらうことなく引き金を引いた。それを合図にその場は乱戦模様となる。 それが、ノイドとルイス・ガルシアとの出会いだった。