まず塊よりはじめよ
- Digital100 JPY

あらすじ 2020年代後半の日本。 社会はAIと数値評価によって高度に最適化され、行政も企業も「正しさ」を競い合うように機能していた。だがその一方で、地方は静かに消え、人々は生きる実感を失っていく。 主人公・久我恒一(42歳)は、官庁系外郭団体に所属する業務改善アドバイザーだ。彼の仕事は、自治体や組織の非効率を洗い出し、数字上の成果を出すこと。かつて社会を変えるシステムを夢見た優秀なエンジニアだった彼も、いまでは「部分最適」を積み重ねるだけの歯車となっていた。 ある日、久我は消滅寸前の地方都市の再生プロジェクトに参加する。会議ではKPIや成功事例ばかりが語られ、「なぜ人がそこに生きたいのか」という根本的な問いは誰も口にしない。違和感を抱く久我に、一人の謎めいた老研究者が一冊の古いノートを手渡す。そこには、たった一行の言葉が記されていた。 「まず塊より始めよ」 その言葉に導かれるように、久我は各地で既存の制度から外れた人々と出会っていく。廃校を拠点に人を集める元教師、組織を作らず地域を再生する起業家、国家を信じることをやめた元官僚。彼らは共通して、細かな計画や正解よりも、「全体の形=塊」を先に掴むことを重視していた。 久我は次第に理解する。 日本社会は、合理性と正確さを追求するあまり、「全体像を描く力」を失ってしまったのだと。 やがて彼は、日本全体を対象とした極秘の国家最適化プロジェクトに関わることになる。そこでは、膨大なデータとAIによって、社会のすべてを部分最適の集合として再設計しようとしていた。しかし久我は、その計画に決定的な欠陥を見抜く。どれほど正しく設計されていても、そこには「人が生きる意味」という塊が存在しなかった。 異を唱えた久我は、体制から排除され、社会的にも危険思想の持ち主として扱われる。それでも彼の思想は静かに広がり始める。制度や組織ではなく、「世界の形」だけを共有する小さな共同体が、日本各地で芽吹いていったのだ。 国家プロジェクトが破綻し、社会が混乱に陥る中、久我は改革者として立ち上がることを拒む。彼が選んだのは、新しい正解を示すことではなく、次の世代が自ら考えるための「塊」だけを残すことだった。 物語は問いを残して終わる。 私たちは、正しさの積み重ねで世界を作っているのか。 それとも、掴むべき“塊”を見失ったまま生きているのか。
