拝啓、あの日の貴方へ(霊モブ、律モブ、テルモブ、エクモブ、芹モブ、峯モブ、島モブ、最モブ)
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C96新刊 『拝啓、あの日の貴方へ』 モブ受け短編詰め/A5/36ページ 小説本です。 全ての短編に第三者が存在し、そのキャラ目線で話が進んでいます。苦手な方はご注意ください。 本文サンプルにはテルモブを全文載せております。
本文サンプル
1 「どう考えても真逆のタイプでしょ」 「んー、君も同じだと思うけど」 重ねる、折る、重ねる、折る。 単純作業の繰り返しの中、単純な会話がだらだらと続く。椅子一つ分の距離を置き隣同士に座り作業を繰り返す。重ねる、折る、重ねる、折る。そして最後にホチキスで留める。パチン。間抜けな音。かれこれ三十分もやっている。終わらない。隣の彼もまた、同じ作業を繰り返している。教室に差し込む西日の所為か、普段より金の髪が朱を混ぜたような不思議な色合いに見えた。放課後、日直だからだと担任に押し付けられた課外授業の冊子作りの為に彼と残る羽目になってしまった。先に帰った友人は羨ましいだなんて言っていたが。なら変われ。私は。 私はこの男が、嫌いなのだ。 「ねぇ、吊り橋効果って知ってるかい? 不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対して恋愛感情を抱きやすくなる現象の事なんだけど。実際にカナダの心理学者によって実験が行われて実証された学説なんだよ。つまり、非日常的な事に巻き込まれ助けてもらった時。そこで生まれた感情はその効果による一時的な現象であって実際は直ぐにどうでもよくなるものなんだよ」 「つまり?」 「つまり、君が影山君に抱いているその感情は一時的なものって事さ。たまたま危険な所をたまたま影山君に助けてもらった。正に吊り橋効果そのものだ」 「死んでくれ、花沢輝気」 筆箱に入っていたカッターを取り出し隣の席へ投げつけるも、その刃先はピタリと止まる。止められるだろうとは思っていた。実際に止められた。ご丁寧に見せつけるかの如く刃先は右目に直撃する数ミリ手前でその勢いを失くしていた。 「相変わらずいいコントロールだね」 「だったら一回ぐらい当たってみせろ」 「それは無理だ。無意識に回避をする様になっているんだよ、この身体は。あ、影山君は僕より強いから喧嘩になると負けるな」 「ふぅん、そのまま影山君に殺されればいいのに」 「それは素敵な提案だ。でも出来ない。彼を一人にはできないから」 君には一生解らないよ。そう言って最後の紙束をホチキスで留めた彼は大きく背伸びをした。 「影山君と僕は同じ世界を見ている、立っている、生きている。君はそれが見えない。その差は絶望的だよ。同じ土俵に立っていないんだ」 出来上がった冊子を捲る。今年の課外授業は一泊二日、軽井沢のキャンプ場で行う。新入生同士の交流を目的とし、全クラス混合の班編成での行動が主になる。周囲の山道を歩き、昼は班ごとにカレーライスを作る手筈だ。班編成のページを彼は開き嬉しそうに微笑む。この男、二つ離れたクラスの影山君と同じ班なのだ。実に解りやすい。 「例えば僕なら、彼が誤って曲げてしまったスプーンを直ぐに直してあげられる。どんなに小さな事でも共有し、解ってあげられるのは同じ力を持つ僕なんだよ」 「私にも新しいスプーンを渡すことぐらいできる。そうやって影山君をそっちの世界に閉じ込めないでくれる? アンタのそれは友人だとか、同じ力を持つ理解者だとか、そんな生温いもんじゃない。自分じゃなきゃ嫌だと癇癪を起こし駄々をこねるクソガキと一緒。只の独占欲の成れの果て」 「口が悪いな」 「一応言っておくけど、私も同じ班だから。引く気無いから」 「本当に心の底から思う。君みたいな女子に好かれる影山君が可哀想でしょうがないよ」 「死んでくれ、花沢輝気」 「いつか死んでやるさ。影山君に殺されてね」 さも当たり前の様にそう言った男は、そろそろ時間だなと呟き立ち上がった。手元に残っていた紙束は全て冊子になってクラスの人数ごとに分けられている。 「影山君の部活が終わるし、帰ろう」 そう言って、男は先に教室を出た。気が付けば全ての作業が終わっている。こんな仕事、あの男の超能力があれば一瞬で終わったという事だろう。それでも男は途中までわざわざ同じペースで同じ様に手作業で仕事をしていた。そう、私に牽制をかけたかったのだ。自分の方が有利だと言っておきながら、一般人の君には釣り合わないと言っておきながら。不安で不安で仕方がないのだ。 「本当に心の狭い男だな」 そんな男は重たいぞ。 窓から見える後姿に中指を立てた。 0 「ごめんね、これしか残らなかった」 差し出された右手に残っていた物を受け取ると泣きたくもないのに勝手に涙が出てくる。こんなの柄じゃない。 「ねぇ、あの子、私の事恨んでた? 憎んでた?」 四葉のクローバーが挟まった淡い桃色の栞。私っぽくない色、あの子っぽい色。優しい色。あの子が私にくれた最初で最後のプレゼント。私は両親に見放されて、あの子は両親に愛された。愛されていたはずなのに。 「悪霊に取り込まれかけてた。本当は、悪霊の方だけ除霊したかったんだけど…。でも、その栞を貴方がずっと大切にしていた様に、妹さんも貴方の事がずっと大切だったと思う。だから恨んでないし、憎んでないと思う」 助けてくれたその人は、自分とは正反対の男だった。地味で、クラスに一人はいる名前も分からない生徒の一人。偶々通りかかって、偶々私の事を助けてくれた。女の癖に喧嘩ばっかしてる私の事を当たり前の様に助けてくれたのだ。 「最初、目があった時さ、見て見ぬ振りされると思ったんだよね」 「…多分、昔の僕なら何もしなかったと、思う」 「正直だな」 「でも、困ってたから。助けてほしいって目をしてたから。僕なんかにできる事があるなら手を伸ばしてみようって思って」 僕が昔、沢山の人にそうしてもらった様に。 「…ねぇ、名前教えてよ」 「あの、今更なんだけど…僕の事気持ち悪くない? 普通とは違うんだけど」 「え? よく分からないけど、何? 超能力っていうの?」 「う、うん」 「その超能力に助けてもらったのに、気持ち悪いって思う訳なくない? それより名前、教えて。同じ高校だよね?ネクタイの色も一緒。同学年」 「か、影山茂夫」 「影山君」 第三の声に、思わず振り向く。同じ制服、同じネクタイ。私と影山君と同学年。金髪で顔が良い、入学式の時も代表で挨拶をしていたから頭も良いんだろう。この男の名前は知っている。誰にでも優しいとクラスの女子が騒いでたからだ。 「花沢君」 「もう、高校に入ったらあまり人前で超能力使ったらダメだって言っただろ? 僕達は特別なんだから」 誰だ、最初にこの男を優しいと表現したのは。奴は一瞬、私を視界に入れた時眉を顰めたが貼り付けた様な笑顔で繕った。私は決して素行が良い生徒ではない。制服だって着崩してる、髪はアッシュグレイに染めてる。ピアスもしてるし、結構喧嘩っ早い。口も悪い。自分達とは違う何かを見る時の目は誰でも等しく負の感情が含まれている。そう、 「困ってたみたいだから」 影山君が初めてだったのだ。嫌な顔をせず、見て見ぬ振りをせず、こんな私に普通に話しかけてくれたのは。助けてくれたのは。 「やっぱり君は優しいな影山君」 蕩けるような笑顔でその男は影山君を見た。マジかよ、私多分、この男と同じ事考えてる。 君は知らないだろうけど、『僕にとって』『私にとって』ヒーローなんだって。 抜かせ戯言