お后さまは大食漢
- Digital150 JPY

32P 人は総じて食べる事が好きだ。その度合いは様々だが、興味が皆無、な人間はかなり少数だろう。それとは対照的に、興味があり過ぎる者は少なくない。そんな中には無論、エチゴ皇妃、高耶も名を連ねていた。 元々食べる事が好きな高耶は、元の世界にいた頃からよく自炊をしていた。1人暮らし歴がそれなりに長い上に料理は割りと好きだったので、時間がある時は手の込んだものを作ったりしていた。その時付き合っていた彼女に手料理を作ってやると、とても喜ばれたりしていた……遠い過去なのだが。 無論美味しい店開拓、も好きで、友達や彼女と口コミやメディアで取り上げられた店に行ったりと、普通の〟美味しいものライフ〝を送っていた。 何が言いたいかと言うと、 「高耶はアレよね、食意地が張ってんのよ」 が結論らしい。 「んむぅ?」 心外なッ!と振り返った顔も、 「ほら」 ふん、と鼻を鳴らした綾子に抗議してみても、パイを頬張ってリスのようになっているのだから、説得力は全く無い。 「ぅんぐぅんぐ……」 ごっくん、と柔らかい肉を飲み下すと、高耶は胡乱な目で横に座って肘を着く見た目、妖艶な美女を見た。 「オレそんな食意地張ってねぇって、普通だ普通」 普通です!を主張する高耶だが、周りの綾子、森野、三郎、千秋、は同意していないらしい。 「何?何だ?その目はッ!」 ウキー、と吠える高耶を無視し、皆はテーブルの上のケーキやパイを摘んでいる。 「やっぱり美味しいわぁ、王宮の料理人の腕はいいわね」 久し振りに王宮に姿を見せた皇帝陛下の叔母上は、上機嫌で黒すぐりの3色パイを口に運んでいる。 「田舎料理もいいけど、たまにはここのを食べないとね」 「そりゃお前があちこちフラフラしてるからだろ?」 恋多き女綾子は、3股4股は当たり前、奔放に恋人達と恋愛を愉しんでいた。 「煩いわね」 「痛ぇッ」 綾子に脛を蹴られ、千秋は持っていたカップを落としそうになってしまった。 脛を蹴る、と言ってもコツン、なんて可愛いものじゃあ当然ない。ドカッ、と容赦のない蹴りで千秋は涙目だ。 「てめぇッ!このクソ女ッ!」 「……」 痛みに泣く将軍など怖くも何ともない、少なくともここにいる面子にとっては。 「煩いな」 「煩い」 「煩いわねぇ」 「……」 流石に言葉にはしなかったが、森野の表情もその他3人と同類項だ。 「……お前なぁ……」 ガックリと肩を落とし、まだジンジン痛む脛に千秋は溜息を吐く。 「でも高耶」 「ぅん?」 行儀悪くフォークで差しながら綾子が首を傾げた。 「最近直江とゆっくり出来てんの?」 「……」 綾子の問い、高耶はうーん、と考え込んでしまう。 「父上は忙しいからな」 美少女、に見える美少年の第二皇子はうんうん頷いた。 「そうですねぇ」 自分のお茶を淹れつつ、有能は侍女は皆のカップにも均等にお茶を注ぎながら呟く。 「あー、今トサの財務管理について色々あるみてぇだな」 千秋の言葉に、高耶は溜息を吐いた。 そう、普段から忙しい直江は、ここのところ頓に激務に追われている。朝高耶が目覚めれば既に横にはいないし、1日3回の食事の時も姿を見せなかった。 1日1回は家族でご飯、と言う決まりも反故されている。だがそこまで忙しいと分かっているので、高耶も何も言わずにいるのだ。 「そうなんだよ、直江のやつ大丈夫かな……」 人に言われると余計に心配になってしまう。 あの頑丈で厚顔で絶倫な男が倒れるとは思えないが、それでも一応〟生き物〝なので心配になってしまうのだ。 何時の間にか止まってしまった高耶のフォークを眺めつつ、綾子はうんうん頷く。 「そこで高耶」 「へ?」 再びフォークでス、と差される。 「あんた何かしてる?」 「何か?」 綾子の言っている意味が分からず、高耶は首を傾げてしまった。だが分からないのは高耶だけらしく、千秋も三郎も、はたまた森野まで訳知り顔で頷いている。 「何だよッ」 居心地悪くなり、高耶は眉毛を情けなく八の字、にしてしまった。 「だーからー、あれよあれ〟夫孝行〝」 「……夫孝行?」 余り聞き慣れない言葉に、高耶ははて?と目を瞬く。 「そーそー、夫孝行」 「……」 段々と言われている意味が分かり、高耶は胡散臭さを隠さず綾子を見た。 「何だそりゃ」 呆れ顔の高耶に、綾子はわざとらしく溜息を吐く。 「まぁまぁ、皇帝陛下ったら何てお気の毒ですこと、こんなにも忙しく政務に走り回り、それを大事な后にこんな風に蔑ろにされて……」 よよよ、と三郎の肩に顔を伏せた綾子に、高耶は不機嫌な顔になった。 「蔑ろになんかしてねぇだろ……」 ブス、と口を尖らせた高耶に、千秋はキシシシと笑う。 「あのなぁ、こーんな忙しい時は愛する后に何って言うか……労って欲しいもんさ」 「……」 「例えば?」 黙ってしまった高耶の代わりに三郎が口を挟んだ。 「例えば……そうだなぁ」 ニヤリ、と嫌らしく嗤う千秋に、高耶の顔が引き攣る。千秋が何を言いたいのか分かり、高耶の鉄拳が飛んだ。 ドカッ 「痛ってぇッ」 今度は頭を抱えてテーブルに突っ伏した千秋は、当然ながら皆に無視されている。 「兎に角まぁ、今度会ったら頭撫で撫でくらいしてあげれば?」 暢気に言いながらパイを食べる綾子の横顔を、高耶は難しい顔で見ていたのだった。