Flowers for you, names for flowers
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A6/40p(2023年3月発行) オズの好みの花を探ろうとするアーサーと、何もわからないままそれに付き合うオズの話。 ※イベント〈闇染まる緋花に宴を捧げて〉以前に書いたものです。 【サンプル】 オズは魔法舍の中庭の隅にあるベンチに腰かけて、ぼんやりと空を仰いだ。今日は天気がいい。アーサーの瞳を思わせる澄んだ青空は、オズの心を落ち着かせる。その感覚は少し、自身のマナエリアに感じるものと似ていた。 それに、オズはこのベンチも気に入っている。魔法舎には人が多く、いつだって賑やかさが追いかけてくるようなところがあったが、この場所は喧騒から切り離されたようにひっそりと静かだ。 恐らく、そういう魔法が掛けられているのだろう。微かではあるがスノウとホワイトの魔力の気配がするため、あの二人の仕業なのは間違いなさそうだ。幼い頃過ごした彼らの屋敷にも、似たような場が存在していたのを思い出す。 以前、双子が魔法舎の敷地内にいくつかの〝隔離空間〟を作ったと言っていた。魔法使いには一人になれる場所も必要だから、と。わざわざ彼らに確認はしていないが、ここがそのひとつなのではないかとオズは踏んでいる。 基本的に、このベンチに座っているときは誰かに邪魔をされることがない。下手をすると、オズの自室以上に守られた空間であるかもしれない。だからこそ、オズもこうしてぼんやりと空を見上げているのだ。 「オズ様! 今日もこちらにいらしたのですね」 ──と、そんなことを考えていたら、この場にとって唯一の、オズにとっての唯一の例外がやって来た。 「……アーサー」 オズはその人物の名を呼びながら、視線を青空から碧眼へと動かす。北の国にいた頃と変わらぬ無邪気な眼差しが、嬉しそうにこちらを見ていた。 いい加減慣れてきたとは言え、会う度にそんな顔で見られると、どうにもむず痒いものがある。今ではオズもアーサーも魔法舎で生活しており、かなりの頻度で顔を合わせているというのに、アーサーは毎度毎度、まるで数百年ぶりの再会のような喜びようを見せるのだ。 アーサーのその心情は、オズには理解できない。ただ、アーサーの元気な姿を見る度にどこかほっとしているようなところはオズにもある。それと似たようなものだと思えば、多少のむず痒さには目を瞑るべきなのだろう。そう、決して嫌なわけではないのだ。 「今日はいい天気ですね」 「ああ……」 なんてことのない会話を交わしながら、アーサーは当たり前のようにオズの隣に腰掛ける。最初の頃は、律儀に「よろしいですか」などと許可を求めてきたものだが、今ではそのやり取りもなくなった。オズとアーサーにとって、このベンチで過ごす時間は既に日常の一部になっている。 いつから、というのはわからない。オズは日を数えるようなことは基本的にしなかったし、数日も数ヶ月も大して変わらないようなものだからだ。ただ、少なくともここでアーサーと二人過ごした回数が百に近いことは知っていた。 「オズ様、今日の花はこちらです」 そう言って、アーサーはいつものように見たことのない一輪の花を差し出してくる。そして、オズはいつものようにその花を受け取った。 このやり取りは、何か特別なものではない。それどころか、これでもう九十九回目だ。これまでにオズはアーサーから、同じように百近い花を渡されていた。百という数字は大袈裟に聞こえるかもしれないが、実際にそれだけ続いているのだから仕方あるまい、アーサーから貰った花は全て自室で保管しているため、その数に間違いはない。 「この花は、いかがですか?」 「…………花弁が分厚くしっかりとしている」 「私もそこが気に入っています。なんと言うか、オズ様のように強そうで、そこが素敵だなと」 「……そうか」 アーサーはいつも、オズに花を渡すと必ず感想を求めた。その花についてどう思うか、と。 勿論、そんなことを聞かれても、オズの口から気のきいた言葉が出るわけもない。ただオズは花の形なり色なり匂いなり、特徴的だと思った点について述べるだけだ。それでもアーサーにとっては十分であるらしく、彼はオズの感想を大真面目に聞いては、その飾り気のない言葉を持ち帰ることを繰り返している。そして、オズは渡された花をよくわからぬまま持ち帰るのだ。 何故そんなことをするのか──直接聞けば、意外とあっさり答えは返ってくるのかもしれない。しかし、オズはなんとなくそれを聞くタイミングを逃してここまで来ていた。花について言葉にするので精一杯で、そう言えばこれはなんのための問答なのかと訊ねようとするときには、満足そうな顔をしたアーサーの背中を見送っていることが多く。 元より、オズはアーサーのすることにさほど理由を求めてはいない。たとえ自分には理解のできない理屈であれ、アーサーがそれを欲するということの方が重要だからだ。無論、そこに危険が伴えば話は別だが、今回はそれもない。本当にただ、花を渡してきて感想を求めるだけなのだ。お喋りなアーサーが自ら語らぬ理由を、わざわざ訊ねる必要もないだろう。 何より、このやり取りがオズは嫌いではなかった。それこそ、何の意味があるのかはわからないものの、アーサーと過ごすささやかな時間が少しずつ積み重なっていく感覚は、自分が一度手放した時間を思い出させた。当たり前に続くなんてことのない日々が、最も尊いものであるとオズは知っていた。 「色は……あまりよくない」 「あれ、赤い花はお好きな方ではありませんでしたか?」 「…………この赤は血を思わせる」 「ああ、確かにそうかもしれません」 ぽつりぽつりと、オズが花について思うことを紡げば、アーサーがそれを丁寧に拾い上げていく。オズもあまり口達者な方ではないから、言葉が尽きるのは早い。それを考えると、オズは適任ではないのだろう。それでも、できる限り言葉にしているつもりだった。 そもそも、花について触れるべき特徴など限られているのだから、オズが言葉を探してしまうのも仕方のないこと。色や形、大きさや香りなど、何か思うところのある要素にだけ触れて、オズはいつも黙り込む。今までそういうことを考えて花を見ることはなかったから、それだけでもオズには随分と新鮮だった。自分のあまり意識してこなかった好みに気付かされるようなこともあるのだ。 オズは小さな花を見つめて、他に何か言うべきことはあるだろうかと考える。もしこれが知っている花であれば、その生態や歴史などについても触れられるのかもしれないが、生憎知らない花ではどうしようもない。 それにしても、よくこうもオズの知らぬ花ばかり持ってくるものだと感心せざるを得ない。オズは特に花に詳しいわけではないが、植物の知識はそれなりにフィガロから叩き込まれているつもりだった。けれど、アーサーが持ってくる花はどれも初めて目にするものばかりで。 「ありがとうございます、オズ様。参考になりました」 アーサーは、一先ずはこれで満足だとでも言いたげな様子で、晴れやかに笑う。彼としては今のやり取りで何かしらの収穫があったのだろう。一体何の参考になったのかもわからないまま、オズは頷きを返した。これがどういう遊びなのか、もしくは遊びでないのかは知らないが、アーサーがこれでいいのなら──いいのだ。 「オズ様、この花を受け取ってくださいますか。薬効もあるようなので、何かしらには使えるかと」 アーサーはまるで決められた台本の台詞でも読むように、いつもと同じ言葉を紡いだ。もう何回も繰り返されてきたそれは、諳んじるほどにオズの耳にも馴染んでいる。答えなど聞かずともわかっているだろうと思いはするものの、毎度毎度オズも律儀に返すことにしていた。 ただ、「勿論だ」と言ってしまっていいのかは未だにわかりかねている。アーサーから渡されるものを拒むつもりは毛頭ない。それでも、何か知らず知らずのうちに彼にとって大切なものを受け取ってしまっていたらと思うと、当たり前のように引き受けるのはよくない気もして。 「ああ」 だからオズも、いつもと同じ返答を繰り返す。アーサーが何をしたいのか、渡された花に何の意味があるのかも、わからないまま──。