あれも、これもきみのせい
Physical (worldwide shipping)
- Ships within 7 daysPhysical (direct)500 JPY
Physical (ship to Japan)
- Ships within 7 daysPhysical (direct)500 JPY

結婚する2人の話です! 朝、目が覚める。それはいつも決まった起床時間。 どうやら低血圧なのだろう、俺は昔から朝は嫌いだった。 「…………。」 ぼんやりする頭を持ち上げて、体を起こす。立ち上がるまでにはもう少し時間が欲しい。 キッチンの方から聞こえる鼻歌と、コーヒー豆が蒸されるいい匂いが、開け放たれたままのドアから入り込んでくる。その香りをかぎながら、くぁ、と一つ欠伸が零れたところで、なんとか名残惜しい気持ちを捨てベッドを後にする。 しかし、脳が起動するにはまだかかりそうだ。 洗面台を通り過ぎ、真っ先に朝食を準備しているだろう彼の元へ足を向ける。予想通り朝から何故そんなにご機嫌なのか理解しかねる彼が、流暢にニィロウに教えてもらった歌を口ずさみ、フライパンの温度を確かめていた。 「………。」 朝の光の中で見る彼は、神すらも嫉妬する程美しく見える。夜になれば、神をも唆すであろう艶めかしさで、男を夢中にさせ『もういやだ、きもちぃのっ、だめ』と逃げる彼を幾らこの腕の中に引き戻し求めても、足りない程の魅惑の持ち主にもかかわらず、朝はそんな快楽はまるで知らぬようなこの美しさは、何年たっても飽きるどころか益々興味をそそられるばかりだ。恐らく俺は今後も長い人生、彼について観察し、考え惹かれていくのだろう。 キッチンの入り口に立ち、ぼうっと愛しい人を見る視線に気づいた彼が、俺を見つけぱっと花が綻ぶような笑みを向けた。 この瞬間が、たまらなく好きだと君に伝えると、愛に不慣れな君は照れ隠しで怒りながら文句を言うのだろうか。 「お、起きたか。ふはっ、相変わらず寝癖がすごいぞ。どうなったらこうなるんだ?」 「………うるさい。」 ぺたぺたと音を鳴らして近づいてきたかと思えば、こちらへ手を伸ばす彼へ素直に頭を差し出す。そうすれば、一撫で、二撫で、慈しむように優しく髪に指を絡ませる。その心地良さに再び眠気を誘われ、重くなった頭を彼の肩へ置いた。 「先に顔を洗っておいで。それからすぐご飯にしよう。今朝のパンに塗るのは何ジャムをご希望だい?」 「………ザイトゥン桃」 どうやら、洗面所へ寄らずに直接こちらへ向かった事はお見通しのようだ。寝癖を梳くカーヴェのしなやかな指の感触を楽しみ、柔らかいやり取りをする。 ここ数年で気づいたが、どうやら彼は朝の俺の事を気に入っているらしく、殊更柔らかい上機嫌な音色で俺の耳を擽り甘やかす。 甘やかす延長なのか、ぎゅうっと肩甲骨の辺りに手を回し、しがみつくようなハグ。それに対し、俺も彼の男にしてはやけに細い腰へ手を回し応えると、満足そうに笑う声にこちらも気分が良くなる。 そうして、漸く俺たちは挨拶をし――― 「おはよう。アルハイゼン」 「ん、おはようカーヴェ。それと、フライパンから煙が上がっている」 「あぁーーー‼」 「……うるさい」 ―――――騒がしくも愛おしい、新たな1日が始まる。 ―――あれも、これもきみのせい――― キュっと音を立てて流れていた水を止め、鏡を見る。 よし。幾分かすっきりした。 ここまで覚醒すれば、体もスムーズに動き出す。慣れた手つきで髪をセットし、着替えもさっさと済ます。 毎日のことだが、ここまで頭がすっきりするまでに時間を要するのだ。これは個体差であり、体質のものなので気にも止めていない。だが、アルハイゼンにとっては何度もベッドへ戻って2度寝をかましてやりたくなる気持ちを殺しながら毎朝支度をする日々は楽なものでは無い。 しかし、これでも、カーヴェと生活を共にし始めてから大分と改善された方ではあるのだ。 一緒に住み始めた頃は、まさかあの毅然とした態度で職務に向かい、効率と無駄を嫌い、鬼のようにきっちりしていると評判の書記官殿が、まさか朝にめっぽう弱く碌に朝の支度もできないなんて。と、カーヴェは同居初日に、揶揄う事も忘れ荒れた部屋を見て、愕然としていた。 起きぬけたままのぐちゃぐちゃなベッド、脱いだままの寝間着は畳まれる事なく放置を決め込まれ、朝食はインスタントのコーヒーに砂糖を多めにいれたものだけ飲み干し。もちろんマグはそのまま置き去りで行ってきます。 恐らくスメールシティ中の誰も予想もしなかっただろう光景に、思わずカーヴェはアルハイゼンへ憐憫の眼差しを向けていた。 『君がここまで家の中でダメ人間だとは思わなかったよ。これでは、君を好いてくれた殊勝な女性が現れたとしても、この有様では3日も持たないだろうな』 『ご親切に心配しているところ生憎だが、近々で女性を家へ招く予定はない。それと、ここは俺の家であり、一人なのだから外部の人間にとやかくいわれる事などない。』 『なるほど、だから読み終わった本もこの通り山積みのままなわけだな。理解したが、理解しがたい事だ!この家は僕だってこれから住むんだぞ!こんな乱れて放置された書庫のような場所で食事を取るなんて今日限りだ!明日はこの家を掃除及び片付けをするからなアルハイゼン!』 何を息巻いているのか、また面倒な事を言い出した。俺はこの家の家主で、この状況で問題ないのだが。そうは思ったが、このまま好きにさせていれば、勝手に片づけをしてくれるのならば、どうぞご勝手に。といった感覚で、明日の段取りをぶつぶつ呟くカーヴェを放って、ヘッドフォンへ手を伸ばし遮音モードに切り替え好きにさせた。 そんなことよりも、俺にとっては、長年の想い人と一緒に過ごせる時点で他はどうでも良とさえ思えるほど、今思い返せば俺は浮かれていたのだろう。 だが、しかしまさか、内装まで変えられるとは夢にも思わず。揃えられた新しい調度品に混じり美術品まで買ってきたカーヴェの行動力と、アルハイゼンに対する遠慮のなさにいつもの倍は小言を降らせた日は、もう何年も前の話だ。 と、まぁ。生活を共にするだけで満足していたアルハイゼンだったが、人間は欲深い生き物だ。長い時間と労力をかけ、4年ほど前に漸くカーヴェとの関係を恋人へ変えることが出来、そこから幸せに不慣れで何かにつけて勘違いと思い込みを繰り返すカーヴェの特製を再度把握し直し、その都度話をし、先回りし、彼が自分へ傾倒するまで、これでもかと時間をかけて慎重に関係を重ねてきた。 今では、昔ほど情緒の振れ幅もなくなったように感じ、それは恐らくカーヴェの周りの人間も感じている所であろう。 「今日は、君に依頼されていた現場の納期になる。完成検査を君にもしてもらうつもりなのだが、来れそうかい?」 「君の仕事については信頼しているから問題ないだろう。俺ではなく担当者が代わりに行う手引きになっているから、そちらで仕上げてしまってくれて構わない。」 「了解した。それなら、今日は完成記念に御馳走にしよう!今日はこの件だけで、すぐ仕事は終わる予定なんだ」 「君がそんな事を言うときは、大体うまくいかない事が多いと相場がきまっている。どうやら今日は俺が用意することになりそうだ」 「おい!嫌な言い方しないでくれ。それに、今から何か問題が見つかる程適当な仕事はしてないさ」 「……だといいんだが。」 並んで座卓へ座り、話も程々に、アルハイゼンは途中だった論文の続きを開いた。 しかし、そんなアルハイゼンの行動は慣れたもので、カーヴェはお構い無しに話す。他愛のない話から、夕飯の予定を決め、用意されたパンとサラダ、そしてコーヒーで朝食を取る。 糖は脳を使う為に不可欠な成分なので、アルハイゼンはすすんで甘いものを朝食に選んだ。しかし、カーヴェがアルハイゼンの甘いコーヒーのみの朝食に難色を示し、今ではパンと一緒にジャムを口にするのが日課となった。カーヴェはその日の気分によって味や種類を変えたがるので、冷蔵庫の中にはいくつかのジャムが保存され、我が家の冷蔵庫は色とりどりに彩られるようになった。 しかし、今日のカーヴェはジャムではなく、チーズをたっぷりとかけ焼いたうえに、はちみつをかけたものを食べている。はちみつが零れない様に心がけて食べているが、その反対側から、たらりと黄金色の蜜が皿へと零れており、器用なのか不器用なのか何年たっても観測し終えない、彼の不思議な所がまた一つ増える。 「……むっ、もう行くのか?」 「あぁ、君は予定の時間に出るといい。」 「そうか、今日はいつもより早いんだな。気をつけるんだぞ」 「その声掛けは君にこそ相応しいと思うが…。ふむ、ここは素直にそのままそっくり言葉を返すとしよう」 「素直に行ってきますが言えないのか君って奴は!」 かまわずぱたんとドアを閉めれば、家の中から何かを喚く声が聞こえてくるが構わず足を進めた。 近くに住む住人が、カーヴェの声に笑いながらアルハイゼンへ挨拶をする。これも、カーヴェが来てからの変化でもあった。こうして話しかけられる事も、以前は少なかったが、カーヴェが家へ住むようになってからというもの、彼の持ち前の愛想ですっかり仲良くなってしまったのだ。 自分がここに住んでいる事は内緒だ。と、びくびくしていたのは一体どこのどいつだ。