大阪・煮物屋さんの暖かくて優しい食卓 季節の幕間・春から秋
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ご覧いただきありがとうございます( ̄∇ ̄*) 「大阪・煮物屋さんの暖かくて優しい食卓 季節の幕間・春から秋」 Webで連載していた「煮物屋さん」の季節幕間を「大阪・煮物屋さん」にリライトしました。 大阪曽根にあるごはん屋さん「煮物屋さん」。 日々お客さまの心とお腹を満たす煮物屋さんの、季節の品々。 春のひな祭りから、秋のハロウィンまでをまとめました。 ・文庫サイズ/50ページ
おためし読み
十月・秋真っ盛り:秋の恵みを詰め込んで 豊南市場の魚屋さんの店頭で、佳鳴は一点を見つめて「うう〜ん」と唸る。 視線の先に綺麗に並べられているのは、艶々とした身をたたえ、ぴんと全身が張ったさんまだ。ほんのり黄色に染まったくちばしと黒々とした目が、新鮮さを主張している。 十月も折り返しを迎え、夏に空気を覆った湿気はまだ残されているものの、気温そのものは下がり始め、随分と過ごしやすくなっていた。 照りつける太陽に下に出ればじわりと汗も浮かぶが、それでも大分和らいだなと感じる。 そうなれば暑い時にはなりを潜めていた食欲も戻り始め、秋の味覚も店先に並び始める。さんまはもちろん栗やきのこ、さつまいもに秋鮭など。鰹も戻り鰹が出始める。 今日はぜひとも秋の味覚尽くしにしたいと、佳鳴と千隼は意気込んでいた。 そして冒頭に戻る。 かつて庶民の味方と言われたさんまは、ここ数年ですっかりと値上がりしてしまった。佳鳴たちの生活圏である大阪ではそれまでの倍のお値段だ。 原因は漁獲量の減少だと佳鳴たちは聞いている。そうなった原因も。なんとももどかしいところだ。 そうなるとなかなか食卓には上がりにくくなる。ぱりっと焼き上がり、ぴりりと皮が裂けたところからじゅわじゅわぱちぱちと溢れてくる、香ばしい脂を持つさんまの塩焼きは、もうそのビジュアルだけで喉が鳴る。 「煮物屋さん」では焼き魚は滅多に出さないので、ほとんどの調理方法は塩焼きでは無いが、やはり秋の味覚としてさんまはぜひ使いたい。食卓に出づらくなるならなおさら、煮物屋さんで味わっていただきたい。 しかしやはりこの金額では難しい。なので佳鳴は唸ってしまうのだ。 「姉ちゃん、どうする?」 隣の千隼が聞いて来る。佳鳴は呟くように「どうしようかな……」と口を動かした。 お客さまに食べていただきたい。しかし採算との兼ね合いもある。佳鳴はまた弱った様に顔をしかめて「んん〜」と呻いた。だが数秒後「よしっ」と決意した様に顔を上げた。 「大将さん、さんまもらいます!」 「あいよっ」 佳鳴の元気な声に、大将さんと呼ばれた壮年男性が威勢良く応じた。 (略) 王道の秋の味覚尽くしのお献立、とりわけさんまの甘露煮を前に、冨樫(とがし)さんは目を輝かせた。冨樫さんは佳鳴たちが行き着けている理容室の娘さんである。現在跡取り修行に励まれていた。 「これこれ! これが出てきたら秋が来たって感じがするわ〜」 するとひとつ席を離して掛けていた青木真利奈(あおきまりな)ちゃんが「そうなんですか?」ときょとんとした風で問い掛ける。 真利奈ちゃんは佳鳴の学生時代の知り合いから、最近友人になった。再開したころは荒れた生活をしていたのだが、今は転職もして、すっかりと落ち着いている。 「そうなんですよ!」 冨樫さんは興奮した様に拳を握る。 「お家じゃさんまって塩焼きが定番や無いですか。その方が簡単やし。せやから煮物屋さんで食べられるさんまの甘露煮は、最強の秋のご馳走なんですよ」 冨樫さんの力説を聞いた真利奈ちゃんは「そんなぁ」と残念そうに眉尻を下げた。 「佳鳴ちゃぁん、それならそうと言ってや〜。もっと大事に食べたのにぃ。美味しくて一気に食べてもたわよ〜」 真利奈ちゃんはそんな情けない声を上げる。 「あはは、ごめんごめん」 佳鳴はおかしそうに笑って応えた。そんな真利奈ちゃんはウィスキーの水割りを片手に、お料理を楽しまれている。 「真利奈ちゃん、さんまおかわりいる? 別料金になるけど」 「ええん? やったら一切れ欲しいわ」 そう言って骨も綺麗に平らげた小鉢をカウンタの台に上げた。 「はい。どうぞ」 佳鳴はそれと入れ替える様に、新しい小鉢に盛り付けたさんまの甘露煮をお出しした。 「ありがとう」 真利奈ちゃんはそれを手元に寄せると、大事そうにそっとお箸を入れた。それはほとんど抵抗無くすっと入り、ほろっとほぐれて細い背骨が現れる。それをゆっくりと口に運んだ。 「んん〜、やっぱり美味しい〜」 真利奈ちゃんはうっとりと言うと、満足げに目を細めた。 続きはぜひ本でご覧くださいませ。よろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)