きみと新しい夢 夢吟のデュナリス×ゼヴィーロ
Physical (worldwide shipping)
- 900 JPY
Physical (ship to Japan)
- 900 JPY
11/4星詠み猫と導きの楽園にて発行の異デュナゼの小説本です。 文庫サイズ/76p あらすじ 「ごめん、きみから貰った宝石を質に入れちゃったんだ───」 協力者関係となったデュナリスとゼヴィーロだが、なんと魂を見ることができる煉獄界の宝石を、酒代に困ったデュナリスが質に入れてしまった。 ふたりは宝石を取り戻すべく、今の持ち主の元へ赴くが、そこは貴族が通う学園の卒業パーティーの真っ最中で、いままさに、とある令嬢へ婚約破棄が言い渡されようとしていた……。
本文サンプル
ゼヴィーロとデュナリスの再会は、早かった。 デュナリスが今日の飲み代を稼ぐため、リンデの酒場でギターを弾いていた時に、何の前触れもなく現れた。 それは文字通り、酒場の扉から入ってきてデュナリスにまずは挨拶をするのではなく、この世ならざる者よろしく、こちらの事情や周囲の目など顧みることもなく、目の前に姿を現した。 「きみが懸念していたことを、解決できたよ」 今、演奏中なんだけど! と、口パクと焦った表情を作って伝えると、ゼヴィーロは、ようやく周りの状況に気づいたように辺りを見回し、「ああ……」と頷いて下がった。 幸い、夜も深くなってきていて、混み合っている酒場では皆が目の前の酒と話に夢中で、ゼヴィーロが突然現れたことに気がついていない。 ゼヴィーロはデュナリスの真正面に立ち、いつ終わるのかと言わんばかりだ。 これでは、営業妨害だ。 内心ため息を吐き、演奏を短縮して切り上げた。 「ぼくの仕事を、邪魔しないでくれるかな?」 「きみは酒場で歌うことが、仕事だったのか。すまなかった。きみの魂の気配を探って、煉獄界から飛んできただけだったから」 「なにそれ。僕がどこにいても、見つけられるってこと?」 「そうだね。現世に数多ある魂の中から、デュナリスをピンポイントに探るなんて技は、気軽に使えるものでもないから、よほどの用事がない限りはやらないけどね」 「……なんかそれって、イヤだなあ」 ゼヴィーロに居場所が分かってしまうというのは、彼の手のひらで転がされているようでなんとなく不愉快だ。 ついデュナリスは本音を漏らしたが、ゼヴィーロは別に気を悪くした風でもない。 今までのおひねりを懐にしまう。今夜はもう少し稼ぎたかった。 これだけでは、酔えるまで飲めるかどうかわからない。 「ねえ、ぼくの仕事の邪魔をしたんだし、一杯奢ってくれる?」 「悪いが、僕は現世のお金を持ち合わせていない」 「え? ご飯とか宿はどうしているの?」 「煉獄界に戻れば、食事は取れるし部屋もある」 「きみに奢る余裕はないよ」 「酒は飲まないよ。長居をするつもりはないしね」 酒をたかることはおろか、一緒に飲む相手にもなってもらえず、デュナリスはつまらないとため息を吐く。 デュナリスはゼヴィーロを空いた席で待たせて、カウンターでウイスキーの注文をする。 琥珀色の液体が、グラスに注がれるのを眺めて、喉の渇きを自覚した。 背筋を伸ばし、椅子に座るゼヴィーロの姿が、遠目に見ても酒場では浮いている。 ふと、それ以上の違和感の覚え、デュナリスは足早にテーブルに戻った。 「きみ、さすがに角は隠した方がいい」 あまりに堂々としていて、気づかなかった。 肌の色は薄暗い酒場の中では、まだ誤魔化せるかもしれない。 だが、角は目立ちすぎる。 ここは、人間の酒場だ。 魔獣だとわかれば、追い出されるだけではすまない。 騎士団に通報されて、殺されるだろう。 だが、ゼヴィーロはデュナリスの危惧がわからないのか、あろうことかフードを外した。 「大丈夫だ。僕もそこまで、世間知らずじゃないよ。今、僕の姿はきみ以外に見えていない」 「え?」 角も青い肌も露わになったというのに、酒場の誰もが気にも留めていない。 呆気に取られているデュナリスに、酔っ払った男が近づいてきて、すれ違い様に肩を叩いてくる。 「さっきの演奏、よかったぜ!」 「……ああ、ありがとう」 やはり、男にはゼヴィーロの存在が、見えていないようだった。 「そういう魔法を使っているの?」 「いや、魔法じゃない。ひとには見えないように、幽体化しているんだ。ただし、きみの魂の波長のようなものに合わせて、きみだけには見えるようにしているんだ」 「うーんと、よくわかんないけど、今のゼヴィーロは幽霊みたいなものってこと?」 「まあそんなものと思ってくれていてもいい。それよりも、本題に入っていいかい?」 懐から取り出したものを、ゼヴィーロはテーブルに置いた。 それは手のひらに収まり、ブローチやネックレスといったアクセサリーにも加工しやすそうな大きさの、エメラルドグリーンの宝石に見えた。 酒場の薄暗い明かりの下でもきらりと輝く。 「これは持っていると、死者の魂が見えるようになる煉獄界の宝石だ。宝石に魂を入れておくことも出来るよ」 「おもしろいものを持ってきたねえ」 「ああ。なんとか、束ね役殿の理解を得られたよ」 ふとゼヴィーロが遠い目をする。どうやらその束ね役とやらと、一悶着あったようだ。 「魂なんて、どこにいるの?」 「どこでもいるさ。特に賑やかな酒場なんかは、集まってくるよ。試しに宝石を持ってみてくれるかい?」 ゼヴィーロに促されて、デュナリスが宝石を手にした刹那、ぞわりと悪寒のようなものが背筋に駆け抜けた。 ひとつ、ふたつと、光の玉のようなものが現れる。 「こ、これが魂?」 「そうだよ。きみの演奏を、気に入ったみたいだね」 「……それはどうも。おひねりとかくれたりする?」 魂がデュナリスの周りを、はしゃぐようにぐるぐると回っている。 おひねりこそないが、褒められていることがなんとなく伝わってくる。 「彼らは、僕が煉獄界へ連れて帰るよ」 「えっ、もう行くの?」 立ち上がるゼヴィーロのあっさりとした態度に、デュナリスは思わず声を上げてしまった。 長居はしないとは言っていたが、雑談もなしにすぐ帰るとは思わなかった。 積もる話が出来上がるほど、長く会わなかったわけではないが、それでも仲を深める為に話がしたかった。 まだ、ゼヴィーロが、煉獄の鎌の遣い手であるということぐらいしか知らない。 これから、仕事を手伝っていくのであれば、少しはゼヴィーロの人となりを知りたいと思うことは、おかしなことではない。 だが、ゼヴィーロの方は、そうではないようだ。 「きみへの用件は済んだ。ここに留まる理由はないよ。僕も暇じゃないんでね」 ゼヴィーロのあまりの言い草に、カチンとなると同時に、再会を少し喜んでいたのは自分だけだったのかとがっかりする。 「そう。じゃあ、早く行きなよ。ぼくもゆっくり酒が飲みたいしね」 苛立ちを隠そうともせず、デュナリスはつっけんどんと言い放つが、ゼヴィーロに響いた様子はない。 そういうところも、なんとなく腹が立つ。 まるで、デュナリスには興味がないようだ。 ゼヴィーロのマントが翻った次の瞬間には、浮遊する魂と共に跡形もなく消えていた。 酒場の喧噪の中に、ひとり取り残された気分になり、急速に襲ってくる陰鬱さを振り払うようにデュナリスは酒を呷った。 待っているひとも、いなくなった。 朝まで飲んでも、迷惑をかける相手もいない。 酔い潰れて心配してくれる相手も。 デュナリスは、なんだかとことん飲みたい気分になり、残りのウイスキーを一気に飲み干すと酒を求めて席を立った。