タンポポは電車の座席に根を生やせるだろうか
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文庫/104P 【文学フリマ東京39初売り】 電車でスマホを眺めていると、白い影が視界を横切った。たんぽぽの綿毛だった。 なぜこの季節に。なぜ車内に。 「レンジで作る!茶碗蒸し」を失敗して、かき玉汁の海を作った日。 猫がわたしと同い年になった日。 適応障害の診断が下りた日。 記録は記憶になり、記憶には足が生えてどこか好きなところへ歩いていく。 時には日記のように。時にはエッセイのように。 2024年6月から10月までの日々を書いた、鮎川まき初の日記本。 ---------------------- 二〇二四年九月二十八日(土) 電車でスマホを眺めていると、白い影が視界を横切った。たんぽぽの綿毛だった。 なぜこの季節に。なぜ車内に。 まばたきする間に景色に紛れてしまいそうな産毛を目で追う。どうせなら灰色のツルツルした床ではなく、どこかの座席に無事着陸してほしい。 そしたらわたしは毎日その車両のその座席に座り「おっとこぼした」みたいな顔で、ちびちび水をやり続けよう。 やがて青色の座席に美しく映えるタンポポが生える。乗客も職員も首を傾げる。 「抜く?」 「いや、でもせっかく生えたのになぁ……」 邪魔だと感じつつ、誰も花を抜く当事者にはなりたがらない。通勤ラッシュの最中でも金曜日の終電でも、その席に座った人々はタンポポのためにお尻をずらし続けるのだ。 たんぽぽはパイル地の座席に根を生やせるだろうか。 ----------------------