【PDF版】「火を焚くZINE」vol.1 つくば・牛久編
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※本商品はPDF版です 「火を焚くZINE」は「同じ旅をして、違う文章を書く」をコンセプトにした冊子です。 今回は、茨城県の牛久とつくばを旅して、そこでそれぞれが感じたこと・感じなかったこと・考えてしまったこと・そこから引きずりだされたものなどを自由に文章にして持ち寄りました。 小説やエッセイなどの文章を9編ほど掲載します。 執筆メンバーは、映画美学校「ことばの学校」3期創作コースで出会いました。私たちは、集まって文章を書いたり散歩をしたりしている集団です。 執筆者:奈良原生織・松本アリヤ・大島康彰・すしメロディ・堀敦詞・きたのこうへい・略箪笥・さざわさぎ (特別寄稿:滝口悠生)
【サンプル】堀敦詞「ようこそハライソ」冒頭
「霞ヶ浦はむかしは関東平野に食い込んだ内湾で、利根川が運んだ土砂の堆積などでだんだん地形が変わって、湖になったらしいです。だからもともと、江戸時代くらいまでは汽水湖だったんですけど、戦後に水害対策の工事をして、海水の逆流が絶たれたので、いまは完全に淡水になってるそうです」 略さんが湖を向いてしゃべっている。湖に向かってわずかに茂みがひらけた窮屈な草むらに僕たちは立っていた。目の前は小ぶりの入江のような地形になっていて、両側を灌木が覆っている。足元の数十センチ先は水面で、ゆるく波が寄せていて、打ち寄せられた汚れが白いぶよぶよした泡になって堆積している。泡というか固形物、シフォンケーキか、生乾きのかまきりの卵みたいだ。大島さんが動画を回している。緑色の湖は大きく、水平線の向こうにうっすらと見える陸の影は蜃気楼のように頼りない。空はぼんやり曇っているけど、まだ明るく空気は黄色っぽい。 「水質が悪いのは、主に生活排水のせいですね。でも、言われてるほど汚くはなくて、魚も食べれます。鯉も養殖してるし、ワカサギが有名だそうです。あと、外来種がたくさんいて、ペヘレイっていうアルゼンチン原産の大きい魚がいて、日本で獲れるペヘレイはほとんど、九割くらい霞ヶ浦のやつらしいです」
【サンプル】略箪笥「ハングアップ・ユア・ハングアップス」冒頭
仏像は彫り出されなければならない。見つけ出されなければならない。木材から、石から、土から、仏師の手によって発掘されなければならない。鋳造はその次によい。見つけ出されたものの写しであるから。 わたしは、その意味で奈良の大仏を、鎌倉の大仏を羨んだ。彼らは鋳造されたのである。わたしは今、平野の一隅に大仏として組み上げられているところであった。種々の重機がわたしをぐるりと取り囲んでいた。分割されたわたしの身体が吊り上げられ、内側の骨格が接合される。その音がする。わたしの眼はあらかじめ開いていた。だから、わたしはわたしを組み上げんとしている者たちの作業の始終を見ていた。重機を。ワイヤを。大地を。わたしと同じように開発の中途にある大地を。山を、住宅を、幹線道路を。 わたしの視野はとても限られていた。だから、わたしの胴や足や手がどの程度完成しているのか、詳細には知り得なかった。ただ、背後から金属が触れ合うがいんがいんという音が盛んにしているので、今は背面を構成している最中なのだと理解した。そう思うと、背中によく風が通るような、すうすうした感じがしないでもなかった。