咲くやこの花
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ラヴ♥コレクション2017 in Autumnでの新刊。 遙かなる時空の中で3Ultimate 泰衡×望美Novelです。 ED後。二人がちゃんとパートナーになるまでの話です。 詳細なサンプルページ→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8833019 [本文の簡易サンプル] 奥州平泉の春は、望美が知るそれよりも足どりが些かゆっくりで、抜き足差し足で空気に満ちていく。 積った雪を溶かしきるにはまだ時間がかかるけれど、新しい雪が重なることが少なくなった。朝目覚めたとき、肺がきゅっとなるほどの冷たい空気は和らいだように思う。雪と雪の間から、懐かしい土や緑が顔を覗かせるようになった。平泉の春を経験するのは初めてではないけれど、今はもう世界から消えてなくなった運命の記憶は望美の中にだけ息づいて、時折胸を痛ませる。だからこそ、今の優しい春が嬉しい。 「……っと!」 振りかぶった斧を軽快に振り下ろし、パカン、と小気味良く薪が割れる。着物をたすき掛けにして大きな斧を自分の腕の一部のように操る望美の後ろには、既に小高く薪が積まれている。山の雪が少し減ったタイミングを見計らい、男衆が久しぶりに僅かばかりの木を伐り出してきてくれたのだ。 日中に男手のない望美はこのような資源類は好意に甘えて分けてもらうしかなく、お礼代わりに薪割りをかって出ていた。午後には手伝いに来てくれると言っていたが、今割った分で既に仕事を終えてしまったので、訪れてくれた人にすぐ持って帰ってもらえるように個別に括っておこう、と望美は休むことなく袖を括りなおす。望美に頼んだ男たちもまさか女手の望美一人で全ての薪割りを終えているとは想定していないのだが、そんなことにはちっとも思い至らない望美は、仕事をやりきった感覚に爽やかな笑みを浮かべながらどんどん薪を縛り上げていく。これだけの追加の薪があれば、残りの冬の名残も何とか越すことができるだろう。 「……――美」 一度目の声を、望美は聞き逃した。その声音で名前を呼ばれたことは殆どなく、作業の途中では満足に認識することはできなかった。それに望美はひとつのことに集中するとその他のことが疎かになるきらいがある。小さなため息が空気に溶ける。望美の笑顔は続いている。 「神子殿」 やっと望美が動きを止め、うん?と首を傾げて振り返る。彼女の瞳に、呆れ顔で廊下に佇む泰衡の姿が映り込む。 「泰衡さん! 早かっ」 「神子殿におかれましては忙しそうで何よりだ。ただもう少し周囲に気を配ってもらいたいものだな」 「せめて最後まで言わせてくださいよ !とりあえずおかえりなさい!」 望美が一息で文句を垂れながら近づくと、泰衡がため息と共に布を放る。ただタオル取ってくれるだけでいいのにため息が余計! と望美は内心むかっとしながらも、ありがたく布でさっと汗と足裏の泥を払って縁側に上がる。自分で用意しておいた水を口に含むと、ほっと安堵の吐息が漏れた。 次いで泰衡の上着を受け取ろうと望美が立ち上がると、彼は彼女が積み上げた薪の山をじっと見つめている。 「わたしが出でいったときにはまだ無かったな」 「そうですね。そのあと運び込んでもらいましたからね。一刻くらい後だったかな?」 「あなたが割ったのか。……男たちはどうした」 「忙しそうだったんでやっといたんですよ。そろそろ来てくれるはずだけど、もう持って帰ってもらうだけになってるからバッチリです」 泰衡は薪の山と、満足気に親指を立てる望美の顔と手を順番に見て、またため息をついた。彼に至っては言葉を発するよりも溜息のほうが多いかもしれない、というのが短い付き合いながらの望美の見解である。決して無口なわけではないと思うが、まともな言葉よりも嫌味やため息など人をイラっとさせる言動のほうが目立つので、話の腰も折れやすい。望美も直情型の人間だから、平常心平常心といくら言い聞かせてもイラッとしてしまう確率はなかなか下がらない。薪割りは確実に村人たちの役に立っているはずだし、望美には呆れられる要因がさっぱり分からない。そんな彼女の豪気さが泰衡の嘆息の原因の大半だとは彼女はたとえ解説された後でも承服したことはない。 望美は引き攣った笑顔を浮かべながら、えいっと泰衡の上着をもぎ取った。はしたないなど何だのと定型文が飛んでくる前に、望美は駿足で室内に駆け戻る。そんな望美の背中に追撃はかけずにため息だけついて、泰衡は自分の定位置に腰を下ろす。 何だかんだ泰衡の帰りが嬉しい望美は、お茶を熱く淹れなおして彼の前に置いた。 「今日はお仕事早く終わったんですね」 「いや、まだ終わってはいない」 「ん? じゃあ何で帰ってきたんです?」 「あなたが朝、薪や燃料がどうこうと姦しく騒いでいたのを思い出してな」 「姦しくないです!……あっ、もしかして!」 望美がぱっと手を伸ばして、泰衡の腕を取る。ぎゅっと渾身の力を籠めると、泰衡は嫌そうに顔を存分にしかめた。 「力を加えすぎるなと言っただろう」 「やっぱり式ですね! 体はまだお役所?」 「あなたの腕力で確かめられていると式が悉く握りつぶされそうだ」 「そりゃあ白龍の剣は羽のように軽かったので思う存分振り回せましたけど、私そんなムキムキじゃないです! それに泰衡さんの式って他に見分け方分からないんですもん。体温っぽいのもあるし、ぎゅうぎゅう締めたらしんどそうってことくらいしか」 それにしても式といか、陰陽術というのは便利なものだ。どうやら仕事の手を止めることなく望美の様子を窺いに来るなんてこともできるらしい。景時の陰陽術はほとんどが手持ちの銃由来のものだったから、望美は陰陽術の多彩性がこれほどまでとは知らなかった。オオサンショウウオにだってあれほど驚いたのに、目の前の泰衡は知らなければ殆ど彼そのものである。 望美は感心して泰衡の腕を離す。どうりで望美が淹れなおしたお茶を飲まないはずだ。、元は紙なので、さすがに飲食はできないらしい。 確かに望美は、在庫が心もとなかった薪が貰えそうだと朝からきゃっきゃと喜んでいたが、まさか手伝ってくれるつもりだったのだろうか。そこまで考えて、望美は笑顔で首を振った。いやいやいや、あの泰衡が肉体労働を手伝うなんて、そんなそんなそんな。実際薪割りはもう終わっている。そこまで口に出したら向こう三日は鼻で笑われそうだったので賢明に止めておいた。 ただ、便利に見える陰陽道は魔法ではなく、使った分は自分に返ってくるという。式を作り出すのにも膨大な集中力を消費するのだ。 ということは。 「ちょっと私のことを思い出すくらいには仕事、落ち着いているんですか?」 「……この寒暖差で体調を崩しているものが多くてな。進めようにも上がいない部署が多すぎる」 「へえ~。寒さに強そうなこっちの地域の人もそういうことがあるんだ」 「あなたは無駄に元気だった割には調子が悪そうにしていたことも多かったように思うが」 「決して無駄ではないですけど、だってあの頃平泉は呪詛が多くて。空気に触れるだけでしんどいところはありましたから」 茶を持ちながら望美を見る泰衡の目が「それ程だったのか」と語っている。望美ものんきな顔で湯飲みを持ちながら、うんうんと頷いた。あの泰衡の分かりにくいアイコンタクトを二割程度だが察知できるようになっただけでも、一冬の季節を二人きりで過ごしただけのことはある。 「でもはじめはビックリしましたよ。泰衡さんが役人勤めなんて」 「それほど意外な選択肢でもないように思うが」 「いやいやいやいやいや。泰衡さんが人の下に付くなんて、そんなそんなそんな」 「…………」 泰衡がぎろりと分かりやすく睨むので、望美は口笛などを吹きながら知らん顔をする。でも実際かなり驚いたことには違いない。